中央都市レト
【前話までのあらすじ】
オーフェルからの情報で、ヴェルラ国が――永久中立国であることを知った果樹園パーティは、エルアドルの戦士たちの捜索から逃れるため、中央都市レトへ向かう。
そこは他国の戦士の立ち入りが制限された安全な場所だというが..
17話 中央都市レト
◇◇◇
ソメズの森には、エルアドルの戦士レゲッドの仲間が潜んでいるかもしれない。 ライスたちは、なるべく早く森を通り抜け、ヴェルラ国中央都市レトに辿り着きたかった。
それも、一切の痕跡を残すことなく。
エルアドルの捜索隊が森に投入されれば、彼らはまず地面についた足跡を調べる。
しかし深い森の中で、狼の群れの足跡を見つけたとして──誰がそれを不審に思うだろうか。
銀狼となったスレイを先頭に、式紙で召喚された狼たちが森を駆け抜けていく。
もちろん、その背中にしがみつくのはライスたち果樹園パーティだ。
狼の群れは風のごとく走り、
一日半かかる道のりを半分の時間で駆け抜け、
中央都市レトへと辿り着いた。
・・・・・・
・・
「不思議だ。エルフの私でも、森と見間違えてしまう..」
大木で作られた都市レトの防御壁は、街をまるごと森に擬態させていた。
「この防御壁はバギラク樹でできているんです。
木の表皮は鏡のように森を映します。
そのため、見分けることが困難をきわめます。
おそらく、見分けることができるのは、ソメズの森に生きてきた民だけでしょう」
「なるほど..精霊が住まないこの世界の森は、自分を守るために進化したんだな」
「僕にはわかりませんが..
アシリアさんがそう言うのであれば、そうなのかもしれませんね。
さっ、街に入りましょう」
オーフェルの案内で街の入り口に着くと、そこには門兵の姿がなかった。
「門兵はいないの?」
「え? あ、はい ..いませんよ。ヴェルラ国は争いを好まない国です。
世界で唯一、中立を保つ国ですから。 血に染まった戦士でなければ、街は拒みません」
ライスは街の入り口を、つま先からおそるおそる踏み入れてみた。 ゼルド国やリキルス国のように、入った途端に街の風景が変わってしまいかねないからだ。
「なにしているんですか、ライスさん。変な歩き方して..」
「だってさ..」
ライスは顔を赤くしたが、周りを見ると、
リジもギガウも、同じように入り口をまたいでいた。
・・・・・・
・・
街の様子から、外から来訪者は少ないようだった。
何気ない生活の香りが、その質素な町並みから自然に伝わってきた。
うれしそうに親へじゃれつく子ども。
困り果てた親は、その子を抱き上げる。
どこの世界でも共通する穏やかな光景だ。
「ねぇ、おなか減っちゃった。どこかでご飯食べようよ」
「そうだな。おっ、あそこの食堂はどうだ」
いつものライスとギガウの会話に、リジは呆れた顔をしていた。
「私も忘れていたけど.. 私たち、この街で宿はおろか、ご飯にもありつけないわ」
「何言ってんの、リジ? お店ならそこにあるじゃない。
あぁ、ごちそうが私たちを呼んでいる!」
ライスは、食堂の看板に描かれた肉料理を指さしながら腹を鳴らしていた。
「金! お金よ!! だれがあなたたちが食べた料理の料金を払うっていうの?」
「それなら..この魔石で何とかなるんじゃないか?」
ギガウの手にある魔石を勢いよく奪い取ると、リジはギガウの目の前に突きつけて言い聞かせた。
「あのさ、ギガウ! ここは精霊の住まない世界だよ?
この魔石が、どれほどの価値があるものかもわからないじゃない。
私、嫌だからね、無銭飲食で捕まるなんて..」
「..な、なるほど」
リジが持つ魔石を見ると、オーフェルは怯えたように地面に腰を落とした。
「リ、リジさん、それはもしかして――悔星珠――では..ないですか!?」
「..え?」
「だめだ..捨てるんだ。早く..それを早く捨てるんだぁあ!!」
尋常ではないオーフェルの裏返った叫びに、街の人々の視線が集まった。
リジは素早く魔石を隠すと、鞄の中にあった香水をその場に吹き付けた。
そして、さらりと言った。
「ごめん、ごめん、あなたがこの匂いを嫌うことをすっかり忘れていたわ」
木の葉に身を隠していたアシリアが姿を現し、オーフェルの耳元でささやいた。
――静謐を敬え――
空間が一瞬、息を吐きだしたように静まり返った。
どこかで唄うシシル鳥のさえずりが耳に入ると、街の人々は、思い出したように日々の生活の中に戻った。
地面に寝息を立てているオーフェルはギガウに担ぎあげられる。
そして宿屋の看板を見つけると、一行はその場から身を隠した。
・・・・・・
・・
「ん、んん..」
まるで森の陽だまりのなかで目を覚ましたように心地よい。
オーフェルはベッドの上でゆっくりと伸びをした。
しかし目に入ったのは、まったく見知らぬ部屋とベッドだ。
オーフェルは自分がレトの街にいることさえ思い出せずにいた。
「..やっと起きたか」
「あ、あの..ここは? えっと..」
「やれやれ..私はアシリアだ」
「アシリアさん.. あ、アシリアさん! ここは?」
「私がお前の意識を飛ばした。そして近くの宿屋に身を隠した」
冷ややかなアシリアの視線が、オーフェルを突き刺す。
「すみません。身を隠したと言うと..どこかに戦士がいたのですか?」
「あんたが大きな声で叫んだからじゃない。
街中であんなことされたら、みんなに不審がるでしょ。
まぁ、すぐに私がごまかしたけどさ」
リジの言葉に、オーフェルはようやく記憶を取り戻した。
「あっ! そうだ! だめです、あんなものを持っていては!
