フェノメナの快気祝
スペクターのボディーの一事件の後、1ヶ月が過ぎた、幸い戦闘で負傷した者たちも、全員ほぼ回復し、今日は最後に退院したフェノメナの快気祝いということで、マーフィーたちも宴席に招かれている。
・・・この人たちは、ほんとにこういうのが好きなんだなあ。
マーフィーは雷風の他にルー、猛虎、ジーン、ヴォルフガング、インにまでその都度快気祝いに誘われ、もうすでに食傷ぎみだ。
というわけで、マーフィーは目の前の料理に箸を付けづにいる。
「ハーン。マーフィー、宴会続きでいいかげんうんざりしてるんでしょう?」
「いえ、ノーマさんそんなんじゃ・・・」
「でもね、それはあなたが、みんなから目をかけられているってことよ。喜びなさい」
座敷の襖が開いて、シャドウがフィヨリーナとリリスを伴って座敷に入って来た。
「遅くなりました」
「アイヤー、キャプテン・シャドウ」
「鍾馗大人、僕の不在中色々とありがとうございました。その後も仕事の都合で直接合う機会がなくて、礼をいいそびれてしまったようで」
「何言ってるか、気にしない、気にしない。ところで、そっちの美人のお嬢さん方はだれあるか?」
「この子はパイロット候補生のフヨリーナ・リリアンティスです。彼女は・・」
シャドウがリリスを紹介しようとすると、その言を遮り、リリスはシャドウの前に出て、自己紹介を始めた。
「はじめまして、私はリリス・ランカーです。先月にタイタンのラボからタワーズに赴任してきた科学者グループのチーフです。ご挨拶がおくれてどうもすみません」
リリスはにっこり微笑みながら、腰を曲げお辞儀をする。和室に似合ってなかなか清楚な印象だ。
「ほうー、そうあるか。私は鉄龍のキャプテン鍾馗ある。
キャプテン・シャドウもこんな美人を連れて、なかなか隅に置けないあるねえ。
自分の奥さんにしたらいいあるね。
そうじゃなければ、あなたほどの人なら、ワタシの後妻にしたいくらいあるよ。
ハッハッハ」
「またご冗談を、おほほほほ」
リリスも鍾馗に連られて笑う。
シャドウの目がサングラスの下で苦笑いをした。鍾馗には悪意はないが、シャドウにとって、これは実際かなりきつい皮肉になってしまった。
「キャプテーン!! こっちこっち」
座敷の奥でルーとロビナがこちらに手を振っている。
シャドウたちは、ルーとロビナの間の空いている座布団に腰を下ろした。
「お疲れさまですキャプテン」
マーガレットがシャドウの盃に酒を注ぐ。
「レイモンドはまだ帰ってこないんですか?」
「ああ、まだ何かとやることが残っていてね。でも彼のおかげで、予定とおり統合軍事演習は三ヶ月後にはできそうだ。これから特にオフィスは忙しくなるな」
「今、ゴールデン・スピアの特別予算の算定をやっていますけれど、何かと予定外の出費も多くて・・・」
「いつも済まない。やりくりで不足した分は僕が個人的に負担するから、みんなには不自由な思いをさせないようにしてくれ」
シャドウは小さい声でマーガレットに囁いた。
「ワ~ン! ノーマさんてばイケズなんだからん」
ロビナがシャドウの背中に抱きついて来た。酒もかなり入って顔が赤い。
「な~に言ってるの! マリアを誘おうって言ったのはあなたでしょうが」
「だって、だって、マリアさんがあんなに機嫌が悪かったなんて知らなかったんだも~ん!」
「ロビナ、ちょっと髪が濡れるわよ」
ロビナの髪が垂れ下がり、シャドウの持った盃に掛かっている。
「ネ~、ネ~、キャプテン~。マリアさんを許してあげてよ~。まだ処分保留のまま一月以上だなんて」
「ロビナ、そのことはまだ検討中なんだ。こんな席では言うことはできないよ」
「エ~、だってえ」
「フ~ン。あなた愛玩タイプね。プロトタイプの・・・。シリアルは?」
リリスは、シャドウの背に抱きついているロビナのあごをつまんで、自分の方に顔を向けさせる。
「シリアル(製造番号)、シリアルなんて忘れました。そんないやなこと・・・」
ロビナはそう言うと、こちらから背を向け押し黙って座る。
「そう、それは残念ね。でも、愛玩タイプはいいわね、可愛がられて。だれに何を言っても許されるし、責任も無い」
