廃ビルでの激闘 その1
「100キロ以上あるぜ、これ。俺がこれを担いで36階上がるのかよう!」
猛虎は自走式小型レールガンXK-A12を目の前にして、非常階段の前で閉口している。
「だってえ、これは自走式なんてえ言っても、階段登れないし・・・。エレベーターは使えないし。わたしじゃ、とってもじゃないけれど、重たくて・・・」
「だから、お前とこの俺が組まされたわけか。人足みたいなもんだ。やれやれ」
猛虎はいやいや、重たいその金属の塊を肩に担いで、階段を登り始めた。
モニターにそれぞれ色分けされた、ミッションメンバーの位置が表示されている。
ティロールは作戦指揮車で全員の定位置えの、到着を確認した。
「では、きっかり10分後作戦を開始します」
その10分がフェノメナにはものすごく長く感じた。
・・・中身は全くの別人。それは分かっている。分かっているが、顔はあの時のレイピヤのままなのだ。
・・・10年前。私はレイピヤを、スペクターのボディーに弄ばれて、もうどうしようもなくなったあの子に、引導を渡して楽にしてやることができなかった。
フェノメナは過去の凄惨な思い出に身をやつしていた。
・・・作戦開始!
フェノメナは意を決して、38階に入って行く。
薄暗い部屋の片隅で、あのスペクターのボディーを身につけたエキドナが、じっとうずくまっている。その後ろに横たわっている黒い体は雷風だろう。異様などす黒い空気がこの場を支配している。
まだ雷風は生きているのか? ここからでは確認できない。
「私は、フェノメナ・カサンドラだ。要求どおりやってきたぞ」
それまで宙を見つめていたエキドナの視線が、フェノメナに向けられる。
「クックッククウ。やっと来たのか? 待っていたんだ。待っていたんだよう・・・ずっとな」
エキドナは笑っているのか? それとも泣いているのか? どちらとも言えないような声を漏らした。
・・・やはり、精神に異常をきたしているのだろうか? やつがもっと雷風から離れなければ、攻撃のシグナルを出せない。
猛虎とマリー・ルイーズは二階下の36階で、自走式レールガンを天井に向けて設置し、フェノメナからのシグナルを待っている。
「この8メートル真上に、あのスペクターのボディーがいるんですねえ」
マリー・ルイーズ些か緊張した面持ちで、ポジトロンセンサーが示す位置をレールガンのモニターで見ている。
「まだかよ、キャプテン・フェノメナからの合図は?」
「作戦開始から3分。敵の位置は動いてないですねえ。きっとこのそばに雷風さんがいるんですよう」
「ウッ、わりいが、ションベンがしたくなった。ユンベもかなり飲んじまったからな」
猛虎は、マリー・ルイーズの横でチャックを下ろす。
「キャ、猛虎さん、やめてください! こんなとこで、わたしだってえ、レディなんですよう。もっとあっち行ってやってくださいよう」
「すまねえな、つい、いつもの調子で」
猛虎は部屋の反対側の壁に向いて立った。
フェノメナはエキドナの出方をうかがっている。
「フウッフッフッフフフ・・・クウックック」
エキドナは泣き笑いを続けている。
「何がそんなに悲しい・・・いやおかしいんだ?」
「フン、嬉しいんだよ、お前をあの世に送ることができて!」
エキドナは目をカッ見開き、フェノメナを睨んだ。
作戦指令車では、ティロールが作戦現場の磁場の異常を関知していた。
「38階の北側に<直径10メートルのテスラ・ポテンシャル発生!? 広すぎるぞ、スカラー衝撃波の前触れか!? イカン! 何人か有効範囲に入る! 無線が通じない!」
フェノメナは自分の周囲の空気が、揺らぎはじめ、身につけた金属類が僅かに振動し始めるのを感じた。
「こ、これは!?まずい!!!」
フェノメナは二本の鞭を袖口からするすると伸ばし、後ろ向きで、壁に叩きつける!
「フン!!!!」
ギュルギュルルルッ! ボコッ!!!
たった1秒で、鞭はドリルのように螺旋状に渦を巻きながら、フェノメナの後ろの壁と、さらにその先の通路の壁まで掘削し、ビルの外まで穴を穿った。
「だから! 目障りなんだよう!!!!」
ドッグアァァァァァァァァーーーーンンンン!!!!
エキドナの叫び声とともに、ビルの43階から35階までの北半分が吹き飛ぶ!
