マーセナリー(傭兵)オフィス
ジュノーはアステロイド自由会議に参加している独立国家だ。人口は約120万で、大小6つほどのコロニーで形成されている。その最大コロニー、ウェル3に隣接して傭兵国家タワーズの本拠が存在している。
タワーズはジュノーの中にあるが、国家として独自の司法行政機関が機能している。
シンガポールのような国と言えばわかりやすい。
マーフィーはシャトルジャック事件の後、無事に保護された。然る後、ウェル3のタワーズ・マーセナリー・オフィス(傭兵事務所)ビルで、ID登録や雇用契約の仮登録を一通り終えて、ゴールデン・スピアのオフィスに最終面接に呼び出されて来ていた。
マーフィー出迎えたのは、マリアやバロンら以外の面識のない男性だ。
彼は年齢は20代後半から30代前半くらい。明るいベージュのソフトスーツに真っ赤なワイシャツ。少し垂れ目ぎみの軽薄なプレイボーイ、という感じもしないでもない。
「どうも、マーフィー・ウォンです」
「やあ、やあ、マーフィー君。遠慮せずソファーに座ってなんか、くれたまえ」
マーフィーは少し緊張ぎみにソファーに腰を下ろす。
「そんなに緊張してると、面接できんじょう! なーんつって」
「え?」
こんな時に相手が駄洒落を言うなんて、マーフィーの頭には、そんな冗談を理解できる余裕はない。
「え?? 今なんておっしゃったんですか? よく聞きとれなかったもので・・」
「えー、ゴホン! いやーもういいよ」
男性は気不味そうに、にやけた。
「プッ!!」
横にいた女性が、その様子を見て笑いをこらえている。
「言い遅れたけれど、私はレイモンド・アルトマン。ゴールデン・スピアのオフィスと渉外の責任者だよ。
隣は事務方のチーフマネージャー マーガレット・ギブスン氏」
レイモンドは机の上に両肘をついて手を組むと、顎をその上に乗せマーフィーの顔をじーと見る。
「君はなかなか、ハンサムだねー。女性にもてるんじゃないか?」
「え? いやーそんなことはないです。世間知らずの田舎ものだと、自分では思ってますから」
「まあいい。女性に関することなら、これから私が君に色々伝授してあげよう。なーに簡単なことだ。それで君の人生大きく広がる」
「ハー・・?」
この人は、こんなことを言って僕を試しているのか?それとも・・・。
マーフィーは、レイモンドの奇妙な言動に戸惑いを隠せない。
「ゴホン! ゴホン!」
横のマーガレットが、わざと大きく咳払いをする。その様子をレイモンドが横目で見ると、いそいそと彼は机の引出から書類袋を取り出した。
「あ、いやー。すまない。すまない。肝心なことを、まだ言ってなかったね。マーフィー・ウォン君。君は本日付けで、ゴールデン・スピアと、雇用契約が成立した。これが必要書類だ。後は君がサインするだけ。何か質問は?」
「え!? それじゃ、もう決まっていたんですか?」
「んー、そうらしいねー。バロンの推薦状が効いたこともあるが、なぜだかキャプテンの強力な後押しがあったと言う噂もある。
本来ならこんなに早くは決まらないんだがねー」
ギュッ!と横のマーガレットが、黙ってレイモンドの腿をつねる。
「ウッ! いやー、今の話しは無かったことにして。頼むよ」
レイモンドは横目で女性秘書を見ながら、自分の腿を摩りながらそう言った。
「他に何か質問は?」
「マリアさんとバロンさんはどうしていますか?」
「そのことね。マリア君は君の為の手続きを色々終えた後、自分から進んで宿舎で謹慎しているよ。バロンについてはミッションの最中としか言えないな」
「マリアさんはどうなるんでしょう。やはり独断専行ということで罰を受けるんでしょうか?」
「それに関しては、まったく分からない。査問会にかけるかも決まってない。
ただ、彼女みたいな美人が罰を受けるなんて、私も役員のはしくれだが、絶対反対だよ」
・・・この人は、物事の判断原理が普通の人と違うけど。本当に大丈夫なのか。
「マッ、そういうことで、後はこのマーガレット氏が、細かいことを教えてくれるから。私は色々と忙しいんで・・・」
レイモンドは腕時計をチラッと見ると、イスから立ち上がった。
「ちょっと、待ちなさい!」
横のマーガレットが、立とうとするレイモンドの袖をつかんで放さない。
「待てって、マーガレット君、私は約束があるんだよー。放してくれないかなー」
「約束って?・・どうせ、その約束もこれから作るんでしょ。
街で女性をおっかけている暇があるなら、たまった仕事がたくさんありますから、そっちから片付けてほしいですわ
」
「女性をおっかけるなんて、マーフィー君の前で恥ずかしいな。誤解されてしまうじゃないか」
「誤解もへったくれもありません! 今日こそ、たまった雑務やることをやってもらいます。
この後、マーフィーさんのオリエンテーションは、ロビナさんにお願いしましたから、室長にはじっくり付き合ってもらいます!」
「そんな~!!」
レイモンドはげっそりした表情のまま、マーガレットに引きずられて行った。
