天樹の扉
02話 天樹の扉
「たった六か月で、ここまで僕を追い詰めるとはね」
蹴門のセイラは、地べたに胡坐をかきながら言った。
「じゃあ..」
ライスは恐る恐るセイラの顔をうかがう。
六か月の間に浴びせられた厳しいダメ出しが、自然と脳裏をよぎった。
「うん、いいよ。君たちがこの天樹を抜けることを許可するよ」
「やった.. やったね、ライス!」
リジはその言葉を静かに噛みしめてから、ライスへ駆け寄った。
ライスは差し出された手を強く握り返し、黙ってうなずいた。
しかし、ギガウはどこか腑に落ちない顔をしていた。
それは、顔にかかった蜘蛛の巣のように、ぬぐっても消えない違和感だった。
「 ..あなたはあの状況を抜け出そうと思えば、簡単に抜け出せたはずだ。あなたの脚技は理屈を超えている。まさか、わざと負けたのではないだろうな」
「ギガウ、君はまだわかっていないね。
僕は闘神シエラ様の分身体だ。
そんな僕を一瞬とはいえ足止めするなんて、本来なら限りなく不可能なことなんだ。
君たちはそれを成し遂げた。しかも、たった四人で。
それは世界の奇跡と言ってもいい」
その言葉を聞いて、ギガウはようやく喜びに打ち震えた。
「ところでセイラ、もう一度確認するが、本当にいいのだろうな」
風に運ばれた木の葉からアシリアの声がした。
「えっと..あのことだろ?
本当に君たちは疑り深いなぁ。
ここまで信用されないと悲しくなるよ」
「念を取っておくことは必要なことだ」
「..まぁ、そうだね。
約束は守るよ。誰でも連れて行ったらいい。
僕は君らが生き残れるように鍛えた。
そのあとのことは君らの問題だ。
例え誰かが死のうと、僕の知ったことではないからね」
その時見せた蹴門のセイラの瞳は、冷たい氷のようだった。
アシリアはルースの横笛を手にした。
笛の音は天樹に張られた結界をすり抜け、最果ての森へと静かに届いた。
やがて地面から精霊の扉が現れると、そっと開いた。
耳付きフードを深くかぶった少年が、照れくさそうに姿を見せた。
「やぁ、闘いは終わったみたいだね」
「ああ、これで私たちは晴れて世界を渡ることができる。第二世界カサヴァシアへ」
「でも、本当に僕なんて役に立つのかな?
森のことならアシリアさんやギガウさんで十分じゃない?」
「いや、ゼルド国の戦士たちがそうだったように、あっちの世界の戦士は得体が知れない。
旅の中、必ずお前の耳と鼻が敵を探り当てる。
それにお前は誰よりも旅に詳しい」
「へへへ。
アシリアさんにそこまで褒められたら断れないな」
スレイは少し得意げな顔をした。
こうして果樹園パーティに、オレブラン(獣人)のスレイが加わった。
「さて、さっそく世界を渡るぞ。いいか?」
「うん.. でも、どうやって渡るの?」
ライスたちは顔を見合わせ、セイラを見た。
「ああ、まだ説明してなかったね。
実はこの天樹と言われる世界を繋ぐ扉は、一方通行なんだ」
「え? どういうこと?」
「君たちはアーロス国..えっと今はゼルド国の民だね。
彼らがこの世界に渡ってきたことは知っているよね」
「うん、あっちの国の兵に追われてたって..」
「そうなんだ。
この扉は順方向なら変哲もない扉だ。で
も逆に戻ろうとすれば、天樹がそれを阻もうとする。
例えるなら、君たちは激流を遡る魚のようなものだね」
「それって.. 何か良い方法はないの?
私、どうしてもあっちの世界に行かなきゃならないの。
あるなら教えてよ、セイラ!!」
「まぁ、ライス、落ち着きなよ。
そんなに難しいことじゃない。
この天樹の表皮を打ち破ってごらん。
―その穴―の先に扉がある。
そしてライス、良い方法って言ったね。
簡単な話さ。力技だよ」
・・・・・・・・
・・
天樹――天にかかる脚と呼ばれるこの巨樹は雲を突き抜け、横幅は果てなく続く岩壁のようであった。
とても人の力で傷ひとつ付けられるとは思えない。
「見てろ。俺の横槌でこの巨木に穴をあけてやる」
「へぇ。まずはギガウから挑戦か。お手並み拝見としよう」
セイラの目が歪んだ詐欺師の笑みをこぼしていた。
リジはそれを見逃さなかった。
「待って、ギガウ。その役、私に代わってくれないかしら」
「なに、お前がか? お前、この木の表皮は岩のように固いぞ。お前の剣が折れてしまうかもしれないぞ」
「ええ、わかっている。きっと闇雲に切り付ければ、私の聖剣―イブキは使い物にならなくなってしまうと思う。
だから、スレイに手伝ってもらう」
「ねぇ、大丈夫、リジ?」
「うん、ライス。私の勘が当たっていればね」
リジはスレイを連れ出すと、離れた場所で打ち合わせしていた。
・・・・・・・
・・
「なんで離れた場所で話をしたの?」
「一応、用心よ。変な邪魔をされないためにね」
相変わらずセイラはいやな笑みを浮かべている。
[― ゾナブラ ―]
スレイの口から大きな牙が生え、脚は獣のように折れ曲がり、体中から銀色の体毛が生えた。
「こ、これは銀狼!? スレイは変身できるのか、アシリア」
「あれはオレブランの野生返しだ。
古代精霊と獣の中間にあるオレブランの能力だ。
一時的に霊力を弱めることで、身体的に獣に寄せることができるんだ」
スレイの咆哮が森に響いた。
「さぁ、リジさん、背中に乗って」
リジを乗せた銀狼スレイは、銀の風と化していた。
大地を走るその脚は天へ続く樹を駆けのぼる。
やがて――
「リジさん、見つけたよ。そこの先だ」
スレイの合図に、背中のリジは静かに精神を統一した。
その心は、一つの揺れもない湖のように澄みきっていた。
スレイが天樹の表皮の窪みに足をかけ、大きく跳ねた。
「今だ!」
― 瓦解 ―
リジの剣先が天樹を穿つ。
その一突きが、巨樹全体を震わせた。
―メキメキ..