「ゲホッ、ゲッホ、今のは何だ!ティロール」
「猛虎、スカラー衝撃波だ、しかもデータにないようなワイドレンジのやつのようだ!」
「冗談じゃないぜ!」
もうもうと立ちこめる塵埃が徐々に晴れてきて、猛虎の正面にだれか人の姿が浮かぶ。その後ろは、ビルはすでに半分吹き飛ばされ、向こう側の景色が見える。
「だれだ、フェノメナか!?」
「猛虎さん! 違います。ポジトロン反応! それは!」
「まじかよ!! こんちくしょう!!!」
マリー・ルイーズが指摘するまでもなく、猛虎はそれに殴りかかっていた。
「だめです! 猛虎さん! 逃げてえ!!」
・・・わかってら!! が、 この距離で逃げられるか!!!
「でい!!」
エキドナは猛虎の鉄板をも引き裂く、強靱な爪の一撃を片手で軽々と受け止めた。
「でくのぼうめ」
「グワッ!」
エキドナが軽く指に力を込めるだけで、猛虎の掌が音を立てて砕ける。
・・・なんてパワーだ!!
「オワッ!!」
エキドナは猛虎の腕を後ろに捻りあげる。
「引っ込め! 畜生もどき!!」
ドッ!! ガラガラ!!ガシャーーンン!!
エキドナは猛虎の体を軽々と持ち上げ、床に叩きつけた!
36階の床が抜け、猛虎は下の階まで落ちて、瓦礫に埋まる。
「ヒ~!!! 猛虎さん!!」
脅えるマリー・ルイーズの姿を見つけ、エキドナはにやりと笑いながら近づいた。
作戦指揮車では、電波状態がやっと回復し、ティロールが必死になって状況を把握しようとしている。
「キャプテン! キャプテン・フェノメナ! 大丈夫ですか!?」
モニターにはまだ全員の生存が表示されている。脳波モニターでは猛虎は気絶しているようだ。
「私はなんとか、大丈夫だ。今、ビルの北面の壁にぶら下がっている」
「敵は36階に移動しました。猛虎がやられたようですが、まだ生きています」
「マリー・ルイーズが危ない!!」
「いや! こっちへ、こないでえ~!」
「かわいいお嬢さん、どうして欲しい?」
エキドナはマリー・ルイーズの前に立って彼女を見下ろした。
「風?」
エキドナは、後ろから風の流れが髪を揺らすのを感じ、振り向く。
長いブルーの髪を靡かせて、ジーン・シフォンが崩れかけた床の端に、フワッと舞い降りた。
「風の舞」
ジーンは踊るようなしぐさで、手に持った剣を翻す。その剣は風に舞うシルクのリボンのようにしなやかにするすると伸び、うねりながら刃がエキドナを掠め、サクッと髪を数ミリ削り取った。
「FMソードか、初めて見る」
エキドナが後ろに向き直った瞬間、黒い影が彼女の後を駆け抜け、マリー・ルイーズを連れ去った。
「ウルフィーさん!!」
「マリー・ルイーズ。君はここから待避して」
ヴォルフガングはマリー・ルイーズを非常階段まで連れて来て、パートナーのジーンのもとに急いだ。
「ティロール、現状はどうなってるんだ!?」
「ファイヤーさん、敵は今、36階でボルフガングとジーンとの戦闘に入ったようです。今なら雷風を救出するチャンスです! ルーに行かせてください。あ! それと」
「何だ、ティロール?」
「現状ではBー2煙幕を使用する必要はありませんから」
「だ、そうだ。ルー」
「なんだ! もう、打ち込んじゃったよう」
「え、しょうがありませんね! ルー、煙幕が敵に気づかれないうちに、早く」
「わかった!」
バスッ!
ルーはキュアーズ・ビジネスセンタービルの向かいのビルから、38階の壁面にワイヤーアンカーを打ち込んだ。
「それじゃ、行ってくる」
ルーは滑車も使わずに、するするとワイヤーを渡って、すぐに向こう側に着く。そして、壁面から窓ガラスを蹴破り、中に入った。
「うわー、真っ暗で何も見えないな」
ルーは目視で雷風を探すのを諦め、臭いを頼りに探し始めた。
Bー2煙幕は視界を遮るだけでなく、殆どのセンサー類をも使用できなくすることができる。その代り、嗅覚を妨げることがなく、ルーのようなBHには好都合な代物だ。
「いたいた! 雄馬の匂い」
ルーは床に倒れている雷風を嗅ぎあて、背中に背負う。
「ティロール、大丈夫だ、雷風はちゃんと生きてるよ」
「良かった!」
作戦指揮車の中でティロールとヤンは手を取り合って喜んだ。
「どうした! それでおしまいか?」
ジーンとヴォルフガングを前にして、エキドナは自信ありげに笑みを浮かべている。
・・・なんとか、狙撃ポイントまで誘導しないと。
ビルの北側は、さっきのスカラー衝撃波で吹き飛んで丸見えだが、こちら側には窓がなかったため、スナイパーを配置していない。
シュンッ!! 三角飛びだ!
