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糸を紡ぐ転生者【WEB版】【書籍3巻3月30日発売!、1巻重版】  作者: 流庵


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第433話 変化する能力

 ローダウェイク城の一室。重厚な机を挟んで、僕と父様、母様、おばあ様が座っていた。


 机の上には、先日王都で披露した通信機と、大きな漏斗(じょうご)のような形をした二つの魔道具が置かれている。



「これがレギンたちと作った新作かい。面白い形をしているね」


 おばあ様が興味深そうに、漏斗型の魔道具――拡声器と集音器のセットを覗き込む。内径四十センチ、奥行き十二センチほどの浅い漏斗のような外形は、リュングとロヴンによる精密な木工と金属加工の結晶だ。表面には薄い皮が、太鼓のように丁寧に張られている。


「リュングとロヴンが外装を作り、レギンさんが風の魔石を組み込んで、音を増幅できるように改良してくれたんです。これを通信機に繋げると、小規模な会議室なら複数人で同時に会話ができるんですよ」


 僕はフィレール侯爵領にいるおじい様たちと繋がっている通信機の受話器に拡声器と集音器を接続する。


『――エディ、聞こえるか? 儂だ』


 拡声器からおじい様の声が響き渡った。隣の集音器がこちらの声を拾ってくれるので、受話器をいちいち耳に当てる必要がない。これは本当に画期的だ。


「おじい様。よく聞こえます。そちらの様子はどうですか?」


『うむ、問題ない。言われた通りレギンとマルグリットも隣にいる。それで、ジョーモンの能力の話だったな?』



 おじい様の背後から、レギンさんとメグ姉の声も聞こえてくる。フィレール侯爵領の執務室にも、同じようにこの新しい魔道具を設置してある。


「はい。ジョーモンの能力が【ハジ】から【トーゲイ】に変化した件です。能力が変化するという話を聞いたことはありますか?」


 

 僕が本題を切り出すと、父様が進行役を引き継ぐかのように口を開いた。

 

「私も長年、様々な能力者を見てきたが、能力そのものが別のものに変わるなどという話は、寡聞にして知らない。母様はどうですか?」


「あたしもないねぇ。能力の練度が上がって、できることが増えるって話ならたまに聞くけど、名前ごと変わっちまうなんてのは初めて聞いたよ」



 おばあ様の言葉に、通信機の向こうのおじい様も同意する。



『儂も同感だ。王家の資料にも書かれていなかったはずだ。前代未聞としか言いようがない』


「ニルヴァ王国でも能力そのものが変わるなんて聞いたことがないわ」


『私も、シスターとして多くの祝福の儀に立ち会ってきたり、エディの能力を調べるために教会の資料をかなり調べたけど、そんな記録はなかったわね』


『これは……非常に興味深い現象じゃな。能力の変化というより進化。神から与えられる祝福であるはずの能力が、後天的に変化するなど、常識では考えられん』


 やはり全員、聞いたことがないようだ。極めて稀な、あるいは史上初の現象なのかもしれない。


「ジョーモンによると、能力が変化する前に、以前から話していた『引っかかり』のような感覚があったそうです。彼がトーゲイの二人と釉薬の研究――つまり器に色を付ける作業に没頭していた時に、その変化が起きたと」


 僕が補足すると、レギンさんが興奮した声で問いかけてきた。


『なるほど……。つまり特定の行動、あるいは強い探求心がきっかけとなって、能力がより専門的なものへと変化したと仮説を立てられる。しかし、それが本人の資質によるものなのか、それとも特定の条件下で誰にでも起こり得るのか……これだけでは何とも分からんな』


