カフェテリアにて
時間はほんの少しだけ遡る。
タワーズには、基地内やオフィスに直接雇用されている人間だけでも5000人はいる。12時から3時までの間交代で、昼休みはちょうど一時間、いつも基地内にある食堂や売店が賑わう。
「もうお昼か」
マーフィーは作業の手を休めた。
「マーフィー、元気にしてたー!」
マーフィーは、後ろから急に声を掛けられ、振り向く。
「ノーマさん! こんなところまで」
「今日はあたし一人で退屈だから、マーフィーと一緒にお昼ご飯食べようと思って、わざわざ来てあげたのよー。
喜びなさい、あたしが外のおいしいお店に連れてってあげるわよ」
「それは嬉しいんですけれど、遠慮します。
昼食は早めに切り上げて、作業の続きをやりたいんで、コンビニで何か買って食べるつもりなんで」
マーフィーはノーマを見上げながら、、申し訳なさそうな顔をして頭を掻いた
「何、言ってるのよー。そんなに初日から働いてどうすんのよ。あたしのおごりだから、心配しないでついて来なさいよー」
「でも・・・外まで行っていたら、食事の時間があまり取れないんじゃないかと・・・」
「分かったわよー。それならタワーズの中のカフェテリアで食べましょう。あそこは最近、結構品数が増えたし。そこなら時間は平気でしょう?」
「ええ、でも・・・」
マーフィーはフィヨリーナをチラッと見た。
「勿論、フィヨも一緒に連れてくわよ、だから行きましょう」
「ノーマさん、私は昼食は自分で用意して来ていますから。行く必要はありません」
「お弁当持って来てるの? あんたが。へー。以外なとこあるわねー。どんな可愛らしいお弁当作ってきたのか、見せて」
ノーマは目ざとく、ベンチに置いてあったフィヨリーナのカバンを見つけ、中を開けた。
「これね、L・F。イニシャルが入ってるから分かるわ」
「ノーマさん! ちょっと、それは良くないんじゃないですか?」
「別にいいじゃない、女どーしなんだから。ねー、フィヨ」
「私は構いませんけれど」
「どれどれ、んーー?? 何よこれー。あんた、こんな物普段食べてんのー!」
ノーマがフィヨリーナのカバンから取り出したのは、戦闘時用携帯食料だった。
「これが、あんたのお昼!? こんな物、今時戦闘時でも食べているやつは珍しいわよ。どういう食生活してるのかしらね、この子は?」
「キャプテンがここのメーカーの物が一番いいと、言ったので、100食分購入しました」
「シャドウがあんたにこんな物食えって? それで毎日こんな物ばっかり食べているわけ?」
ノーマは呆れた顔をして、フィヨリーナを見た。
「命令されたわけでは、ありません」
フィヨリーナはノーマに何を言われようと、相変わらず、いつもの調子を変えない。
「ダメダメダメ! こんな物、捨てなさい」
ノーマはフィヨリーナのカバンの中にあった、携帯食料を全部ごみ箱に投げ込んだ。
「ノーマさん、それは少しやりすぎじゃ・・・」
「いいから、マーフィーは黙っていなさい! いいこと、フィヨ! あんたねー、いい若い娘がこんなものばっかり食べてたんじゃ、どうにかなっちゃうわよ」
「ノーマさん、これで、一日の消費カロリーに見合った栄養を十分補給できると、説明が書いてあります」
「フウー、あたしはね、そういう意味で言ったんじゃないの!」
ノーマはやれやれと頭を抱えた。
「どういう意味でしょうか?」
「もう、どうでもよろしい! とにかく、あなたはあたしたちと一緒に、お昼を食べに行きなさい、これは命令よ!」
「はい・・・」
ノーマに返事をした後、フィヨリーナはゴミ箱の前に立って、捨てられた自分の携帯食料を見下ろしている。
その様子を見てマーフィーは眉間に皺を寄せた。
・・・ノーマさんも強引だなあ。フィヨリーナさんが、なんだか可哀想だ。
「もー、そんな情けないまね、やめなさい! 行くわよ」
ノーマはフィヨリーナの腕を引っ張った。
タワーズビルの地下二階に、収容人員が300名もある大きなカフェテリアがある。
ここは最近メニューが増え、味も良くなったとのまずまずの評判で、利用する人も多い。
「ちょうど、一番混雑している時間帯のようね。でも問題ないわ」
ノーマたちスペシャルクラスの傭兵にもなれば、ここをあまり利用しないが、ノーマを知らない人間はタワーズ内には、まずいない。
マーフィーとフィヨリーナ連れたノーマの周囲から、潮が引くように、さぁーっと人がいなくなった。
やっぱり、僕は大変な人と懇意になってしまったんだなあ・・・。
マーフィーは思わず苦笑した。
「さあ、並びましょう」
三人がフードトレイを持って、一番人気のあるイタリア料理のコーナーの列に並ぶと、触らぬ神に祟り無し、と言ったところか、その前に並んでいた人たちは、なんだかバツの悪そうな顔をして、他のコーナーに移動する。