黒い閃光、それが彼女のあざ名。ヴォルフガングは目にも止まらぬ素早い動きで、エキドナの側面に回りこもうとする。
「こざかしい」
エキドナは完全にヴォルフガングの動きを把握していて、その進行方向にスカラー衝撃波を打ち込んだ。
ドン!!
「ワッ!」
ヴォルフガングは寸でのところで直撃を免れるが、体勢を崩し、床の転がる。
そこに、崩れかけた天井から、黒い煙幕がモクモクと下りてきた。
「Bー2煙幕・・。馬を助けるためか? そんなもの吹き飛ばしてやる」
エキドナはさっきまで雷風が倒れていたあたりの天井に向け、両手をかざした。
「まただ! また磁場の異常、テスラポテンシャル上昇! 今度は南側、ルーと雷風がまだいるぞ!」
「ティロール! 早く! 早く無線で知らせるね!」
「ヤン! それが、やっぱりだめだ! もう運を天に任せるしか・・・」
「ほんとに、こいつ重たいな」
小柄なルーは自分の二倍もありそうな雷風を背中に縛りつけようと、ロープを掛けてる。
「何だ!? なんか、いやな感じ」
ルーは空気の異常な振動を猫のような髭で、感じ取った。
「ウッ! やばいぞ! これってもしかして、さっきと同じやつか!?」
ルーは雷風を縛るのを諦め、左肩に背負うと、右手でワイヤーに飛び付く。
「クソッ! これじゃ前に進めない!」
さらに空気の振動が大きくなる。
「ルー、大丈夫か!?今いくぞ!!」
向こう側のビルの窓からファイヤーが乗り出している。
「だめだ! くるな! またさっきみたいなやつが来るぞ!」
もう、間に合わないかも!?
「アグ」
ルーは雷風を背負ったまま、片手懸垂で体を引き上げ、ワイヤーをしっかりと口に咥えてから、右手をワイヤーから放し、銃を取り出した。
ダンッ!!
ルーは銃弾でワイヤーを切断した。
切断されたワイヤーの端に、振り子の重りのように、しがみついたルーと雷風は、ゆっくり反対側のビルに運ばれる。
ドウガァァァァァァァァーーーーーンンン!!!!!
「ルー!!!!」
中程まで来たところで、スカラー衝撃波の爆発が後ろからルーと雷風を襲った。
「ンン!!!!!」
ズゴーーーン!!!
ルーは意識のない雷風を庇って、身を反転させ、自分の背中から、向かいのビルの壁面に激突した!
「ルー!! しっかり!!」
ファイヤーは脱兎の如く階段を駆け下り、ルーと雷風に一番近い窓を叩き破って、二人を中に引き入れた。
「ルー!ルー! よくやった!」
「た・す・かった・・・」
ルーの右腕とあごには、痛々しい程にワイヤーが食い込んで、肉が見えている。
「ティロール!! 今、雷風を救助した! ルーも重傷だ! すぐ、医療班をよこしてく
れ!!」
「了解!すぐそちらに向かわせる。ちょっとまて! 今の爆発で、キュアーズ・ビジネスセンタービルが!」
「何だって!?」
ファイヤーが窓から向かいのビルを見上げると、キュアーズ・ビジネスセンタービルは、今の爆発で36階から42階くらいまでの南半分も吹き飛び、ビルはてっぺんの第3階層の天井と、被害を免れた中央の僅かな柱だけで支えられていて、ゆらゆらと揺らめき、今にも崩れ落ちそうだ。
「ティロール! こっちに倒れて来るのか!?」
「今、状況をAIに分析させている!」
「こんな状況で、あれが、このビルに倒れかかってきたら、逃げられないぞ!」
「可能性約30%・・・」
「そんなんじゃ、あてにならない! 誰か救助に、アアッ!! だめだ! もう、間に合わない!」
ティロールとファイヤーが話をしている間に、キュアーズ・ビジネスセンタービルはゆっくりと破壊された階から折れ曲がり、倒れ始めた。
「こっちへ来る!!!!」
ファイアーは雷風とルーを抱きかかえるようにして、床に這いつくばった。
ドグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーンンンンンンン!!!!
コロニーの人工の大地を震わせ、巨大なビルは真二つに折れた。
「ハーー!! 助かった!」
キュアーズ・ビジネスセンタービルの上半分は、ちょうど、ファイヤーたちがいるビルの隣のビルに、倒れかかって止まった。




