準備
【前話までのあらすじ】
花の国タスロク―へと改名が宣言された式典は、そのまま祝宴へと移った。ご馳走に舌鼓をうつライスとリジの前に、突風とともに森の巫女エレンフェが現われる。満身創痍の彼女が告げたのは―花の詩からの警告であった。 ―ロス・ルーラの魂を宿す子供を救え―。 その子供がいるのは第2世界カサヴァシアだという。
006話 準備
◇◇◇
「カサヴァシア?」
ライスはリジを見たが、まるっきり聞いたことのない名称に、リジは首を振るばかりだった。
「ライスさん、カサヴァシアはこの世界とは別世界です。
そこに渡るには―天にかける三脚を越えなければなりません。
人はその場所をこう呼びます。『天樹』と」
「天..樹」
「そうです。しかし天樹では、きっと―蹴門のセイラが立ち塞がるでしょう。
あなたは蹴門のセイラに挑まねばなりません。
彼女の許可なく天樹を渡ることは不可能だからです」
「蹴門のセイラ..」
その難題に、ライスの胸に不安が押し寄せた。
「ライス、大丈夫だよ。私も行くから」
「え? リジ。だってリジには次期領主としての勉強が..」
「そんなのいいの! おじいさまだってまだ元気なんだし。
それに『国を治めるには世界を知ることが大切だ』って聞いたことあるしさ。
今度こそ、セイラに認めさせてみせるよ」
―リィィィン
リジの言葉に呼応するように、聖剣―イブキ―からガラスの響きが聞こえた。
「蹴門のセイラ..相当に強い相手と聞く。
私もお前たちに付いていこう。
私の地の結界はきっと役に立つ」
「ありがとう、オルサ。でもね、大丈夫だよ。
だって私たちには地の精霊に愛された仲間がいるもの」
「ギガウのことだな」
「うん。それに、あなたは花の国タスロクを守るのが三賢者の使命でしょ」
「だが..」
「オルサ。この旅は、きっと彼女たちの旅なんだ。
彼女が言うように、私たちには国を守っていくという使命がある」
カランドはオルサの想い敬意を表しながらも引き留めた。
「ああ、わかってる。わかっているが.. ならば..せめて天樹までの道まで、私たちに手伝わせてくれないか。
私たちの能力は必ず役に立つ」
「ありがとう、オルサ」
祝宴は、エレンフェの知らせとともに終了した。
・・・・・・・
・・・
旅立ちを急ぐライスとリジは、急遽ヴァン国に戻った。
リジは中央都市ハーゲルの祖父、ワイズ・コーグレンに旅立ちとその理由を話した。
猛反対されることはわかっていた。だがリジには関係なかった。
親友のライスを放っておく選択肢などない。
だが、黙って出ることはしない。
それがリジ・コーグレンの筋の通し方だ。
―生きて帰れるとは限らない―
その覚悟があるからこそ。
しかし、リジの予想に反し、ワイズ・コーグレンはリジの旅立ちを受け入れた。
仲間と旅をすることで我儘だった孫娘が、人として成長したことを、ワイズはずっと感じていた。
言葉にこそしないが、ワイズはロス・ルーラ、ライス、そして果樹園パーティの仲間に深く感謝し、信頼を寄せていた。
「行っておいで」
その一言のみで、ワイズはリジを送り出した。
ライスはブレンの街に戻ると、食堂の裏にある小さな店に入った。
世界各地の珍しい品々が豊富にそろっているその店の看板にはこう書かれていた。
―レッテの骨董市―
「レッテさん、マイルは帰ってる?」
「やぁ、ライスちゃん、久しぶり。あいつならいるよ。浮気調査で、朝方に帰ってきたばかりさ」
「もしかしてまだ寝てる?」
「かまやしないさ。俺が叩き起こそうか?」
「あ、いえ..それなら.. おじゃましますっ!」
ペドゥル国にて殺人容疑をかけられたレッテは、ヴァン国に移住し、新たな生活を送っていた。 血の繋がりはなくても、レッテとマイルはやはり親子なのだ。
昔のように、レッテの店の二階でマイルは興信所を営んでいた。
ライスは部屋のカーテンを開けてマイルを起こすと、森の巫女エレンフェからの情報をそのまま伝えた。
マイルは自分の役割をよく理解し、ライスが頼む前に言った。
「果樹園は俺に任せろ。心置きなく行ってこい」
そしてマイルはひとつだけライスに条件を付けた。
それは、果樹園の手伝いとして式紙リリアを残していくことだった。
リリアはマイルの推し式紙だった。
翌々日、マイルと式紙リリアに果樹園の業務の引継ぎをしていたライスのもとに、新調したメイド服に身を包んだリジが帰ってきた。
「リジ、お帰り。新しい服、とっても似合ってるね」
リジは褒められても、あからさまに喜ぶそぶりはしない。
しかし鼻腔をわずかに広げ、頬がゆるんでしまう。
その表情を見ると、ライスの心は和むのだった。
「で、ライス。三賢者はどこにいるの」
「東地区の祠にいるよ。家に泊まるよりも祠のほうが落ち着くって」
「エルフらしいわね。じゃあ私たちもそっちに向かいましょ」
「おいっ、リジ。久しぶりなのに挨拶なしか。相変わらずお前は塩だな」
剪定の手を止めて、マイルがリジに話しかけた。
「塩って何よ。あなたがリリアと楽しそうにしているから気を使ってやったんじゃない」
相変わらず上から目線のリジに呆れながら、マイルは言った。
「ったく.. リジ、気をつけろよ。そしてライスを頼むぞ」
「わかってる」
「ああ、そうだったな.. またな」
「またね」
マイルは、東地区に向かう二人の後ろ姿をいつまでも見守っていた。
ライスとリジが東地区の祠につくと、三賢者はすでに儀式の準備を終えていた。
「ごめん、お待たせ」
「二人とも、ちゃんと別れは済ませてきたな」
「うん」
「では、これから最果ての森まで飛ぶぞ」
三賢者は自作の池を囲み、詠唱を始めた。
そしてカランドは右手の竪琴をつま弾いた。
冷たい琴の音は空と大地を貫いた。
大地が震え始め、池の中から巨大な水柱が立ち昇った。
驚きで口を開いたままの二人だったが、水柱とともに現れたその獣を知っていた。
そして、今から起きることにも予想がついた。
―白鯨だ
白鯨は天に向かって大きな弧を描き、その巨大な口でライス、リジ、三賢者を一息に呑み込んだ。
投稿は火曜日と金曜日の22:00です
どうぞお楽しみに




