魔力のない世界
【前話までのあらすじ】
エルアドルの捜索を避けるため、果樹園パーティは永久中立国ヴェルラの中央都市レトへ逃れた。
しかし、ギガウが取り出した魔石を――悔星珠と勘違いしたオーフェルは取り乱してしまう。
悔星珠にまつわる忌まわしい秘密、そしてオーフェル自身が抱えていた闇深い過去が明らかになった。
18話 魔力のない世界
◇◇◇
「なんだと! その女がリジを銛で撃った女だったというのか?」
「うん、そうらしいの。オーフェルは東にあるボンザラキ国を訪ねた時に出会ったって..
彼女は豪商の令嬢らいいんだ。
服装は全然違っていたけど、森で見た女に間違いないって言ってたよ」
「でもさ、フルーネ村の人々はエルフの末裔だって隠してたんでしょ。
なんでそんなぺらぺらしゃべっちゃうのかなぁ。馬鹿じゃないの。
隠すにはそれなりの理由があったはずなのに」
「でもね、オーフェルにも理由があったんだよ。
オーフェルは薬草の調合士で、仕事柄、病人に会うことが多くてね。
その令嬢は『父親の不治の病をどうしても治したい』ってすがってきたんだって。 それで――どんな病でも治す奇跡の村があるらしい――って、あくまでも噂話として教えたらしいの」
「ふん、愚かな。そんなことで秘密をばらすとは。
人にはそれぞれ命の幕引きというものがあるんだ」
アシリアは、同族であるエルフに関する話題のため、いつもより神経質になっていた。
「しかし、よくわからないな..
なぜエルフの末裔であることを隠す必要があったんだ。
この世界は確かに精霊の住まない世界だが、
自分がエルフの末裔であることを隠す必要もないだろ」
「人間のお前には理解できないだろう。
私たちエルフは、ただ森で静かに暮らしたいだけなのだ。
それをお前たち人間がズカズカと..」
そこまで言うと、アシリアは口を閉じた。
ギガウの言葉が、いつもより無神経に響いてしまい、つい人間への不満を口にしてしまったのだ。
「なんでもね、フルーネ村で起きたことについては、本当に詳しくは知らないらしいんだ。
ただ..黒い墨となった村の残骸と、その焼け焦げた匂いだけが、今もオーフェルを苦しめているみたい」
「..じゃ、やっぱりレゲッドとかいう奴をふん縛って、あらいざらい話してもらうしかないわね」
「そうなんだけど..
オーフェルは、ある町で――フルーネ村が消滅した――って噂を聞いて、急いで戻ったらしいんだよ。
その噂の中に『村は騙し討ちされた』そんな言葉があったって」
「なるほど、その噂の発端を探れば詳しいことがわかりそうだな。
そのオーフェルが噂を聞いた町ってのはどこだ」
「南西にある、鉄壁の国テリート」
ライスがその国名を出した後、みんなが沈黙した。
それは、誰もが気づいてしまったからだった。
自分たちには、フルーネ村で何が起きたのかを知る義務も理由もないということに。
果樹園パーティの目的は、ロス・ルーラの魂をもつ子どもを探し、その身に迫る危機から守ること。
すでに失われた村の真相を知ったところで、何が変わるわけでもない。
しかしライスの胸には、緑炎を沈めたあと、両手を結び悔しさを噛みしめていたアシリアの背中が焼きついていた。
「私は、この国からロスさんの捜索を始めて、次は鉄壁のテリートへ移動しようと思う。 いろいろ手がかりを探せば、フルーネ村のことも自然と耳に入るはずだよ。
私も何があったのか、真実を知りたい」
「そうだね、ライス。私もこのままじゃ、魚の小骨がひっかかったみたいで気持ち悪い。行こう、みんな」
その言葉に、ライスの胸の奥で、迷いがすっとほどけていった。
ギガウがアシリアの肩に手を置くと、アシリアは返事を返すようにその手にそっと触れた。
・・・・・・
・・
オーフェルの服から抜き取った財布で、リジは宿屋の支払いを済ませた。
そしてまずは、この中央都市レトを散策することにした。
何といっても初めて訪れる異世界だ。
自分たちの世界との違いが、今後どのような形で影響してくるのかもわからない。
「悪いね、オーフェル。宿代を払ってもらった上に、道案内まで」
「あのぉ..」
「なに?」
「いえ..別に..」
オーフェルは、きつい性格のリジがどうやら苦手なようだった。
「オーフェル、宿代はお金が手に入ったら返すからね。
それと、嫌だったら『嫌だ』って言わないと、リジは遠慮なしにガツガツ来るから」
ライスは、リジに聞こえないように小声で言った。
「あ、どうも.. ところでアシリアさんは?」
「アシリアは森の様子を見てくるって」
「あ、危ないですよ。どこにあいつらがいるかもわからないのに」
「大丈夫だよ。アシリアは純粋なエルフだよ。
それに、超感覚をもつスレイも一緒だから、敵が二人に近づくなんて不可能だよ」
「そうですか」