――悔星珠を早く街の外に捨ててください!」
「あんた何をそんなに焦ってんのよ! あれは、悔星珠なんてものじゃないわよ!」
リジのきつい言い方を補うように、ライスが言葉を付け加えた。
「オーフェル、あなたが何と間違えているかはわからないけど、
あれは魔石といって、魔力の結晶みたいなものなのよ」
「魔力の結晶?」
「ほら、私の聖剣にもついているでしょ。ここに」
リジは聖剣をベッドの上に置き、柄の根元に埋め込まれた魔石を指さした。
「こ、この武具は!? 本当に――悔星珠ではないんですか」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「俺たちの世界では、精霊の存在によって魔力が満ちているんだ。
その魔力の影響で、獣が魔獣になってしまうこともある。
この魔石というのは、その魔獣が屍となったあとに残るものだ」
「そ..そうなんですか.. でも、なんか――悔星珠に成り立ちが似ています..」
「あんたがさっきから言う――悔星珠って、いったい何なのよ?」
「悔星珠というのは、とても不吉なものなのです。
魔石が魔力の結晶というのなら、悔星珠は怨念の結晶といってもいいものです。
悔星珠は、病や災害によって滅んだ村や街から採掘される石です。
人々の無念・後悔が凝縮されたものが悔星珠なのです。
その珠は大きな負の力を持っています。
珠を持ち帰った者の村が伝染病で全滅したという話は珍しくありません」
「確かに、それは厄介な石ね。あなたが怯えるのも納得だわ」
リジはようやく理解を示した。
「オーフェル、今、珠を持ち帰った者と言ったな」
アシリアのその言葉に、オーフェルは視線をそらし、肩を小さくし眉を寄せた。
「まさか、人間はその悔星珠を何かに利用しているのか」
「し、知りません」
「いや、お前は知っている.. この世界では、悔星珠の力を武器に利用しているな」
「..僕は何も知らない!」
「アシリア、何か根拠があるの?」
「こいつがリジの聖剣を見た時の反応だ。
聖剣が魔石に宿る精霊の力を利用するように、
この世界では悔星珠にある悔恨の力を武器に利用しているに違いない。
私は緑炎の中にエルフたちの悲しみを見た。
あの悲しみこそ悔星珠に閉じ込められたエルフたちの悔恨の思いに違いない」
「じゃあ、あのレゲッドとかいうジジイの杖..
あれが悔星珠を利用した武器ってこと? そうだとしたら、とんでもなく厄介だわ..」
リジは聖剣の魔石に触りながら言った。
「オーフェル、お前..なぜ隠そうとした」
「なぜって!? 本当に僕は何も知らなかっただけなんだ!」
オーフェルはむきになってベッドを叩いた。
「あのさ――」
ライスはアシリア、リジ、ギガウを一旦部屋の外へ出すと、 自分だけが残った。
「..ライスさん、僕は隠そうとなんてしてません..」
「うん、わかったよ」
「なら、少し休みたいんで出て行ってもらえませんか」
オーフェルは毛布をかぶり、ベッドに横たわった。
「あのね、オーフェル。私ね..
とっても大切な人の命を奪ってしまったことがあるの。
無知なままに、ある魔法を使ってしまってね。
そのせいで、とんでもなく強い敵があらわれてしまったの。
その人は、自らを犠牲にして私を守ってくれた。
私は口惜しさと悲しさでいっぱいだった。
でもね、その全部を受け止めてくれた友達がいた。
だから私は前に進めたの。
..友達の名は、リジっていうんだけどね」
ライスはくすっと笑って見せた。
そして、そっと続けた。
「まだ会ったばかりだけど..
私は、友達になれそうなあなたを助けたいな」
オーフェルは毛布にくるまりながら、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「僕が..僕が教えたんだ.. ――奇跡の村のことを..」
「奇跡の村?」
オーフェルは小さく首を縦に振った。
「あの女..
あの涙を信じて..僕は村のことを噂として話したんだ」
新しい話は火曜日と金曜日の22時に投稿するよ。お楽しみに♪




