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糸を紡ぐ転生者【WEB版】【書籍3巻3月30日発売!、1巻重版】  作者: 流庵


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第432話 土師

 あれから出発までの二日間、僕たちは「マサカゲ」と名乗る男たちの行方を追った。しかし、彼らはまるで煙のように王都から姿を消してしまい、結局、有力な手がかりは何一つつかめなかった。


 宰相のメルヴィンさんにも相談し、衛兵隊を使って彼らが泊まっていた宿を突き止めたが、彼らの足取りは完全に途絶えていた。まるで最初から存在しなかったかのように……。



「……それは手練れだね。こちらの動きを察知して、すぐに身を隠したのか」


 屋敷に戻って報告すると、父様は腕を組んで静かに呟いた。


「宿は契約期間中にもかかわらず、もぬけの殻で、いつ出て行ったのかも不明なんだそうです」


「そうか。まだどこかに潜伏している可能性もあるが、今のところ犯罪を犯したわけでもないから、今回はここまでかな」


「商人を脅していた件はどうなんでしょうか?」


「取り調べの結果、あれは商人の方が悪かったようだね」


「そうなんですか?」


「かなり、相場より高い金額で物を売っていたみたいだよ」


「やはりアキラを探しているのでしょうか?」


「アキラによると、アシハラ国から魔の森を越えること自体、そもそも難しいらしい。生きているか分からない人間を探し出すために、序列一位のマサカゲを派遣するには弱い。ただ、アキラの奥さんは姫だったので可能性はゼロでもない、というところかな」


「目的が分からないのは嫌ですね」


「今回は、出発までに時間がない。この件は宰相に任せ、僕たちは予定通りローダウェイクへ戻る。トニトルス公爵領へは、母様がついていってくれる」


「おばあ様がですか? 橋を架けるだけですよ?」


「父様が自慢ばかりするから、かなりストレスが溜まっているみたいだよ」


「そうだったんですね」


 おじい様が毎晩おばあ様と通信しているのは知っていたが、そんなことをしていたのか……。


「僕もロティに会いたいので、ちょうどいい機会です」


 こうして僕は、束の間の帰郷を果たすことになる。


 父様が準備してくれていた馬車をカザハナに繋いで、ローダウェイクへ出発したのだった。


 

 ◆


 

 ローダウェイクまでの道のりは、さらに街道が整備されたこともあり、以前よりも到着が早くなっていた。



 久しぶりに見る故郷の灯りに胸が温かくなるのを感じながら城へ向かうと、母様とおばあ様、そしてコレットが抱いているロティが、僕たちの帰りを待っていたのだ。


「エディ! ハリー! お帰りなさい!」


 母様が駆け寄ってきて、僕と父様を優しく抱きしめてくれる。その温もりに、王都での緊張がふっと解けていくのを感じた。


「ただいま、母様」

「ただいま、フィア。遅くまでごめんね」

「ううん、いいのよ! 顔が見られて嬉しいわ」


 父様と母様のやり取りを微笑ましく見ていると、おばあ様が僕の頭をわしわしと撫でてきた。


「エディ、久しぶりね。アルバンから色々と聞いているわ。少し締まった顔つきになったかしら?」


「おばあ様、ただいまです。少し大きくなりました!?」


「そうね……少し伸びたかしら?」


 どうやら、変わっていないようだ……。

 

 そして、コレットが抱いている小さな妹を見る。最後に会った時から、また少し大きくなっただろうか。


「ロティ、ただいま! お兄ちゃんだよ、分かるかな?」


 ロティに顔を近づける。しかし、ロティの愛らしい顔がきゅっと強張った。くりくりとした大きな瞳に、みるみるうちに涙の膜が張っていく。


「……う、うぇ……ふえぇぇぇぇん!」


 次の瞬間、ロティは顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまったのだ。


「えっ……」


 僕はその場に固まった。

 ……嘘だろ? もしかして忘れられている? 笑顔しか見たことがない可愛い妹に、まるで不審者のような扱いをされるなんて……。


「あらあら、エディ。しばらく会わないうちに、忘れられちゃったみたいね」


「人見知りが始まったのかい? 成長の証だね」


 母様とおばあ様がくすくすと笑っている。その笑い声が、僕の砕けた心に追い打ちをかける。


「そ、そんな……ロティ、お兄ちゃんのエディだよ……」


 呼びかけるが、ロティは泣きながらコレットさんの胸に顔を埋め、顔を背けてしまう。その仕草一つ一つが、僕の心に深々と突き刺さった。


 まさか、久しぶりの帰郷で、こんなにも大きな精神的ダメージを受けることになるとは……。


 僕ががっくりと肩を落としていると、カトリーヌさんがそっと背中を撫でてくれた。


「大丈夫よ、エディ君。すぐに思い出してくれるわ」


 その優しさが、今は何より心に染みた。


「それにしても、胸が好きなのは兄妹で同じなのかしら?」


 さすがに、赤ん坊のころは覚えていません……。



 ◆



 ショックを引きずったまま、僕たちは家族団らんの時間を過ごしていた。


 久しぶりに囲む食卓は温かく、王都での出来事が遠い昔のことのように感じられる。ロティはまだ僕に慣れない様子だったが、母様の膝の上で僕の顔をじっと観察しており、少しだけ警戒は解けてきているようだ。


