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果樹園の魔法使い~カサヴァシアの祈り  作者: こんぎつね
1章 精霊が住まない世界 カサヴァシア
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緑色の洪水

008話 緑色の洪水


ここから時は現在に戻る――


 アシリア、ギガウが加わった果樹園パーティーは、天樹にて修行についた。 それは、圧倒的強者である蹴門のセイラと闘うという、シンプルでもっとも実践的な修行の毎日であった。


――そして、天樹での修行が六か月過ぎた時。 ついに果樹園パーティは蹴門のセイラから一本を勝ち取り、第2世界カサヴァシアに渡る許可を得た――



「これが世界を繋ぐ扉だね..」

 


 カサヴァシアに通じる扉を前に、ライスはセイラのもとで過ごした修行の日々を思い出すとともに、―正解―を疑う心が膨れ上がっていった。



「ライス..やっと届いたね。絶対に大丈夫、私たちはセイラとの闘いに勝ったんだ。この扉の向こうの世界で、絶対に子供を救い出すよ」



「うん..」



「大丈夫だ。心配するな、ライス。俺たちが付いている」



「そうだね」



 この六か月、ライスたちは確かに強くなった。

何よりも、パーティとしての連携は以前とは比べものにならないほど洗練されていた。

それは全員が自覚していた。



 だが、ライスの不安は別のところにあった。



 旅立ちを前に、セイラが告げた言葉が、ライスの脳裏にはっきりと残っていた。


『―ライス、君は僕との修行の時間を気にしていたよね。

そして六か月という時間をこの天樹で過ごすことになった。

前にも言ったように、この扉は次元と時を超越する扉だ。

きっとこの六か月は、カサヴァシアの時間では一か月にも満たない時間だ。

まだ間に合う。きっと子供を救うことはできるよ』


 花の詩がいつ詠われたのかはわからない。

でも、本当にまだ間に合うのだろうか。

もしかしたら、すでに..


 世界にあるいくつもの不条理な現実。

今までライスが見てきたそれが、胸の奥で静かなざわめきを起こしていた。



「なに!? 何か変だ。みんな!口をふさいで..」



 誰も触れていないはずの扉が、わずかに開いていた。


 そこから噴き出した紫色の煙に包まれると、ライスを呼ぶリジの声が遠のいていった。



・・・・・・・

・・・・

・・


「..ん、眩しい」


 手で日差しを遮りながら、ライスは周りを見渡した。そこは変哲のない、木漏れ日あふれる森の中だった。


「..リジ、リジはどこ?」


 動かした手に、何かが当たった。


「あっ、リジ! リジ、起きて! ねぇ、起きてよ」


 ライスはリジの肩をガクガクと揺らした。

リジの後頭部が地面の小石に当たった。


「痛っ、ちょっと痛いじゃない! 誰よ.. あ..ライス」


 リジは頭をなでながら、ゆっくりと身を起こした。


「リジ.. 今、私たち扉を通ったよね」


「うん。でも.. それって今? もっと昔のことのような」


 リジにそう言われると、確かにもっと前の出来事のようにも感じた。


「 ..そうだ。アシリアたちは?」


 その時、衝撃音とともに大地が揺れ、2人は尻もちをついた。


「な.. いったい何?」


「あっちだ!」


 リジが指さすほうを見ると、垂直に砂煙が空へと舞い上がっていた。


 ライスは駆けだしたが、足がもつれて木に手を突いた。


―どうして? まるで寝起きみたいに身体が重い..


 もどかしさに、思わず自分の脚を叩いた。


「ライス、急いで!」


「う、うん、ごめん」


 森にすむシカや小動物が、ライスたちとすれ違っていく。


 その答えは、すぐ目の前にあった。


 木々が広範囲に傾き倒れ、地面がめくれ上がっていた。


「何が起こったの!?」


「これって..ギガウの仕業じゃないよね?」


 ライスは何かの気配を察知し、身を低くした。


「どうしたの、ライス」


「リジ、伏せて。いま、わずかに魔力.. ううん、違う。これは霊力だ。でも嫌な感じ」


 鞄から式紙を抜き出し、息を吹きかけた。


 式紙は黒い炎をまとったイタチを呼び出し、二人の周囲を走り回って結界を張った。


「わわっ!」


 包まれた黒炎に驚いたリジは尻もちをついた。


「リジ、この炎から絶対に出ちゃだめ! ..来る!」


 緑色の濁流が前方から押し寄せ、二人を一瞬で呑み込んだ。


 その中を、猪の群れが悲鳴を上げながら流されていく。


「いったい何が起きているの?」


「大丈夫。黒い炎が私たちを守ってくれるから」


 やがて緑の濁流は勢いを失い、しだいに小さくなって消えていった。


「ライス、見て! 

なんか変だよ。地面は濡れてないし、草木は何ともないよ」


 しかし、足元の青い花の横には、確かに猪の亡骸が転がっていた。

幻覚などではなかった.. 

しかし..


「なに、これ..石だ。イノシシが石になってるよ!」


「 ..リジ、あれはまともな濁流じゃない.. あまりにも似ているんだ」


 ライスの額が、べったりとした汗で濡れていることにリジは気が付いた。


「ライス、大丈夫!?」


「 ..恨み..無念..の塊。私、あの濁流と似たものを知っている」


 ライスは、かつての―落魄の闇との闘いを思い出していた。

閉じ込められた――ルメランタヴェルチの樹の中で、ライスは人間の憎悪と悲しみの底を見たのだ。


「じゃあ、もしかして、闇の従者の仕業?」


「わからない」


 その時、再び大きな衝撃音が空気を揺らした。


「あっちだ! 急ごう!」


 ライスとリジの足取りは軽くなっていた。

イタチの黒炎が、時空間移動による悪影響を消し去ったのだ。


 そして、藪をかき分けて目にしたのは、少年に縦槌を振り上げるギガウの姿だった。


「ギガッ―」


 ギガウの名を叫ぼうとしたリジの口を、ライスは素早くふさいだ。


「待って、リジ。あの子、異様だよ」


 渾身のギガウの一撃を、少年は片手で軽々と跳ねのけていた。

そしてライスが最も警戒したのは、その様子を杖を突きながら見つめる老人のほうだった。


 少年と老人は、同じ模様の肩掛けを纏っていた。


 ライスとリジは、既に二人が何者であるかを察していた。



―まちがいない! あいつらは戦士だ。

投稿は火曜日・金曜日の22時になります。

おたのしみに

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