トランスフォーム
「馬! しっかりするね!」
ヤンは気絶している雷風の横面を、パンパンと平手で叩いた。。
「い! 痛てえな! 何しやがんでえ!!」
「たいしたことないね! 脳震倒なっただけね、心配して損したね」
「ほ~! お前がこの俺さまをか?」
バコン!
「ホゲッ!」
ヤンは雷風の鼻面に拳固を一発お見舞いした。
「そういう意味違うね! ミッションパートナーとしてね! 誤解しないよろし!」
ヤンは少し頬を赤らめ横を向く。
が、その表情が突然、険しく緊張する。
「何だ! どうしたんだ?」
「イン、インが危ないね!」
「どうして、そんなことが分かるんだ? まさか双子のテレパシーとでも言うのか?」
「違うね! ワタシとインは無線の専用特別回線、体に内臓してるよ。今それで、緊急信号受信して、それがプッツリ切れたね」
「それってもしかして・・・、インがやられちまったってことか!?」
「まだ、生命反応のマーカーは出ているね。とにかく急ぐね!」
ヤンと雷風はインの生命反応マーカーを頼りに、インの入っていった廃ビルまでたどり着いた。
「どうやらこのビルの3階、右から3番目の部屋らしいね」
「一気に突入するか?」
「ワタシはドアから飛び込むね。馬、あなたは隣の部屋から、ベランダ伝いに窓から入るね」
「分かったぜ、でも、もしやつが戦闘形態に変化してたらどうするんだ?」
「その時は、ワタシ最後の手段を使うね。その間に馬はヤン担いで逃げるよろし」
「最後の手段って何だ!? お前はその後どうするんだよ!?」
「ワタシのことは心配ない、大丈夫、大丈夫」
ヤンは少し顔を引きつらせ、笑っている。
・・・ヤンのやつ、自分を身代わりに、俺とインを逃がすつもりか。
雷風でも、ヤンの決心の程は痛いほど良く分かる。
「よっしゃ! じゃあ行くぞ!!」
雷風とヤンは一気にビルの階段を駆け登った。
インがいるはずの部屋の前まで来て、二人は立ち止まる。そして二人は黙ってうなづき、雷風は隣の部屋に入って行く。
「動くな!!」
ヤンは拳銃を構えて、部屋に飛び込む。
「またお前たちか・・・」
ヤンの正面には、さっき彼女たちが追いかけていた、包帯で全身を覆った女ではなく、白い絹のシミーズを身につけた別の女性が立っている。床に目をやると、あの包帯の女が倒れている。インは見当たらない。
「これはいったい、どういうことね!?」
「フフフ、まだ、気がつかないの、オバカさんたちね。
その床に倒れているのは、私が数時間前まで入っていたボディーだ。
人工知能が動かして、お前たちの注意をそらしてくれたのさ。
その間に私のこの新しい体、スペクターのボディーのエネルギーチャージが終わった」
「クウ~! そういうしかけだったね。まんまと騙されてしまったよ」
スペクターのボディーに入ったエキドナは、ヤンが銃を向けているにもかかわらず、ゆっくりヤンに向かって歩く。
「止まれ、言ったはずね!! お前まだ、戦闘形態にはなっていないはずね。私でも倒せるよ!!」
「そうかしらね。でも、あなたの片割れはあっけなかったわよ」
ヤンは一歩後ずさりしたところで、天井から彼女の肩の上に、何か暖かい液体が垂れてかかる。
「血!?」
ヤンは上を向いた。
「イン!!!」
天井にはインが自分の八節棍で串刺しにされ、コンクリートに張り付けになっていた。
「このぅぅぅぅぅーーー!!!!!」
ダンダンダンダンダンダン!!!
