死闘
―ガギンッ。
巨岩を砕くような衝撃は、最果ての森の鳥たちを飛び立たせた。
「..くっ!
よくもシエラ様からいただいたブーツに傷をつけたな」
聖剣―イブキ―はセイラのブーツの踵に綺麗な溝を残し、その渾身の一撃を受け止めた。
しかし、その衝撃は時間差で全身に走り、リジの身体を吹き飛ばした。
地を蹴ったセイラは無防備なリジに追いつくと、身をひるがえし脚を振り下ろした。
地面に叩きつけられ転がったリジを受け止めたのは、5m先の巨木の根だった。
―ぐっ.. がはっ。
「へぇ、さすがは―伝説の防具銀鴉―だね。その身はまだ五体満足のようだ」
蹴門のセイラは、口から血を吐くリジを虫を見るような目で見下げた。
「負ける.. わけに..いかない。
どうしてもここを.. 天樹を..」
「いや、終わりだよ。
このブーツに刀傷をつけた君は万死に値する。
もうお眠り」
セイラの脚から伝わる力はもはや災害そのものだ。
噴火した火山を人の力で鎮めることなどできはしない。
絶対的な力の前では、ただ見ていることしかできない。
まさに、リジはそんな状態にあった。
大地を踏み、高々に上がる脚は音もなく振り下ろされた。
衝撃は岩を砕き、砂塵を溶かし、熱風が木々を焼いた。
歪む蒸気の向こうに巨大なクレーターが姿を現した。
「リ、リジィ!
ライスに続いてリジまでも..」
「ふん、君のせいでもあるんだぞ。
防御の要である君が眠りなどについているからだ。
君らはあまりにも脆く弱い。
さっき、あの生意気なエルフも片づけたばかりだ。
あんな貧相な弓矢で僕をどうにかできるはずがないだろ。..笑わせるな!」
「よ、よくもアシリアを..」
ギガウの足元から湯気が立ち上った。
大地が深紅に染まり、割れた地面を巨大な手が掴む。
ひとつ目の怒りが、地の底から這い出した。
「怒りの権化が大地を沸かすか..
でも、それは僕の十八番だ」
セイラの脚に再び火が灯った。
空気が揺らぐ間もなく、熱風が空を引き裂いた。
足元の砂利は一瞬で蒸発し、地面が爆ぜた。
すでに灼熱は、災害を引き起こしていた。
森の温度は一気に跳ね上がり、木々は内側から裂け、メリメリと悲鳴を上げていた。
セイラは熱さをものともせず、噴き上がる水蒸気の中へ滑り込み、身を隠した。
ギガウは焦りのあまり、的確な指示を出せずにいた。
「お守り様、あ、あいつをひねりつぶせ」
お守り様は、周囲一帯へ煉獄の炎をばらまいた。
しかし、無策な炎は、倒れたリジの身を危うくしていた。
「やめろっ!
お守り様!!」
ギガウが慌てて叫んだ瞬間、衝撃がギガウを襲い、身体が宙に舞った。
遠のく意識の中、お守り様の胸に空いた穴の向こうに、青空が広がっていた。
「ギガウ、やはり君は精霊に愛されているね。
僕は手加減ない蹴りを叩き込んだ。
でも君の意思とは関係なく、地の精霊が君を守った。
それにしても.. 君をこんなに硬い物質にするなんて、どうなってんだ。
ちょっとだけ足が痛かったよ」
世界で一番硬いロズダイヤとなったギガウに、セイラの言葉は届かなかった。
「さてと.. ライス、アシリアの治癒はもう終わったかい」
「うん、ベッドで眠ってるよ」
「じゃあ、今度はリジを頼むよ。
振動波で全身の骨にヒビが入っているはずだから」
「ギガウはどうする?」
「彼なら大丈夫さ。
元の肉体に戻れば意識も回復するさ。
僕からのダメージはほとんどない。驚きだよ、これは」
―それから六か月が過ぎた..
ギガウの渾身の縦槌を受け止めたセイラに、通常の30倍もの重力負荷が襲った。
土にのめりこむ脚。
セイラの腰が一瞬沈んだ。
その隙を見逃さずアシリアがルースの矢を放つ。
重力負荷に耐えるセイラは、脚ではらうことができない。
なんとか縦槌を弾き返したセイラは、矢をよけるために空へ跳ぶのが精一杯だった。
その瞬間、空間を切り裂く一閃が風を呼び込む。
リジの――瞬切――が彼女の態勢を崩したのだ。
不完全なセイラはそのまま空へ逃げるしかなかった。
―なかなか、やるな。
逃げることに成功したセイラは、一息ついてしまう。
それは安心という油断だった。
突如、現れた太陽よりも明るい火球は、天樹の幹にセイラの影をくっきりと映し出した。
「ライスの火球!
しまった..」
ルースの矢が、その影を貫く。
―タァーン!
矢に射られた天樹が、小気味の良い乾いた音を響かせた。
セイラは足場のない空中で、身体を縫いつけられ動けない。
止むことのなかった闘いの音が、静寂に変わった。
「 ..くくっ ..ふふふ ..ははははははは」
セイラの大きな笑い声が天樹に反響する。
地上ではギガウが精霊の縄張りを蜘蛛の巣のように這わせて、
空中のセイラの周囲には、リジの聖剣から放たれた真空の罠が隙間なくひしめいていた。
「うん、降参だ。
かっこ悪いから降ろしてよ」
果樹園パーティの張り詰めた警戒とは裏腹に、セイラは気の抜けた声で終了を告げた。
ルースの矢が抜かれると、セイラはその身を回転させながら軽やかに地上に降り立った。
「負けたよ。合格だ」
その言葉とともに果樹園パーティの歓喜の声が最果ての森に響き渡った。
こうして、この決着がライスたち果樹園パーティの新たな旅の幕開けとなるのだった。
次回更新は金曜22:00です。




