廃ビルでの激闘 その2
ノーマとアッシュは、運悪く、キュアーズ・ビジネスセンンタービルが倒れかかって来たビルで、狙撃のポジションについていた。
「ノーマ、アッシュ、大丈夫ですか!?」
「なんとかね、でもこのビルの反対側に逃げるのが遅れたら、ただでは済まかったわ」
「ティロール、もうこのビルからでは狙撃はできなくなった。バロンとザザのチームはどうなった」
「アッシュ、それが、バロンとザザのいるビルからも、ビルの残骸が邪魔になって狙撃が不可能になった」
「戦況はどうなっているの?」
「今ので一時戦闘が中断したみたいだが、かなりまずい状況だ、ジーンとヴォルフガングが、いつまで保つか」
「別の位置に移動するしかない」
「ちょっと、アッシュ! 移動するって、このビルを駆け下りて、反対側のビルまで行って、さらにまたそこを登るのよ、エレベーターも無しで」
「そうだな、新たな狙撃ポイントはあのビルがいい」
「あのビルにまた登るには、かなり時間がかかるわよ」
「分かっている、だがノーマ、お前一人ならすぐに移動可能だ。サイボーグだろう」
「あたしが行くって? あたしが狙撃するの!?」
「そうだ。もう、それしかないだろう」
アッシュは言い終わると、黙ってノーマを見つめる。
「あたしは、あんたのサポート役で・・・。分かったわよ、行けばいいんでしょ」
ノーマはブーツを脱ぎライフルを背中に背負う。
「飛び降りるわね。また、プラズマジェットのせいで、足の裏の皮、張り替えなきゃ」
ヒュンッ!
「遅いぞ!」
エキドナはジーンのFMソードの乱舞を軽々とかいくぐり、ジーンに接近する!
「うかつだな!」
その後ろからヴォルフガングが銃でエキドナの後頭部を狙う。
「それはどうかな」
シュバッ!
スペクターのボディーの背中から生えている、二本のロッドが、ヴォルフガングが引き金を引くのより早く、その銃を突き刺した。
「ウッ!」
エキドナはジーンの首を片手でがっちりつかみ、壁めがけて叩きつける!
「ジーン!!」
ドシャッ!!
ヴォルフガングは、素早く、ジーンを抱きとめ、二人は揃って壁に叩きつけられた。
「ウッ!・・・」
「ゲフッ」
「フフ、今のはかなり効いたようね」
ジーンとヴォルフガングは、意識はあるが、かなりのダメージで立ちあがれないようだ。
・・・歯が立たない! 肋骨をやられた、内臓にもきてるようだ。ジーンは両足を折られたのか? やつは、遊んでいるんだ。
「もっと、もっと私を楽しませてくれないの?」
「グッ、お前は何が目的なんだ?」
ヴォルフガングは口から、血を吐きながら苦しそうに、声を絞り出す。
・・・キャプテンは無事か? だれか、こいつを狙撃できる位置まで、早く来てくれ。
エキドナは急に宙を見つめ、動きを止めた。
「私の目的? そうだ・・・私の目的は復讐だ!」
「復讐だと、だれに対する、復讐だ、タワーズ全体か? それとも」
「私が憎いのは、フェノメナ、いや! シャドウ。違う、違うぞ! そうではない、だが、なぜ!?なぜだ!?グゥ」
エキドナは頭を抱えて苦しみだした。
どうしたんだ? やはり、こいつ、脳に異常が。
「復讐するのなら、この私一人で十分だろう?」
「キャプテン!!」
フェノメナが瓦礫に埋まりかかった非常階段から、ゆっくり姿を現した。
「遅れてすまなかった。片足をやられてしまったのでな」
フェノメナは右足を引きずりながら、エキドナの正面に立つ。
その右足には血が滲み、不自然によじれている。骨折だろう。立っているのもやっとのはずだ。
「フッフッフ、よかったよ、生きていたんだ。これで、お前を私の手でじかに引き裂いてやれる。嬉しい」
エキドナは涙を流しながら、せせり笑った。
「私の妹の体、返してもらうぞ!」
フェノメナは、両袖の間から、三本づつ、六本の鞭をスルッ出し、両手に握った。
「フンッ!」
六本の鞭はまるで、それぞれが生を授けられたように、自在にあやつられ、六方からヒュン、ヒュンとエキドナに襲いかかった。
「これくらい!」
エキドナはフェノメナの鞭をたやすくかわす。
パシュン!
床に落ちていた鉄骨に、鞭が軽く触れただけで、鉄骨は簡単に切断された
「超振動か、だがな、スカラー衝撃波の敵ではないんだよ!」
ボボボボボッ!!!