「リリス、言い過ぎだ」
「あらごめんなさい。仕事がらこういうことに興味があって」
リリスは自分の盃を持って、鍾馗の近くの座に移って行った。
「なんなの! あの態度。キャプテン、なんであんなの連れてくんのよー!?」
「ノーマさんいいんです、わたしそんなに気にしてなんかいません」
「すまない、ロビナ。僕から謝るよ」
「ちょっと、ちょっと、どうしてキャプテンが謝る必要があるのよ!? 納得いかないわ」
ノーマに痛いところを突かれて、シャドウは答えに窮する
「エヘ、エヘ、みんな! 何やってるんだー」
ちょうど都合よく、ルーが自分の座から銚子片手にやってきた。
「あらら、すっかりでき上がっちゃって、酔っぱらいネコ」
ルーはふらふらと千鳥足で、シャドウの隣のさっきまでリリスが座っていた場所に腰を下ろす。
「こら、ロビナ! あたしだって、愛玩タイプじゃないけれど、かあいいんだゾー」
ルーはトロンとした目でシャドウをじっと見つめる。
ゴクン
シャドウは生唾を飲み込んだ。
「シャドウーーー!! 好きだゾーーー!! お前のためなら死ねる!!」
ルーはシャドウに勢いよく飛び付いた。
「ウニャー!」
その勢いで、シャドウは横につんのめる。
「ウワ!」
「エッ!?」
ドシャッ!
その隣で、箸を使って冷奴の食べかたをマーフィーに教えてもらっているフィヨリーナの上に、ルーとシャドウは乗っかる形で倒れ込んだ。
「アララララ~~!」
フィヨリーナの顔には冷奴がグッチャリと潰れて張り付いた。
「マーフィーさん。お豆腐ってこうやって食べるものだったんですか?」
「ちがうって・・・」
「マーフィー、ルーは?」
「もう完全に酔いつぶれて寝ちゃってます」
「やれやれ、マーフィー、悪いけどプッチイと二人で、ルーを隣の座敷に連れてって、仲居さんに布団敷いてもらって、寝かせてきて」
「ええ、ノーマさん、そうします」
「なんでい、なんでい、もう潰れちまったのかよ、ルーのやつ」
「雷風、お前のペースに合わせて飲んでたからだよ」
「そういうファイヤーだって、ルーにガンガン酒を注いでたじゃねえか」
「そうだっけ?」
「ルーの体じゃ、俺達とじゃ容量が違うってもんだからな」
「アンタたちより、もっとすごい酒飲みが後ろに控えているね」
「ヤンよ、ありゃ飲むっていうより、流し込んでるみたいなもんだぜ」
ヤンが指差した方で、猛虎とトアルコがさしで酒杯を飲み干している。
周囲は全く眼中にない、といった様子で、たった1時間の間に、ビールが4ケース、ウイスキーボトルが5本、一升瓶が10本も空になって二人の回りに転がっている。
トアルコはイーフリートのベテラン砲術長だ。彼女は虎型戦闘BHで、猛虎と同じタイプの女性型、つまり二人は姉弟のようなものだ。
「雷風! チョットこっちに来るよろし」
「あ? おやじが呼んでやがる。ファイヤー、ちょっと行ってくるわ」
「雷風、キャプテン・フェノメナによく挨拶するよろし」
「挨拶? 挨拶ならさっきしたけどよ」
「違うね! 今キャプテン・フェノメナと相談して、お前のこの間の不始末の懲罰を決めたあるよ」
「懲罰だあ! おやじ、それはもう不問にしてくれるって話じゃ!?」
「そんなこと、いつワタシ言ったね?」
「そりゃないぜ! でもなんで、キャプテン・フェノメナなんかと相談する必要があるんだよ!?」
「それが大ありね、雷風、お前の懲罰は、イーフリートが明日から出発するミッションに一人同行することね、迷惑かけた分、好きなだけこき使ってくれるようにキャプテン・フェノメナにお願いしたよ。いいあるね!?」
「勿論! 全く! 完璧に! 了解しましたであります。キャプテン・フェノメナふつつかものでありますが、どうかよろしくお願いしますでありますです」
雷風はかしこまってフェノメナの前で敬礼をした。
「何かと不便があるかもしれないが、こちらからもよろしく頼む」
・・・ウウォウォ!! そりゃ何だか、懲罰ってよりも、ご褒美じゃねえか。イーフリートが今度一月後に帰ってくるまで、女の園でやりたい放題、し放題、俺のあそこはビンビンだぜい!!