「レギン殿の言う通り。一例だけでは、これが一体何を意味するのか判断はつけられない」


 父様が腕を組んで唸る。


『下手に公にすれば混乱を招くだけかもしれんな。ジョーモンを狙う不埒な輩が出てこないとも限らん』


 おじい様の懸念はもっともだ。能力の進化が人為的に起こせると知れれば、良からぬことを考える者たちが必ず現れるだろう。


「そうね。今のところ彼にデメリットはないみたいだけど、この件はごく一部の人間だけの秘密にしておくべきね」


 母様の言葉に、全員が頷いた。


「では、この件は本日ここにいるメンバーだけのトップシークレットとし、ジョーモンの経過を静かに見守る、ということでよろしいですかな?」


 父様のまとめに、誰も異論はなかった。


「他に同じような例を見つけられれば、比較対象ができるんだけど……」


 僕が呟くと、父様が溜息交じりに首を振った。


「それについては難しいだろうな。【ハジ】の能力を持つ者自体が非常に希少で、王国全土を探しても各領に一人いるかいないかというレベルだ。そして、その誰もが領主から手厚い保護を受けている。他領の者がむやみに接触することすら難しい。引き抜きなど論外だ」


「そんなに貴重な能力だったんですね……」


 祝福の儀で授かる能力は完全に運だ。便利な能力ほど希少価値が高いということか。


「ともかく、今は下手に動かず、情報を集めることに専念しよう。エディ、ジョーモンたちのことは頼んだぞ」


「はい、父様」


 こうして、能力の進化という新たな謎に関する最初の会議は、現状維持と情報統制を徹底することで幕を閉じた。


 ジョーモンが土師から陶芸へと変化した経緯を考えると、陶芸は土師の上位能力であると推測できる。しかもジョーモンによれば、陶芸の能力者は土師の力で可能なことをすぐに身につけていたという。


 この関係性を踏まえると、効果のでない【タネマキ】の能力は、何かの能力の上位能力の可能性もある。【タネマキ】の下位がなにか分からないけど、農業に関係するのは間違いないはずなので、このまま続けていればいつか効果が現れるかもしれない。

 

 他にも無能とされている能力がないか、父様に調べてもらおう。



 ◆



 それから数日、僕は久しぶりのローダウェイク滞在を楽しんだ。


 一番の懸案事項だったロティとの関係は、母様やカトリーヌさんの助けもあって、少しずつ改善していった。最初は僕の顔を見るだけで泣き出していたのが、今では遠巻きにじっと観察するようになり、僕が差し出したヴァイスの毛で作ったぬいぐるみを受け取ってくれるまでになった。


 ……まだ抱っこはさせてもらえないけど、大きな進歩だ。うん、きっとそうだ。


 トーゲイの工房にも顔を出し、彼らの創作意欲に満ちた姿に刺激を受けた。セトゥとミノーに頼んだラーメンどんぶりの試作品は、僕の想像を超える出来栄えで、完成が今から楽しみだ。


 そして、あっという間に出発の日がやってきた。


「エディ、無理しちゃだめよ?」


「大丈夫だよ、母様。橋を架けるだけだから。それに、おばあ様も一緒だしね」


 城の門前で、母様が心配そうに僕の襟を直してくれる。その隣では、ご機嫌そうなおばあ様が、レギンさんが新たに作ったハルバードを軽々と振り回していた。今回は橋をかけるだけなので出番はないと思いたい。


「アルバンが自慢話ばっかりするから、あたしも少し体を動かしたくてね」


「父様に余計なことを言わないように言っておかないとね……」


 呆れる父様を尻目に、僕はコレットさんに抱かれたロティに手を振る。


「ロティ、行ってくるね。次に来る時まで、お兄ちゃんのこと、忘れないでね?」


 ロティは僕の顔をじっと見つめ、そして――ふわりと笑みを浮かべた。


「……あっ!」


 天使の微笑み。その破壊力に、僕の心は完全に撃ち抜かれた。もう思い残すことはない。


「それじゃあ、行ってきます!」


 僕は満たされた心で馬車に乗り込み、護衛の騎士たち、そして頼もしいおばあ様と共に、新たな目的地であるトニトルス公爵領のミュールへと出発したのだった。

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