そんなことは何も気にせず、ノーマは自分のトレイに次々と、料理を乗せていく。
「あたしはサイボーグで、体がいくら食べても太らないようになっているから、こういう時は本当に得をした気分になるわー」
他の人を無理矢理押しのけたようで、気が引けるが、マーフィーも自分のトレイに料理を取る。
何気なく横を向くと、フィヨリーナはトレイを持ったまま、じっと沢山の料理を見つめ、手を出さずにいた。
「フィヨリーナさん、どうしたんです」
「私はこういう物をあまり食べたことがなくて、どれを取っていいのか、よく分からないんです」
マーフィーはフィヨリーナが不安げな表情をしているのが、不思議に思えたが、少し気の毒な気がして、料理を見繕ってやることにした。
「フィヨリーナさん、僕がおいしそうな物を選んであげるよ」
「ありがとうございます。マーフィーさん」
マーフィーはこの時初めて、フィヨリーナが少し微笑んだような気がした。
「マーフィー、フィヨ、ぐずぐずしていないで、もう行くわよ」
「はい、今行きます!」
マーフィーはノーマに急かされて、ほぼ自分と同じ物をフィヨリーナに取ってやった。
「ほら、あそこのホログラフ・ヴュー・ウィンドーの側の席がいいわね」
カフェテリアの大きな窓には、美しい南の島のCGの立体映像が映しだされ、波の音まで流されていて、まるでその場にいるような雰囲気にさせられる。
また例のごとく、ノーマが窓際の長いテーブルに近寄ると、そこにいた人たちはいつの間にかいなくなった。長いテーブルの中央に一組だけ、男女が残っている。
「あら、レイとマーガレット。珍しい・・あんたらも来ていたの?」
「これは、これは、そう言うノーマさんこそ珍しい。今日はいったいどういうわけで?」
ノーマはレイモンドとマーガレットの向かいの席に座った。
「それがさー、レイ、今日はこの子たちに、ご馳走してあげようと思ったんだけど、外まで行ったんじゃ時間が無いって言うもんで、ここにしたわけ」
「イヤー、私も本来なら、タワーズの外で食事するするつもりだったんですけれどね。
マーガレット女史が許してくれなくて・・・」
レイモンドはマーガレットを横目で見ながら、造り笑いを浮かべる。
コホン、横のマーガレットが一つ咳払いをして、ノーマを見据えた。
「ノーマさん! あなたは、再来年の年俸まで前借りしているんですから、贅沢をするような経済状態ではないんです、食事はなるべくタワーズの中で取るようにしてください。そうしないなら、年俸の一部をここの食券で支給しますよ」
「うっ! それは勘弁して! お願い、前借りした分はなんとか返すから・・・」
ノーマは情けなさそうな表情で、マーガレットに向かって手を合わせる。
マーガレット・ギブスンはゴールデン・スピア経理の責任者でもある。
若く美貌の持ち主ながら、その実務能力の高さと、毅然とした態度でノーマからでさえ一目置かれている存在だ。
「分かっていただければ結構です」
・・・この前マーフィーのクレジットカードを勝手に使ったことや、他のことまで言われるかと思ったけれど、なんとか話題を変えたいわ。
ノーマは少し引きつったような笑顔で、黙って食事を始める。
・・・ノーマさんにこれだけはっきり物が言えるなんて、この人も大した人だなあ。
マーフィーは感心して、マーガレットを見た。
「ところで、レイ、ロビナはキャプテンと接待って聞いてるんだけれど、彼、よく引き受けたわねえ」
「それそれ、ノーマさん、キャプテンは接待なんかに向いていないと、私が再三に助言をしたんですけれどね。
先方がどうしてもって譲らないもので、キャプテンも渋々引き受けたというわけなんですよ」
「フ~ン、それで、渉外のあなたは行かないの?」
「私も是非、この接待のは行きたかったんですけどね。なにせ、相手の秘書がこれまたものすごい美人で、残念な限りですよ、ほんとに」
横にいたマーガレットの目が、ヒクッと釣り上がった。慌ててレイモンドは口を塞ぐ。
マーフィーは横でノーマたちの会話を聞きながら、料理に手を付けた。
そして何気なくフィヨリーナを見ると、彼女はマーフィーを見ながら、彼とまったく同じ物を口に運ぶ。
マーフィーがラザニアをナイフで切ってそれをフォークで刺すと、まったく同じ動作でフィヨリーナは真似をする。
「君はどうして、僕を見ながら同じ物を?」
「私はこういう物を食べつけなくて、どう食べていいのか分からないんです・・・。私がマーフィーさんの真似をして、マーフィーさんは不愉快になったんですか?」
フィイリーナはそう言ってフォークを下ろした。
「そんなことはないよ。ただ、そんな風に食べていたんじゃ、料理の味も良く分からないと思うよ。ここは高級レストランじゃないんだ、こういう物は、ただ食べやすい大きさにして、そのままフォークやスプーンで食べればいいなだよ」
