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第6話 地下水路と、帰らない笑顔ですの♥

 王都の地下水路は、昼の世界の嘘をたくさん抱えこんでいる場所でしたの。

 湿った石壁、藍色に滲む水面、そして音がこだまするだけの闇。


「報告によると、殿下の視察隊が足を止めた地点で異常反応が出ているそうだ」

 ギルドの使者がそう言えば、空気が一瞬だけ重くなる。

 私はブーメランを腰に感じ取り、静かに息を整えましたの。


「湿っている場所は、火薬で解決する場所ではありませんのよ」

 アヤメがマントの端を押さえて呟く。

「粉塵爆発なんてやったら、ここにいる皆が二度と光を見られなくなる」


「その通りですの。ですから、今日は“風”と“光”で参りましょう」

 私は指先で刃を確かめる。水滴が銀にきらめき、湿度が軌道を変える。

 投げる前に、私は一つだけ手元の小瓶を見た。――その中身は“夜のよるのなみだ”と呼ばれる、匂いだけで眩暈を誘うための試作香。使えば人を無力化できるが、元に戻す方法もわかっている。


 アヤメの目が一瞬だけ私を見やった。

「使うの?」

 私の口元が日に焼けたように動く。

「大事なものがかかっているなら、姑息かもしれませんけれど、選択肢としては――持っていても良いでしょう」



 通路の奥から、低いうめき声。半透明の鱗を持つ水棲の魔物が、群れをなしてうごめいていた。

 火を使えない場所。光も届きにくい。だからこそ、我々は目と風で戦う。


「行きますの――ブーメラン・エアロ・スピン!」

 私の投げた刃が水面を切り、湿った空気を巻き上げる。

 風圧が連なり、魔物の群れはふっとバランスを崩す。光の通り道を作るための風。


 同時にアヤメが手裏剣を投げる。刃の先に仕込まれた閃光粉が一瞬だけ暗闇を裂き、魔物たちの視界を奪う。火の代わりに、光の強弱で混乱を与える術。


 魔物がうねり、壁に叩きつけられる。

 私たちは互いの動きを読み、攻撃を分散させる。派手さはないが、確実に空間を支配していく。



 だが絶対はない。ある瞬間、仲間の一人が魔物の側面に追い詰められた。

 彼の息が荒く、視界が揺れ始める。私の胸に冷たい衝動が走った。

 ――これで取り返しがつかない事態になってはならない。


 私は小瓶の蓋を開け、ほんの一滴を布につける。説明できないが、匂いの作用で短時間だけ平衡感覚を狂わせられるはずだ。

 「あまり好きじゃない手だが……」私の声は低く震えた。

 アヤメが横目でそれを見て、唇を噛む。彼女の手は短銃に触れたが、引き金にはかけない。


「行くわよ、セレスティア」

 アヤメの一声で、私は布を振った。匂いがゆっくり空気に溶ける。数秒のうちに、追い詰められた仲間がふらりと動きを鈍らせ、足元をすくわれて倒れた。致命的ではない。だが十分に戦況を逆転させる時間を稼げた。


 その瞬間、二人で最後の一手を放つ。風と光と、そして人間の知恵。魔物たちは次第に沈黙し、やがて湿った石の上に生気のない形で横たわる。



 任務が終わり、殿下の一行が無事であると報告が入る。殿下は驚いた顔で私たちを見たが、礼を述べる言葉は固く短かった。

「良くやった」――それだけの言葉に、私は少しの余韻を感じる。


 アヤメが私のそばに来て、低く囁いた。

「使ったのね」

「ええ。あれは……最後の手段ですの。大事なものなら、姑息な手段も時には許されると私は思う」


 彼女は黙って頷いた。やがて、二人で泥のついたブーメランを並べ、軽く笑い合う。

「私が手を汚したくないだけなら、あなたは真っ先に使ってそうね」

「あなたは、直線を信じすぎますの」



 地上に戻ると、夕陽が石畳に長い影を落としていた。

 ギルドの使者が手帳にしるしをつけ、称号のことを耳打ちする。けれど今は、それが重要なことには思えなかった。


 私はブーメランを拭き、柄を撫でる。汚れは付着したが、軌道を変えるものではない。

 誰かを守るために手を汚したことが、私の名誉を削ぐのか――その答えはまだわからない。だが、確かなことが一つだけある。


 戻るべきものがあれば、探しに行く。

 そして必要ならば、目の前の風景が崩れないように、姑息な一手を打つだろう。


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