傭兵戦艦イーフリートはパイロットからメカニックまで全てのクルーが女性だけの構成になっていることは有名な話であった。しかも美人が多いとの評判だ。
雷風は今にもデッサンが崩れそうな顔で、鼻の下を伸ばし、一人にやけている。
「こら、雷風、何、笑っているね?」
「おう! インか」
「ワタシはヤンね! もう何度いったら解るね!」
「どっちでもいいぜ! それより、俺様は明日から一ヶ月間、お前んとこで厄介になることになったからな、よろしく頼むぜ」
「何、馬鹿言ってるね。イーフリートは女だけの傭兵チームね。そんな馬鹿なことキャプテンが許すわけないね!」
「馬鹿、馬鹿、ってうるせえやつだぜ、うそだと思うんだったたら、お前んとこのキャプテンに聞いてみな!」
「聞かなくても、アタシが保証するよ」
さっきから猛虎と酒を飲んでいたトアルコが、こちらにやってきて雷風の前にどっかり腰を下ろした。
「虎姉! これは一体どういうことね!?」
「雷風をね、こないだ馬鹿やった罰として、うちであずかることになったのさ」
「それじゃ、ぜんぜん罰になんかなってないね! こいつ喜んでるよ!」
「それはこいつが何も解っちゃいないだけさ。こいつはイーフリートの若い娘にチョッカイ出すつもりだろうがね、このアタシやファイヤーがそうはさせないってことさ。この馬はアタシがみっちりこき使ってやるから」
トアルコは雷風の長い首をガッチリ捕まえて、もう片方の手で一升瓶をラッパ飲みにする。
「なんでい! そういう魂胆だったのかよ! 畜生め!」
「やっと分かったかい、この馬鹿タレ! お前は女に囲まれながらおあずけの状態で、欲求不満のまま股間を押さえて悶え苦しむってことだよ。あきらめな!」
「まあ、雷風にゃいい薬だぜ」
「猛虎の兄貴まで知ってたのかよう! そりゃないぜー」
「まあ、飲め飲め、一ヶ月間の辛抱だ、帰ってきたらまた女買いにでもいきゃいい」
「くそうーー!! こうなったらやけだ!」
雷風は猛虎からウイスキーボトルをひったくり、ゴクゴクと飲み干す。
ついでに、猛虎の前の皿に山と盛られている、刺し身をつかんで自分の口に押し込み一気に飲み込む。
「おい、バカ! やめろ! それはだけは! お前は食っちゃいけねえ!」
「ヘン! 兄貴、気にすんなって、俺は悪食だ! 馬型BHでも肉魚OKだぜ!」
「違うんだ! そうじゃなくって! それは・・・・」
猛虎は口籠った。
代ってトアルコが言った。
「雷風、お前の食ったのは馬刺しだよ」
同族の誤食によるショック症候群、草食系や雑食系のBHで希に発生する疾患。
ウェル2の高級日本風割烹、角華の前に救急車が到着した時点で、キャプテン・フェノメナの快気祝いはお開きとなった。