 食後のお茶の時間。侍女が運んできたティーカップを見て、僕は驚く。


 それは、これまでローダウェイクで使われていたシンプルな木製や銀製のカップではなかったのだ。


 陶器に、鮮やかな青と緑の顔料で草花の模様が描かれている。表面はガラス質で覆われ、艶やかな光沢を放っていた。


「このカップ……すごく綺麗というか、もしかして『トーゲイ』の能力ですか?」


「ふっふっふ。気づいたかい、エディ」


 僕の問いに、おばあ様が得意満面な笑みを浮かべる。


「これは、あたしがトーゲイの連中に作らせた新作よ」


 中々成長のなかったトーゲイの能力。彼らがこんなにも美しいものを作れるようになっていたとは驚きだ。


「すごい……! こんなに綺麗な彩色まで……」


 素焼きよりも高温で焼くことによって、長石や石英といったガラス質の鉱物が溶け、全体をコーティングしたものを陶器という。そして、釉薬と呼ばれるガラス質のものをかけて焼くことで、様々な色彩と光沢を生み出す技術。彼らはついにそこまで辿り着いていたのか。


「ああ。あたしの好みを伝えて、色々と試させてるのさ。この青を出すのが、なかなか大変だったみたいだけどね。まだまだ改良の余地はありそうだわ」


 おばあ様はこともなげに言うが、これはとんでもない技術革新だ。僕が何も教えずとも、彼らは自分たちの力で新たな文化の扉を開こうとしている。


 いてもたってもいられなくなり、僕は席を立った。


「おばあ様、トーゲイの工房に行ってきます!」


「おや、もう行くのかい? まあ、好きにするといいさ」


 父様と母様に一言断り、彼らが暮らす工房へと向かう。



 ◆


 

 陶芸工房は、以前訪れた時よりも遥かに規模が大きくなっていた。


 いくつもの乾燥小屋が立ち並び、敷地の中央には温度の違う三つの窯が鎮座しているのは変わっていない。


 僕の姿に気づいた父親二人のセトゥとミノー、指導係のジョーモンが、慌てて駆け寄ってきた。


「エドワード様! よくぞお越しくださいました!」


「久しぶりです。素晴らしいカップを見せてもらいましたよ。皆、元気そうで何よりです」


 彼らの顔は土と汗で汚れていたが、その瞳は職人としての誇りと喜びに満ち溢れていた。


「ジョーモンのご指導の賜物ですだ。我々だけでは、あのようなものは……」


「謙遜することはない。光沢が出る発見は二人によるものだ」


 彼らは試行錯誤を繰り返す中で、高温で焼いても割れない土を見つけ、長石や石英といったガラス質の鉱物が混ざった土を発見したのだった。これで、土器を陶器へと進化させたことになる。


「そして、こちらが色の研究です」


 ミノーが案内してくれた小屋には、様々な鉱石や灰をすり潰したものが、小さな壺に分けられて並んでいた。


「焼成の際に、特定の灰や土が溶けて光沢がでることに気づいたです。それを応用すれば、器に色をつけられると思ったですだ」


 まさに釉薬の発見だ。彼らは科学的なプロセスを解明しつつあった。トーゲイの能力のせいなんだろうか。


 子供たちのアーリタとクトゥニは疲れて寝てしまったようだが、二人は白くなる土を探しているらしい。おばあ様が護衛の兵士をつけてくれたらしく、毎日夕方まで土の研究をしているとのことだった。


 父親二人は色の研究をし、子ども二人は磁器を作ろうと動いている。能力は授かっても行動しないと成長しないことが証明されたのかもしれない。


 【糸】の能力も、登録するプロセスを知らないと一生使えない能力で終わったと考えると恐ろしい話だ。


 セトゥとミノーにラーメンどんぶりの製作を依頼して立ち去ろうとした時、ジョーモンに声を掛けられた。


「エドワード様にご相談したいことが……」


「分かったよ」


 小屋に入って話を聞くことにした。


「エドワード様は私の能力を覚えていらっしゃいますか?」


「もちろんだよ。土師(はじ)の能力だったね?」


「そうです! ハジの能力なんですが、私も彼らと色を付けたりといった作業をしていたところ、ある時から絵が描きやすくなったのです」


「慣れてきたとかじゃなくて?」


「それが、以前私が話した引っかかりによく似た感覚だったので、ステータスの確認をして驚きました」


 驚くことに、ジョーモンの能力が【ハジ】から【トーゲイ】に変わってしまったのだった。

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