悪霊(スペクター)の義体(ボディ)
深夜のウェル2の高級墓地に、一台のワゴン車が横付けされた。
スペースコロニーで土地は貴重だ。土葬できる者は一部の裕福な者に限られる。特にこのレークサイト墓地は、美しい人工湖を見渡せる丘陵に、死者は冷凍保存のためのカプセルに葬られている高級墓地だ。
「レイピヤ・カサンドラ。SSC362~SSC386。ここか・・・」
レイピヤの墓の前には、赤いバラが二束手向けてある。
エキドナはそれを無造作に投げ棄てた。そして墓を開放し、死者の姿を拝むためのコードを入力する。
しばらくして、墓のプレートが二つに割れ、冷凍カプセルが迫り出して来た。
「ハッハッハ、これが、悪名高いスペクター(悪霊)のボディー。これさえあれば、ハウザーさまのかたきは・・・。タワーズのやつら、そしてシャドウめ、思い知らせてやる!」
白絹の死装束に身を包んだ、美しい女性の骸を見ながら、エキドナは邪悪な笑みを浮かべた。
タワアーズの本部ビルを見渡せる、見晴らしのいいバーのラウンジで深夜、フェノメナは一人コニャックの入ったグラスを傾け、夜景をぼんやり眺めながら物思いにふけっている。
「やっぱりここにいたのね」
フェノメナの隣に、席を一つ開けてノーマが座った。
「よくここが分かったわね」
「この時間、タワーズの近くで開いてるのはここぐらいよ」
「ノーマ、ありがとう・・・。私より先に、レイピアのにバラを供えてくれたのはあなたでしょう?」
「はは、まあね。カイヤンのじいさんの葬式で、次の日たまたま、レイピヤの命日だって気がついたものだからね」
ノーマは少し照れ笑いをする。
「毎年あなたも、私の後を見計らって、墓参に来てくれていたこと、私は知ってたわよ。今回は偶然私が遅くなって、順番が前後したようね」
「いやー、ばれてた」
「ノーマ、このあいだは、力になれなくて、ごめんなさいね、もう少しであなたも危ないとこだったそうね」
「ああ、あれね。もういいわよそんなこと。おかげで、公傷扱いで全身のオーバーホールもできたし、気にしてないわよ」
「こうやって、二人でいると昔を思い出すわね。若かったあのころ・・・」
ノーマがフェノメナとさしで語り合うのは何年ぶりのことか。
ノーマとフェノメナ、そしてその妹のレイピヤ、この三人は無二の戦友だった。
レイピヤが死に、それぞれが別々の道をあゆむこととなった。
二人がマーセナリーギルド・タワーズに所属することになったのは、全くの偶然とも言える。
「そういえば、フェン、あんたも結構ふけたわね。部分的にいじくってたんじゃ、もう埒が開かない年でしょう? この際あたしみたいに、フルサイボーグ化すれば」
「お互い年の話はやめましょう。空しいだけよ・・・ン?」
フェノメナはノーマとの会話を中断し、上着の内ポケットをまさぐる。
「どうしたの? フェン」
「呼び出しみたい・・・」
フェノメナは、取り出した携帯端末のバイブレーターを止めて、回線を開く。
「鐘馗大人、すみません、私の代りにこんな遅くまで」
フェノメナはホログラフの映像に頭を下げた。
「そんなことは、いいある。それよりも大変ね!ウェル2のレークサイト墓地から、あんたの妹の遺体が盗まれたいう連絡あったね」
「・・・・・!!!」
フェノメナは無言のまま、携帯端末を落とし、茫然としている。
「だいじょうぶ!? フェン!」
ノーマはフェノメナの両肩に手を掛けて彼女をゆすった。
「こんなことになるなんて!」
フェノメナはかなり動揺した様子で、再び椅子に腰を下ろした。
「遺体を盗むなんて、生体パーツ目当てか、それとも変質者かしら? どちらにせよ、見当外れの泥棒さんね。確か、レイピヤの遺体は脳以外はイミテーションのお人形でしょ」
「違うのよノーマ・・・」
「違うって? 違うってまさか!?」
「そう、あそこにあったのは、レイピヤが最後に使っていたサイバーボディー。あのおぞましい」
「スペクター(悪霊)のボディー!!? まじでそうなの!? あれは処分したんじゃ・・・」
「私には処分できなかった。あんな死に方をした妹を私は、あのボディーはそれまで使った人間の死霊が、その怨念と一緒に封じこまれている」
「それは迷信よ! あなたは、レイピヤをいつまでも側においておきたかっただけだわ! 死んでしまった後まで!」