巨樹が内側から膨張し、ついに破裂した。
弾かれた木片がすべて落ちきると、樹をくり抜いたような横穴が姿を現した。
その穴は、奥へ奥へと続いている。
ギガウのタトゥが宙に舞い、岩の階段を組み上げた。
ライスはその階段を迷いなく駆け上った。
「いやいや、お見事だったね、リジ君」
どこか白々しさが鼻につく言葉に、リジの剣先がセイラへ向けられた。
「セイラ、もうこれ以上ないわよね。
あなたの謎かけは」
セイラは不敵な目をする。
「ああ、もう終わりだ。
でも、君たちが本当にこの入り口に通じる穴を見つけるとは思わなかった。
せいぜい力任せに天樹を殴りつけて終わると思っていたよ」
「そうね。
あなたの言葉にひっかかっていたらね」
「リジ、それってどういうこと?」
「ライス、さっきセイラはこう言ったのよ。
―天樹の表皮を打ち破ってごらん。その穴の先に扉が現れる―ってね。
でもね、―穴を開けろ―とは言わなかったの。
だから私は、その穴は最初からどこかに隠されていると思ったのよ」
「なるほど。だからスレイの超感覚で探ったのか。すごいな、リジ」
「ふふふ。
それもこれも、以前、私がいじわるばかりしていたおかげだわ。
性格の悪いなぞなぞなんてお手のものよ」
「 ..はは」
自慢だか、自虐だかわからないリジの言葉に、ライスは軽い笑いを二つほどもらした。
「まだ隠し事をするようなら、もう一度、闘う必要があるな、セイラよ」
「いやいや、もうないよ。
ごめんごめん。
僕も一応この天樹の見張り番だからね。
簡単に全部教えてしまうのもどうかと思ってさ」
「簡単に?
この六か月、全然簡単じゃなかったよ」
ライスは呆れたように言いながら、穴を照らす火球を生み出した。
深さ二百メートルほどもある穴は、もはや洞窟であった。
中ほどから空気が対流し、渦を巻いている。
それが第二世界カサヴァシアに通じる洞窟であることを実感させた。
奥には、黒い閂で封じられた両開きの扉が待ち構えていた。
「さぁ、これが第二世界カサヴァシアに続く扉だ。
最後にもう一度だけ言っておく。
この先の世界には精霊が住まない。
君たちの力は急激に落ちることになるだろう。
でも、今までの訓練はそのためにあった。
君たちの力は底上げされている。
だから――新月の夜に力を失うライスを守るんだ」
「わかってるわ、セイラ。
いままで、ありがとう」
リジはセイラの前に立ち、そっと手を握った。
ギガウが閂を引き抜くと、扉はひとりでに開いた。
空気が吸い込まれるように流れ込み、ライスの髪を乱した。
それを押さえると、ライスはセイラに向き直った。
「今までありがとう。
助かったよ」
「うん。きっと目当ての子供はまだ生きている。
しっかり見つけ出すんだ」
「必ず見つける。
そして守る」
風の音にかき消されないように言うと、ライスは扉へと歩み出した。
その背中を見送りながら、セイラは静かに祈りを捧げた。
―ライス、君にとってまた辛い旅になるかもしれない。でも、がんばるんだ―
**
―今から六か月前。
ライスたちのいる世界(第三世界エスタレノフ)の森に、ひとひらの―花の詩―が届いた。
―どうか届けてほしい。森の巫女に。
種を守るのです。その種には、あなたの香りがする。
そして多くの実りをもたらすでしょう。
きっと、それが世界を編むことになる..
花びらよ、私の最期の言葉を運んで。
まだ見ぬ森の巫女へ――
次回は火曜日22:00に登校します。