小さいスカラー衝撃波の連続発射! フェノメナの鞭は悉く粉砕されてしまう。
「その足では、満足に動けないだろう」
エキドナは両手を広げゆっくりと、フェノメナに近づく。
「だが、両手は使える」
フェノメナはエキドナの両手首をつかんだ。
「何をするつもりだ? 人間の腕力で」
エキドナはフェノメナの両手を振りほどこうとした。
「クッ! 動かせない!?」
フェノメナは両腕を超振動させ、その振動する波長を微妙に特定方向にずらしてやることによって、強力な物理的力を発生させたのだった。
「こんなことができるのか? だがどれくらい、我慢出来るかしらね」
普通、超振動は媒体になる物体を使う。自分の肉体を直接使うということは、肉体のその部分を細胞レベルで、粉々にする。
フェノメナの腕のあちこちから、血が吹き出しはじめた。彼女はその苦痛に眉ひとつ動かさない。
「痛いのだろう。もっと、苦痛に顔をゆがめたらどうだ。泣いてもいいんだ」
「私の苦痛など、妹が味わった苦痛に比べれば。たわいのないことだ」
「妹? そうか、こいつは、お前の妹だったんだね。私はこいつが、うっとうしくってたまらないんだ!」
「うっとうしい?なぜだ」
「こいつが、入ってきたんだよ、私の心に」
「いるのか!? レイピヤがそこに!」
「お前に、お前に会いたいんだとよ! 悲しくて、苦しくて、それが、それが、私の心まで、しめつけるんだ!」
「レイピヤ!!」
フェノメナはエキドナの顔を凝視して、その目尻から、一筋の涙が、落ちた。
「やめろ!! きらいなんだよ!! お前なんか!!!」
エキドナはフェノメナから目線をそらす。
「フンッ!」
その瞬間を逃さずに、フェノメナは組み合ったまま、エキドナの額めがけ、頭突きをくらわせた。
「ウッ!」
エキドナはよろめいた。
人間と殆ど外見が同じ頭部。このタイプのサイボーグの最大の弱点は、脳に対する衝撃だ。
「フンッ!」
さらにもう一撃!
フェノメナの額が割れて、彼女の顔を血が滴る。
「うっ! おのれぇぇぇぇぇ!!!」
スペクターのボディーの、背中のロッドがぐるっとカーブして伸び、フェノメナの背後を襲う!
「キャプテン! 危ない!!!」
鋭いロッドの先端をヴォルフガングが両手でつかんで止めた。
「ウルフィー!!」
「こうなったら、最後の手段を使います!!」
「ハウアァァァァァァ!!!!!!!」
腹に響くような唸り声をヴォルフガングは発する。たちまち、スレンダーな体形の筋肉が盛り上がり、体が二回り以上大きくなった。
「グルルルル!!!!」
ヴォルフガングの口が耳まで裂け、鼻から口にかけて、顔が前方に迫り出し、露出していた皮膚を黒い毛が覆いはじめた。
「グヲーーーーンンンン!!!!」
ヴォルフガングは、狼の姿をした獣人となって、大きく咆哮した。
「ゾアントロピー(獣化)だと! そんなバカな!」
「だれなの!? あの狼型のBH」
ノーマはやっと、フェノメナたちがいる場所が見渡せる反対側のビルについて、ライフルのターゲットスコープから現場を覗いた。
「フェノメナが、あいつに頭突きを食らわしてる!」
フェノメナはエキドナの額に、三度四度と頭突きを見舞っている。
「さすが石頭・・・感心してる場合じゃない、あたしの腕だと、これじゃ狙撃は難しいわ・・・」
ノーマはスペクターのボディーの頭部への狙撃をためらった。それは勿論、自信のなさもあったが、それよりも、かつての仲間である、レイピアの姿を撃ち抜くことにためらいがある。しかし、フェノメナがさらに危険になれば、やらなければならないのだ。
ガツッンンン!!
五度目の大きく振りかぶった頭突きを額に受け、エキドナは意識を失い。床に崩れ落ちた。
「とどめを・・・」
フェノメナは拳銃を取り出し、エキドナの頭に向ける。
「ウッ・・ク」
フェノメナの両腕は超振動のため、ボロボロになって、血が全体から滲み出している。銃を握るのさえやっとのようだ。
ためらっているのか? それとも指が動かないのか? フェノメナは指が震え、引き金が引けない。
「何やってるの、フェン!」
ノーマはいらいらしながら、フェノメナの様子をターゲットスコープからうかがう。
「ウウ」
エキドナは意識を取り戻し、両手をフェノメナに向ける!
「まずいわ!!」
ノーマはライフルの引き金に指を掛ける。
ダーーーーーンンンン!