「そうよ、全部私のせいよ!! あの子が死んだのも、だから、だからあのままにしておきたかった。もう、だから!!・・・」
あのフェノメナが泣いた。レイピヤが死んだ時ですら涙を見せなかったフェノメナが。
「しっかりして! フェン! もう、もうあなたは自分を責めることはやめなさい! 自分で自分に復讐するなんて、馬鹿げているわ! そんなことって・・・」
ノーマはフェノメナをきつく抱きしめる。
フェノメナはやっと落ち着きを取り戻したようだ。
「ごめんね、ノーマ」
「何言ってるの、友達でしょうが。鉄面皮のあんたの、こんな様子拝めただけで、いいわよ」
「アイヤー・・。女の友情もなかなかいいものあるね」
床に落ちていた、携帯端末から鐘馗の甲高い声が聞こえる。
「こら! 鐘馗のオッサン! 聴いてたでしょう?」
「ノーマ、悪かった、悪かった。つい集音率上げて聴いてしまったね」
「プライベートな部分は秘密よ! それと、これからの手配、すぐにお願いね」
「分かったある!緊急招集かけるね。もちろん、タワーズのうるさい連中には知らせないあるよ」
ピッピピピ! ピッピピピ! ピッピピピ・・・
「アー、うるせいな! こんな真夜中に何だっていうんだ。呼び出し音切ってから寝りゃよかったぜ」
雷風は宿をとったビジネスホテルの一室で、深夜に携帯端末のコールで目を覚ました。
「たくよう! ン? 暗号通信、コード129で解読。面倒くせえ! タワーズからかよ。俺は休暇中なんだぜ、これ以上仕事増やされてたまるかよ!」
雷風は自分の軽率さ故、アースユニオンの破壊工作員の女戦闘サイボーグ、エキドナを逃がしてしまった。その代償として、インとヤンにいやおうなしにその捜索に駆り出され、こき使われてくたくたの状態。
「セーブしといて、明日見ることにするか・・」
ピンポーン
「だれだよ! 今度は。こんな夜中に」
雷風は眠そうに目をこすりながら、インターホンに出た。
「馬、 起きてるか? ワタシね ヤンね」
「ああ、ちゃんと、モニターに映ってるよ。俺さまのところに、こんな夜中に夜這いにきたか?」
「何馬鹿なこというね!! ぶちのめされたいか!?」
「だからよ、言ったろう。俺は馬鹿じゃなくて馬だって」
「この!! もう、ふざけるにもほどがあるね!!」
ヤンは部屋のドアを蹴り破ろうとするが、インに後ろから止められる。
「アイヤー! 姉さん! 落ち着くね。他のお客に迷惑なるね」
「でー、要件はなんだ!?」
「今、タワーズから、緊急通信受けたか?」
「ああ、受けた、でも暗号通信なんで面倒くせえから、セーブしてそのままだ」
「ハア~・・・。どうせそんなことだろうと思ったね。とにかくここ開けるよろし」
「開けりゃいいんだろ、開けりゃ」
インとヤンは雷風の部屋に入る。
「大変なことになったよ! ワタシたちの捜している女、スペクターのボディー手に入れたらしいね」
「何だ、何だ、言ってることの意味がわからねえぞ!?そのスペクターってのは何だ?」
「もう、しょがないね、スペクター(悪霊)のボディーは強力な戦闘用サイバーボディーね。
恐らく単体では最強の部類ね。
今までその使用者が悉く悲惨な死に方をしている、呪われたボディー言われてるね」
「何でそんな物が、このウェル2にあるんだよ? ここには軍事施設はないぜ」
「それが、言いにくいけど、その最後の使用者がうちのキャプテンの妹だったらしいね。それで、死んだ妹と一緒にレークサイト墓地に埋葬してあったのが、盗まれたらしいね」
「そんな物、墓地に黙って埋めとくなんて、どうかしてるぜ!」
「こら! 馬! うちのキャプテンの悪口言うのだめね! 馬、それより、あの女と寝た時、何か心当たることないか?」
「心当たりねえ。そう言えば、あの女は最高だったぜ!」
「そんなことじゃないね! 真面目に思い出すね!」
「ウ、そう言えば・・・」
雷風の表情が急に不安げになる。
「あー! お前、何か色仕掛けで、機密事項あの女に教えたね!?」
「いや! それほどのことじゃ・・・」
「こら!!はっきり言うよろし!!」
ヤンは雷風の首につかみかかる。
「言うから放せよ! そういや、タワーズの個人情報閲覧のパスコード教えてくれってな、彼女言ったもんで」
「それで、教えたか?」
「ああ、でもよ、俺が許可なしに閲覧出来る範囲だぜ、機密度レベル1だからな、どうってことないどろう?」