「分かりました」
・・・16歳にもなる少女に、こんなことを教えるなんて、この子は一体何者なんだろう。この子のこれまでの人生は、こんなことも知ることができないくらい、悲惨なものだったんじゃないのだろうか?。
マーフィーはフィヨリーナの奇異な行動に、驚きや不快感より、なにか哀れみを感じた。
フィヨリーナは前を向き、マーフィーに言われたとおりに料理を口に運んだ。
「・・・・美味しい。本当に美味しいです。マーフィーさん」
フィヨリーナはマーフィーの顔を見て、明るくニッコリと微笑んだ。
初めてだ・・・なんていい笑顔なんだろう。この子の心の底から涌き上がってきたような。
マーフィーもフィヨリーナの顔を見ながら、ニッコリ微笑む。
「あら? マーフィー、フィヨといい雰囲気になってるじゃないのよー」
「エッ、ノーマさんそんなんじゃ・・・」
「ほら、赤くなったじゃない。ロビナの次には今度はフィヨに手を出すわけ」
「ノーマさんやめてください、人聞きの悪い」
マーフィーは周りを気にしながら、ノーマに詰め寄った。
「でも、気の毒ねえ。この子の意中の人はキャプテンのシャドウなのよ、この子はいつも金魚のフンみたいに、暇さえあればシャドウにくっついて歩いてるんだから」
マーフィーは一週間前の出来事を思い出した。
そうだった、この子はキャプテンとは何か特別な関係があるような・・・。
「ウッ!」
フィヨリーナが左手に持ったフォークを急に落した。
「どうしたの!?フィヨ」
フィヨリーナは右手で、左腕を押さえ苦痛に表情を歪めた。
「フィヨリーナさん血が!」
向かいに座っていたマーガレットも驚いて、席を立ちフィヨリーナの左腕に触った。
「大丈夫!?私に見せて。でも、どうして急に?」
フィヨリーナの腕から、真っ赤な血がたらたらと滴り出す。
マーガレットはハンカチを取り出し、フィヨリーナの袖をめくった。
「これは!?何なの・・・。文字?」
フィヨリーナの白い左腕に刃物で切り付けたような傷口が現れ、それが文字になって、さらに増えていく。
「これは、メッセージだわ・・・」
『タワーズに恐るべき敵が侵入した、目的はアーク・バスターかも、マーフィーでマシンをインプリンティングしろ、マシンを守れ。BYシャドウ』
「キャプテンからのメッセージ? でもこんな非道いことをするなんて。信じていいのかしら」
「マーガレット、私が確認してみる」
レイモンドは初めて真剣な表情になって、携帯端末でシャドウにアクセスする。
「だめだ! 特殊回線を使ってみたが、通じない。ウェル2のパニックセンターもだめだ、それはキャプテンのメッセージと断定していいだろう」
「あたしもこんな物を見たのは初めてだわ。まるでブラック・マジックね、悪趣味だわ」
ノーマは血文字から目を背ける。
「キャプテンも本意ではないだろう。とにかく緊急事態だ、センター・コントロール・ルーム(中央管理室)に急ごう」
「レイモンドさん、僕たちはどうすれば?・・」
「マーフィー君、君はフィヨリーナ君をメディカルルームに連れていってあげたまえ。
アサルトマシーンなら大丈夫だ、警備班を向かわせる。
それにいざとなったら、ここには私やノーマもいるイーフリートのキャプテン・フェノメナもいる。安心してくれ」
「そうよ、まかせなさい」
レイモンド、ノーマ、マーガレットの三人は、タワーズ第一ビルの最上階にあるセンター・コントロール・ルームに急いだ。
「さあ、フィヨリーナさん、僕たちはメディカルルームに行こう」
マーフィーが、フィヨリーナの肩に手を掛けた時、カフェテリア内の照明が急に落ちた。
「どうした、停電か?」
「マーフィーさん、違います。これは恐らく侵入した敵の破壊工作によるものです、ここの電源システムが故障等で落ちることは考えられません」
周囲の他の客たちも、ざわざわし始める。
「マーフィーさん、お願いがあります。私と一緒に来てください」
「フィヨリーナ、まさか、あのアサルトマシーンのところに!?」
「そうです」
「でも・・。レイモンドさんたちが、メディカルルームに行けってって・・・」
「私なら平気です。それよりも、もう一機のマシン、アークバスターを守らないと」
「でも、もしそこに敵が攻めてきたら!?・・・」
「私が命に代えても、あなたとアークバスターを守ります。お願いです、私を信じてください」
フィヨリーナはすがる様な目でマーフィーを見つめた。
・・・こんな子まで、あのマシンを守るために命を張るというのか、何のために、キャプテンのためなのか?。
「・・・分かりました。行きましょう」
マーフィーはフィヨリーナの視線に抗しきれずに、うなずいた。