ヤンを銃弾を切れめ無くエキドナに打ち込んだ
「ハッハッハ!! これくらいなら、戦闘形態でなくとも、効かないわ!!」
エキドナはヤンの放った銃弾を、すべて両手で、触れもせずに弾く。
「スカラー波!?」
「そのとおり。お前にはこれから、いいものを見せてやろう。このスペクター(悪霊)のボディーの真実の姿を!」
エキドナは白い絹のシミーズを脱ぎ捨て、一糸纏わぬ姿となった。
人工とはいえ、輝くような白い肌。完全に均整の取れたプロポーション。そして黒い瞳。
・・・美しい。
ヤンは底知れぬ恐怖と同時に、スペクターのボディーにこの世の物とは思えぬ美しさを感じた。
エキドナのその白い肌に漆黒の電子回路のような模様が、浮かび始め、体を走る。背中の皮膚が盛り上がり、なにかが背中を突き破って生えようとしている。
・・・もうこうなったら、あの手しかない。
ヤンは覚悟した。
「させるかよ!!!」
そこに、窓から雷風が飛び込んできた。
「アチャー! まだ早いね!」
雷風は変身途中のエキドナに後ろから組み付く。
「うぬっ! 貴様! いたのか!?」
雷風のパワーはBHの中では大した方だが、スペクターのボディーに勝るはずがない。にもかかわらず、エキドナは慌てた様子だ。
「どうだ! もう放さないぜ! ヤン! インを連れて早く逃げな! ここは俺さまがなんとかするぜ!」
「放せ! この家畜もどきめ!」
ドゴッ!!
エキドナは後ろから雷風に組みつかれたまま、壁に体当たりをして、振りほどこうとする。
「クッ! まだ平気だぜ! どうやらこいつ、変身の途中がもっとも機能が低下するみたいだぜ」
「そういうことね!」
「おのれ! だが、それもじきにおわる!背中のロッドさえ生えれば」
メリメリとエキドナの背中がさらに盛り上がり、雷風はそれを後ろから必死に押さえつける。
「イン! しっかりするね!」
その隙にヤンは天井に張付になっているインを下ろした。
「雷風! 今、加勢するね!」
「ウグア! だめだ! そんな余裕無いぜ! 早く逃げろ!」
スペクターのボディーの背中から生え始めたロッドが、雷風の両肩の肉を突き破り始めている。
「ダメ! 雷風! いいかっこする、ほんとによくないね!」
ヤンは半べそで、雷風に叫んだ。
「へっ! これが! 俺さまのやり方でい! デェーイイイ!!!!!」
雷風はエキドナを抱えたまま、窓から飛び出した。
「雷風!!!!」
ヤンはインをその場に置いて窓辺に走った。
「いない!」
3階の窓から地上を見下ろしても、そこには雷風もエキドナの姿もない。
「グワァァァァァーーーーー!!!」
「上!?」
上空から、雷風の悲鳴とともに、血の雨がヤンの顔に降り注ぐ。
「雷風!!!!」
空に浮かぶエキドナの背後に負ぶさるようにして、雷風がその背中から生えた二本のロッドに両肩を貫かれ、ぶら下がっている。
二本のロッドは2メートルほどの長さに伸び、その先がくの字に曲がり、薄い陽炎のように揺らめくフィールドの翼になってゆっくりと羽ばたいている。
「これが! これが、スペクターのボディーの真の姿・・・」
それはあまりに、美しくもおぞましい。天国と地獄を合わせて混沌にしたような。
ヤンは目眩をもよおして、立ちすくんだ。
エキドナは静かにヤンの目の前まで下りてくる。
・・・ワタシ、これで、終わりね。
「どうした・・・ そんなにこの体が美しいか?」
「さあ! さっさとやるね」
「ああ、どんな最後がお望み・・・ア?何!?・・・」
エキドナはそう言いかけて、急に宙を見つめ、口を無意味にぱくぱくしはじめる。
・・・こいつ、脳のカプセルアタッチメント入れ替える時、何か接続
ミスって、脳に障害でたか?
「私は、私はずっとここにいる。姉さん! どうして私を・・・」
「あなた一体何言ってるか?」
「そんなことは・・。うっ! どうなっているんだ! 私は!」
エキドナは混乱して自分でも何を言っているのか、分からない様子だ。
「ハア、ハア、ハア、心が苦しい。なぜだ!」
エキドナは自分の頭を抱え苦悶の表情を浮かべる。
「もういい! ハア、ハア、ヤン! お前らは、見逃してやる。この馬は私があずかる。人質だ、だが! 必ず! 必ず、私のところへ、フェノメナを連れてこい! いいな!」
「わかた・・・」
その異常な言動に戸惑うヤンを後にして、エキドナは雷風を連れ、人工の夜明けの光がさしはじめた薄紫色の空に消えた。