「どうってことあるね!! それであの女、キャプテンの妹の墓のこと知ったね」
「何だって! そんなとこに、スペクターのボディーことまで記録されてたのかよ!?」
「それはないね、ただ、あの女そのことを前もって知ってて、墓の場所だけ捜してたらしいね」
「そんな! それじゃ、みんな俺のせいみたいじゃねえか!」
「そうね! 馬、お前が馬鹿なこと、これで証明されたようなものね。あの女がタワーズのデータベースに雷風の名でアクセスしたことは、もう記録に残ってるはずね」
「アー!! こんなこと、鐘馗のおやじにばれたらただじゃ済まない。どうしたらいいんだよう!!」
「とにかく、名誉挽回ね、ワタシたちで、なんとかあの女がスペクターのボディーに入る前に捕まえるね。あれが盗まれてから、まだ推定3時間くらいね。急げば間に合うね」
「もし間に合わなかったら?」
「これから、ゴールデン・スピアとイーフリートと鉄龍の傭兵、狙撃部隊編成してこっちくるよ。最悪の事態に備えてね。それまでになんとかするね」
「姉さん、今、ウェル2のもぐりのサイバネドック、裏情報網で調べたね。これから、かたっぱしからあたるしかないね」
「全部で8軒か、こんな真夜中に」
「もう叩き起こすしかないね! とにかく手分けして急ぐよろし!」
「ここでもなかったね。次のサイバネドック探すね」
ヤンはスクーターに飛び乗って、隣の地区のもぐりのサイバネドックに急ぐ。
ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ!
「こちらインね。姉さん、大変ある! AF-124地区で火災が発生したね」
「そこは、馬の担当のポイントね! 馬と連絡は!?」
「今、三極通信で繋ぐね」
「馬! 馬! 聞いてるか?」
騒がしいサイレンと喧騒をバックに雷風が、応答する。
「ああ! 雷風だ! すまねえ。今連絡するとこだった。
今こっちは無許可の液体酸素タンクが爆発したって大騒ぎだ。
目的のもぐりのサイバネドックの一つはその真っ只中らしい。
消防車も出動して大騒ぎだぜ」
「なんとか、目的のサイバネドックにたどりつけないか?」
「なんとか、やってみる、おめえらもすぐ来てくれ」
「了解したね!」
居住区と商業地区が繁雑に入り乱れる、狭い路地をぬけて、ヤンはAF-124地区にスクーターで到着した。
「ああ、お嬢さん! ここからは危険だ! 立ち入り禁止だよ」
「ワタシこういう物ね!」
避難誘導の警官に呼び止められ、ヤンは自分のIDと特別捜査許可証を彼の目の前に突き出す。
「これは、失礼しました。そう言えばさっき、馬のBHが私等の制止を振り切って危険区域に入っていきましたよ」
・・・雷風ね。怪我しないといいあるね。
「姉さん! 遅れてすまないね!」
そこに、インが猛スピードで駆け込んできた。
「戦闘用義体の最高速度で来たね。イン、これから中に入るよ」
インとヤンは炎の燃え盛る危険区域に入って行く。
少し行って、炎の向こうから、雷風が飛び出して来た。
「アチッチッチ!!」
「馬、どうだった?」
「おお! インとヤンかよ。これ以上先はだめだ! 耐火服か、戦闘スーツ着てなきゃ焼け死んじまう。モグリのサイバネドックがあるあたりが、火災の中心らしいぜ」
「だいじょうぶね! ワタシ戦闘用義体なら、600度で30分は動けるね」
「すまないけれど、イン頼むね。何でもいいから情報仕入れてくるね」
「任せるね!」
インは真っ赤な炎を難ともせず、火勢の激しい方に走って行く。
しばらくして、インが炎の中から戻って来た。
「おう!無事でなによりだぜ。そんでもってどうだった?」
「爆発と火災の出火原因は、例のサイバネドックだったね。
無許可で設置していた地下の酸素タンクが爆発して、周辺の建物は燃える瓦礫の山で、手におえない状態ね」
「何か、あいつの痕跡とか、生存者はどうね?」
「両方とも絶望的状態ね。とにかくこれは、事故じゃなくて、人為的な証拠の隠滅としか思えないね」
「これが事故違うなら、もう、やつはスペクターのボディーに入って、逃走した後いうことになるね。
でも、念のため、残りのサイバネドック捜索するか・・・」
「姉さん、それはもう時間の無駄ね。とりあえずタワーズに状況連絡して、キャプテンに指示仰ぐね」




