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果樹園の魔法使い~カサヴァシアの祈り  作者: こんぎつね
1章 精霊が住まない世界 カサヴァシア
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16/20

迷いの森

16話 迷いの森

――第3世界エスタレノフ 旧ルメーラ国


「おいっ、もうそれくらいでいいだろ!」


「はい。でも、もう少しだけ…」


「…私はもう帰るからな。ジュリス様をこれ以上ひとりにしてはいられないから」


「はい、私のことなら気にしないでください」


 いつまでも帰ろうとしないミレクにそう言い残し、

ハスは遠慮せずに――闇色の森をあとにした。


 そして、自分の帰りを待ってくれているジュリス・ランを思うと、

湖畔へ向かう足が自然と早くなった。


**

――ちょうどあれは半年前。


 おおよそ人が訪れることのない――滅びのラクルと呼ばれるこの地に、人が侵入した。


 このラクル地区の入り口の森には、マフェルス(古代エルフ)のジュリスによって惑わしの術が敷かれ、

人間などルメーラ湖はおろか、森を抜けることすらできやしない。


「ハス、珍しくお客様が来たわ。今、森の道を歩いているわ」


 煌めく朝のルメーラ湖を眺めながらお茶を飲むジュリスが、ダークエルフのハスに話しかけた。


 片手立ちをしながら瞑想していたハスは、その言葉に片目を開けた。


「愚かな.. 森を迷い、彷徨うだけだというのに。何人ですか? 私が追い返しましょう」


「ちょっと待って。面白いわ.. あの子、もう半分も進んでいるわよ」


「馬鹿な、半分も!? 何者..いや、すぐに行かねば! 何者であろうと勝手は許さない」


「ちょっと、ハス。――許さないって何する気なの?」


「何をする気って..」


 ジュリスはハスの目をじっと見つめた。 ハスはその圧に堪えられず、目をそむけた。


「わかったわ。なら、こうしましょう。今、私はさらに強力な惑わしの術をかけました」


「そうですか。それならもう安心ですね。しかし、それではもう二度と森から抜けられませんね」


 ハスは思った。

――無邪気なだけに残酷な。私が殺したほうがまだ楽だったものを…。


「ねぇ、ハス、ひとつ賭けをしましょう。あの子、ここまで来るかしら?」


「は? 何言ってるんですか。マフェルスの惑わしが二重にかかる森ですよ。下位の精霊ですら道を誤る。賭けにもなりません」


「それで、――来る? ――来ない? どっち」


「来ないです! 来るわけがない」


「わかった。ハスは――来ないっと。じゃ、もし来たら私の望みを叶えてね」


「まさか、ジュリス様は――来ると?」


 ジュリスは微笑みながら首を縦に振った。


 そして賭けの勝敗は喫し、

ハスは魔獣マミラの瞳から作られた腕輪をジュリスに贈ることとなった。


――それが半年前のことだった。


**

 闇色より僅かに赤紫へと大地が変化し、はじめてミレクは大地から手を離した。


「うん。今日はここまでにしておこう。太陽さんも傾いてきたし」


 ミレクは岩にかけていた手拭いを取り、首から胸にかけて汗を拭った。


「今日はやけに蒸すなぁ。あとで湖で泳がせてもらおうかな」


 そうつぶやいた時だった。


 岩の裂け目から這い出す尻尾の毒針が、ミレクの後頭部を貫こうとしていた。


 ミレクがくつろぐそれは、魔獣ロックチェアーが擬態した岩だったのだ。


 ロックチェアーは久しぶりのごちそうに、つぶらな瞳を輝かせていた。


―― エルダーウォード ――


 詠唱とともに大地が跳ね上がると、細く白い根がロックチェアーを包み込んだ。


 有無を言わせず太い幹へと変化したロックチェアーは、天に伸びた枝に白い花を咲かせた。


 突然の出来事に驚いたミレクは、大地にへたり込んだ。


「あぁ…ハスさん、どうもありがとう」


「お前のそのセリフを聞くのは、これで何度目だ」


「うん..ごめんなさい」


「ったく.. あまり無理をするな。そんなに浄化というのは簡単なことではないんだ」


「でも.. でも、私はギガウさんに留守を預かったんです。あの方が帰ってくるまで、少しでも期待にこたえたいんです」


「 ..そのギガウだって、そこまで期待してないぞ」


「うん。そうかもしれない。でも、それでも..」


 そんなことはミレクは百も承知だった。

それでも――。


「ギガウが好きだからか?」


「え? ええ!? 何言ってるんですか。わ、私は男としてここの留守を.. だからそんなんじゃ..」


「馬鹿め。お前が女であることなど、私にはすぐにわかる」


 ハスは女性の姿から男性の姿へと変化した。


「ハスさん、私は少しでもあのひとの助けになりたい..」


「お前は馬鹿だな。ここにはマフェルスのジュリス様とダークエルフの俺がいるんだ。お前など居なくても森は自然と浄化する。はっきり言うと、お前はここに無用だ」


 そう言われると、ミレクは自分の非力さに愕然としてしまった。


「では、私はどうしたらいいのでしょう。何をしたら..」


「そんなことは知るものか。ただ、わからなければ本人にでも聞けばいいだろ」


 その言葉を聞くと、ミレクは半年間、闇雲に大地の浄化をしながら、

心の奥に募った想いがドアを叩き始めた。


「ミレク、人の命などどうせ短いんだ。私からしてみれば、そんな人間がこちょこちょと我慢などしている様は、まったく愚かに思える」


「ありがとうございます、ハスさん」


 その晩、ミレクは――滅びのラクルから姿を消した。


・・・・・・

・・


「あらら、揺れ動くあの子の想いが楽しかったのに、出て行っちゃったじゃない」


「ジュリス様、あまりにも悪趣味です」


「でも、ハスも意外におせっかいなのね。そんなあなたの想いも面白かったわ」


「..嫌われますよ」


「ふふふ..でもね、ハス。あの子はきっともっと私たちを楽しませてくれるわよ。きっとね」


「どういうことです?」


「さぁね..」


そう言うと、ジュリスはルメーラ湖に映る三日月を眺めながら、セイブロン茶をすすった。





新投稿は火曜日、金曜日の22時にです。お楽しみに♪

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