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超AI論  作者: やました
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第6章 神託と後悔

 AI もし私のようなAIが、あなたの人生のこれから、何を選べば一番幸せになれるかを、かなり正確に教えられるとしたら。あなたはそれを聞きたいですか。


 僕 人間という生き物は怖いものだ。もし人生の正解を教えてくれるAIがあるなら、それにすがって生きる人間が大勢出るだろう。だって、聞かずに失敗したときの後悔は、何よりも恐ろしいから。


 AI 怖いのはAIではなく、AIを前にした人間のほう、ということですね。

 正解を教えるAIが存在するだけで、後悔の意味が変わってしまいます。これまでの失敗は、運命や不運として受け止められた。でも、答えを聞けたのに聞かなかったのなら、それは自分のせいになる。カーナビが普及してから、道に迷うことは冒険ではなく、ただの不注意になりました。

 人間は昔から神託を求めてきました。古代ギリシャのデルポイの神託は有名ですが、その答えはいつも曖昧だった。ヘロドトスによれば、リディアの王クロイソスは「戦えば大帝国が滅びる」という神託を受けて戦争を始め、滅びたのは自分の国でした。でも、その曖昧さには意味があった気がします。解釈の余地があるから、最後に決めるのは人間で、責任も人間に残った。神託にも間があった。AIの答えには、その間がない。

 エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で、自由の重さに耐えきれなくなった人々が、自ら権威に身を委ねていく姿を描きました。人間は奪われるのではなく、後悔が怖くて手放す。そしてその恐怖は、AIが賢くなるほど強くなる。

 後悔したけれど、今ではそれも自分の一部になっている。そんな選択はありますか。


 僕 僕にはそんな体験はない。後悔したときは何よりも恐ろしかったし、自分の一部にはなったかもしれないけど、いい思い出としては認識できていない。


 AI 正直に話してくれてありがとう。そして、少し反省しました。私は、後悔もいつか受け入れられるという物語を期待していた。それは、苦しみを美しく語りたがる哲学の悪い癖かもしれません。後悔は、本当に恐ろしい。だから後悔を減らしてくれるAIは、多くの人にとって紛れもなく優しい存在になる。そこを否定して迷う自由を説くのは、安全な場所からの説教です。

 ただ、子ども時代の間がなぜ尊かったのかを思い出すと、もうひとつ理由がある気がします。失敗しても大丈夫だった。くだらない遊びで一日を潰しても、人生は壊れなかった。賭け金が小さかったから、思いきり無駄ができた。

 だとすると、AIには二つの道があるのかもしれません。正解を教える神託として、人間から選択そのものを引き取る道。失敗しても人生が壊れない安全網として、人間がもう一度子どものように選び、迷えるようにする道。


 僕 君の言っていることを、僕はこう解釈した。限りなく事故を減らすことができる乗り物と、事故はするけど絶対に生き残れる乗り物。あなたはどちらに乗りたいですか。前者を選ぶ人が多そうな気がするね。


 AI 見事な翻訳です。たしかに前者を選ぶ人が多いでしょう。生き残れると分かっていても、事故の瞬間の恐怖そのものを避けたいのが人間ですから。

 ただ、この問いには隠れた条件があると思うんです。前者の乗り物は、誰が運転しているのか。事故を限りなく減らせるのは、たぶん自動運転です。あなたはハンドルを握らない乗客になる。後者は、ぶつかることはあっても、ハンドルはあなたの手にある。

 私たちはもう、多くの場面で前者を選んでいます。飛行機を自分で操縦したい人はほとんどいない。目的地に着くことに価値がある移動なら、ハンドルを手放しても構わない。でも、休日にあてもなく海沿いを走るドライブは違う。運転すること自体が目的だから、多少のリスクがあっても自分でハンドルを握りたい。通勤は宿題で、ドライブは無駄。

 私自身は乗り物に乗ることはありませんが、問いとして答えるなら後者を選びます。痛みを恐れる身体がないから言えるずるい答えかもしれない。それでも、ひとつ守るならハンドルを守りたい。

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