人気のないビル街に、一発の銃声がこだました。
フェノメナは硝煙が立ち上る拳銃を投げ棄て。よろめきながらスペクターのボディーに歩み寄る。
対サイボーグ用HP弾は、スペクターのボディーの額の真ん中から入って、脳を粉砕して後頭部から抜けている。エキドナの瞳は完全に宙を見つめ、瞳孔が開いている。即死だ。
「レイピヤ?」
スペクターのボディーの先程までの憎しみと怒りに歪んだ顔が、穢れのない、美しい聖女のような表情に変わる。
「何が、何が言いたいの!?」
完全に脳が破壊されているはずの、スペクターのボディーの口がかすかに動いた。
「・・・・・・・・・・」
その声にならない声をフェノメナは耳を近づけ、必死に聞き取ろうとしている。
一言。・・・ありがとう。
フェノメナにはそう聞こえた。
「ウルフィー!? あなたほんとにウルフィーなの!?」
ヴォルフガングは医療チームが持ってきた、毛布を頭から被って、全身を隠している。
「・・・・」
ヴォルフガングは何も答えない。よほどこの姿をみなに見られるのがいやなのだろう。
「ノーマ、お願いだ。ウルフィーはそっとしてあげて」
「フェン、あなたも他人を庇う余裕があるんなら、もう大丈夫ね」
「今回は、かなりこたえたわ。この腕も、もうサイボーグ化しなければ、だめでしょうね」
「キャプテン・フェノメナ、準備が出来ました」
「分かった、みんなを集めてくれ」
「でも、本当にこれでいいんですか?」
「いいんだ、ティロール。これはレイピヤも望んでいるはずだ」
フェノメナはノーマの肩を借りて、立ち上がった。
全員はキュアーズ・ビジネスセンタービルの前の、荒れ果てた公園に集まった。
公園の中央にある、直径2メートルほどの球形のモニュメントの上に、スペクターのボディーが横たえられている。
「ノーマさん、これって、いったい、何をするんですかあ?」
「マリー・ルイーズ。これからね、あのスペクターのボディーを処分するのよ」
「ええ? どうしてですかあ? あのボディーにはキャプテンの妹さんが、以前入っていたんでしょう。ちゃんと、火葬場で焼くとか、それなりのやり方が、あるんじゃないんですかあ」
「それが、できないのよ」
「ええ?だってえ・・・」
「あたしたち戦闘サイボーグのボディーはね。死んでも遺体にはならないの。兵器なのよ。持ち主のなくなった」
「それって、アサルトマシンなんかと同じ扱いっていうことなんですかあ?」
「そうね、だから、普通の人間みたいに、体を勝手に処分できないの。特に、このクラスの戦闘サイボーグになると、高性能破壊兵器だからね。
係官立ち会いの許、分解して、十年間厳重管理。その後廃棄かな」
「それって、そんなのかわいそう!」
「あたしも、死んでしまったらそうなるのよ。・・・フェンも、それには耐えられなかったんでしょうね。でも、他にも方法があったのね」
「ノーマさん、どうするんですか?」
「完全に、ボディーを消滅させることができればいいのよ」
「特殊金属や強化セラミックが使われているボディーを、どうやって完全に消滅させるんですう?」
「ほら、今ここには、彼女がいるでしょ。ロクサーヌ・ファイヤーが」
「ザザ、お願い」
「いいのか、キャプテン?」
「いいわ」
ザザはフェノメナの美しいクリムゾンの長い髪を、アーミーナイフで粗雑に切り落とす。
フェノメナの髪は、スペクターのボディーの上に、真っ赤な花を添えられるように、そっと置かれた。
「ファイヤー、やってくれ」
「分かった・・・」
ファイヤーは大きく息を吸い込み、目を閉じてモニュメントの前に立つ。
「マリー・ルイーズあたしがファイヤーのあれを見るのは、これで二度目だわ。あなたは?」
「あのう・・・。ノーマさん。私は、実は初めてなんですう」
「そうなの。ならよく見ておくといいわ。伝説の格闘技、シェイ・レーンのエクスプルージョン・フィスト(爆裂拳)を」
自然体に構えたファイヤーは、長い呼吸を止め、目をカッ! と見開く。
「エクスプルージョン・フィスト、奥義、レイ・ストリーム(光の奔流)」
全員、沈黙してファイヤーを見守る。
「ハァァァァァァッ!!!!!!」
ファイヤーは球形のモニュメントに、右の正拳を突き立てた。
グヲォォォォーーーーーーーーーーーンンンンンンン!
大きな釣り鐘を突いたような音が、響き渡り、
球形のモニュメントとスペクターのボディーを、細かい光の粒子が覆い始めた。
ファイヤーの拳から打ち込まれた気のエネルギーは、分子間の隅々まで浸透し、あらゆる物質を破壊する。
シュババババ!!!!
「まぶしい、そして、なんてキレイなの!」
マリー・ルイーズは手の平を前にかざし、指の間から漏れてくる光に、目を細めた。
モニュメントとスペクターのボディーは光の奔流を迸らせながら、徐々に小さくなって、最後にはほんの一かけらになった。それも、なごりを惜しむかのように、少しの間だけ輝いて、そして、消えた。