街の様子を見るに、食堂、農作業の道具屋、農作物や肉を扱う商店、
それに女性専門の服屋まであった。
そんな街の風景は、自分たちがいた第3世界エスタレノフと大きくは変わらなかった。
ライスとリジは、さっそく女性専門の服屋に入った。
しばらくすると、外で待っていたギガウとオーフェルも、 リジに連れていかれるようにして店の中へ消えていった。
「お前ら、金がないのに店に入っても仕方がないだろ」
「だから立て替えてもらうの」
「はぁ? オーフェルには宿代を払ってもらったばかりだぞ」
「だから、宿代と一緒に返すってば」
リジは両手いっぱいに買い物袋を抱えていた。
ギガウは、若い女の子がどれほど買い物に興味があるのか知らなかった。
しかし、そんなギガウでもさすがにあきれ果てていた。
「そんなに急いで買うものなんてないだろ」
「ギガウは男でしょ。だからわからないのよ」
リジは、いーっと歯を見せるような顔をして店の出口に向かった。
「まったく..」
ギガウがつぶやいたその時、
ライスの両手にも買い物袋がぶら下がっていることに気づいた。
「..ギガウは男だからわからないんだよ」
そう言うと、ライスは顔を赤らめた。
商店街をすぎると、広い道は大きく曲がっていった。
その先には、立派な家々が並んでいる。
これはどの国でも同じ街並みだった。
商店街の次に来るのは、その店を利用する金持ちの家が並ぶのが相場なのだ。
「どこの世界も同じだね。ここが第2世界カサヴァシアだってことを忘れちゃうよ」
「うん、ほんとだね」
「そうなると、街のはずれがお決まりの貧民街ってことになるな..
ところで俺はさっきから気になっていたんだが」
「ギガウ、私もそうよ。この国って衛兵の姿がまったく見当たらないよね。
ここって中央都市なんでしょ」
大通りは、昼食を食べに町へ向かう人々で賑わっていた。
街は朝よりもさらに活気づいていくのだろう。
ところで、リジの大量の買い物袋は、ライスの式紙の中に収められていた。
旅の途中で知ったことだが、召喚した馬の背に荷物を背負わせると、
術を解除したとき、その荷物も紙の中に収納されるのだった。
約2時間ほどかけて街を散策すると、ライスたちは大きな疑問をもった。
この街には中央裁定所はおろか役場もない、それどころかこの国の城すら見当たらないのだ。
「オーフェル、ここは間違いなく中央都市だよね」
「そうですよ」
「城ってもしかしてこの世界にはないの」
「え? あるじゃないですか? ほら」
オーフェルが指をさすほうを3人は見るが、あるのは防壁からはみ出す森と青い空だけだった。
「どこに?」
最初は冗談と思ったオーフェルだが、ライスたちが異邦人だということを徐々に思い出した。
「あなたたちには本当に見えないんですね」
「どういうこと? 何かあるの?」
オーフェルは母・ルレイサのことを思い出していた。
それは母・ルレイサも3人と同様に中央都市レトにある城を見ることができなかったのだ。
その時ルレイサはこう言った。
『この精霊の住まない世界は魔法を警戒しているの。 だから精霊の血が強い私には見えないものが多いのよ』
「リジさん、その聖剣には精霊が住んでいるんですよね。 ちょっと試しに手放してみてください」
「え? どういうこと? 意味わからないんだけど..」
とりあえず、リジは言われるままに聖剣をギガウに預けてみた。
「ギガウさんとライスさんは、少しリジさんから離れてみてください」
ライスとギガウは、リジから家三軒ほど離れた。
すると――
「わわっ!」
リジは驚きのあまり尻もちをついた。
中央都市レトの風景が、今まで見ていたものとまったく違って見えたのだ。
質素だった商店街は、大きな看板やのぼりが並ぶ活気あふれる通りへと変わり、
殺風景だった道には、美しく煌めく緑の街灯がところどころに立っている。
そして、道の交差点には、ちゃんと衛兵が立っていた。
そして現れるものがあれば、消えるものもあった。
リジの目の前にあったはずの家は跡形もなく消え、
代わりに噴水のある大きな公園が広がっていた。
左側の道には、ご丁寧に中央都市レト裁定所への標識まで立っていた。
「リジさん、ほら」
得意そうなオーフェルの指を辿って視線を移す。
今まで巨大な木々の影だと思っていたものが――
ヴェルラ国の城そのものだったのだ。
「リジ、どうしたの?」
手をプルプル震わせているリジに気づき、 ライスが心配して駆け寄った。
ライスが近づくにつれ、噴水も標識も、そして城も、 まるで霧に包まれていくかのように姿を消していった。
そしてリジはライスにつぶやいた。
「ライス.. この世界は、魔力を嫌っているのかもしれないよ」
新しいお話は火曜日、金曜日の22時に投稿します。お楽しみに