「そういうことで、ロビナさんお願いしますねー」
「はーい」
マーガレットに呼ばれ,隣の部屋からロビナがヒョコッと顔を出した。
「君、ずっとそこにいたのかー」
「そうよ、待ちくたびれちゃった。もう一人も・・」
「もう一人?」
「ジャーン。マーフィー。元気にしてた?二日、いや、三日ぶりかなー」
「ノーマさんも!」
「さー!! 今日はこれからマリアのとこで、あんたの歓迎会をやろうってことなのよー」
「マーガレットさんが言っていた、オリエンテーションはいいんですか?」
「マーフィー、いいのよそんなのは、明日だってできるじゃない」
「それが、ノーマさんが宴会だ宴会だって聞き分けがないものだから。
で、マリアさんもマーフィーに会いたがってたし。
マリアさんは寮で謹慎中だから、きっと寂しがってる。これから三人で買い出しして、行ってあげましょう」
「そうそう、そーしましょ!」
「行きます!」
何よりマリアに会えることが嬉しくて、マーフィーは快く返事をした。
マーフィーたち三人は、ウェル3の中央ショッピングセンターで食料品を物色している。
「ここは、商品が豊富ですねー」
マーフィーがいたケレス連合のコロニーでは、これほど商品が豊富に揃っている店はない。
「それはそうよ、ここはタワーズの企業城下町みたいなものだから。お金はみんなたくさん持ってるわ」
「でも、よそより物価が少し高いのが困りますねー」
ロビナはニンジンを自動カートに入れながら、価格シールを見てぼやいた。
「ノーマさん、そんなにたくさん買って大丈夫なんですか?」
「マーフィー、平気、平気、ここはちゃんと後でデリバリーしてくれるから、心配いらないわよ」
・・・そういうつもりで、言ったんじゃないんだけどな。
ノーマは四人では食べきれないほどの食品を、次々とカートの放り込んでいる。もうすでに自動カートは三台めだ。
「ノーマさん、もうこれくらいでいいんじゃないですか?」
ロビナもこれは買い過ぎだなと思い、手を止めた。
「何言ってるの、今日はお店で宴会できない分、景気よくやりましょうって言ってたのは、あなたじゃないの」
「これは、景気よくいうより、常識の問題だと思うんだけれど・・・」
「ロビナ、何か言った?」
「いえ、独り言、独り言」
・・・僕もそう思うけど。
マーフィーもノーマの常識のなさはすでに心得ている。
「あら? あの子、あの子かしら?」
ノーマは人ごみの中にだれか、知り合いの顔を見つけたようだ。
「ノーマさん、あの子ってだれ? わたしは気がつかなかったけど」
「あの子って、フィヨよ、フィヨリーナ」
「フィヨリーナさんがこんなところにいるなんて、珍しいですね。それにあの人、まだミッション最中じゃなかったかしら?」
「あの子が帰っているとなると、多分シャドウも帰って来て一緒ね。連絡は受けてなかったけど」
「それで入れ代わりでバロンさんが、向こうに行ったんですか?」
「分からないけど、これはちょっと面白そうね! 女の勘ってやつ」
マーフィーは、ロビナとノーマの会話に入り込めないで困っている。
「ウッシッシ、あたしはちょっと、あの子の後をつけてみるわ。ロビナ、後はお願い」
ノーマは何か嬉しそうにしながら、スカーフをハンドバッグから取り出して、頭にかぶった。
「待ってくださいてば!プライベートなことは・・・」
ノーマはロビナの制止も聞かず、その場からいなくなった。
マーフィーとロビナは買い込んだ物を預けたまま、ノーマを探している。
「もー! ノーマさんたら、勝手に行っちゃうんだから」
携帯端末で呼び出してもノーマはでない。ショッピングセンター内には、彼女はもういないのかもしれない。
「ロビナちゃん、しょうがないよ、もうここから出よう。外を探したほうがいいかもしれない」
マーフィーとロビナは、一度ショピングセンターから出ることにした。
マーフィーとロビナがショッピングセンターのゲート近くにさしかかると、ノーマが柱の陰に隠れるようにして、立っている。
「ノーマさんたら! こんなとこに! 何度も呼び出してたんだからー」
「あ、ロビナとマーフィー、チョット静かにしなさい。今、フィヨがカフェに入るとこなんだから」
マーフィーとロビナが柱の陰から覗くと、ノーマがそっと指差したカフェに、少女が丁度入っていくところだ。
「ノーマさん、こんなまねは良くないですよー、やめましょー」
「いーのよ、ロビナ。あんたも本当は興味があるくせに。あたしたちは向かいのハンバーガースタンドに入りましょう」
ロビナとマーフィーは気が進まないながらも、ノーマに引っ張られて、カフェの真向かいにあるハンバーガースタンドの窓際の席に座った。
ここからでは、反射ガラスに遮られ、大通りを挟んだ向いの店の中は何も見えない
「あ! いるいる。カフェの窓際の席にシャドウとマリアが向かい合って座っているわね。シャドウの隣にフィヨも座ってるわ」
「ノーマさん、わたしたちには何も見えないんですけどー」
「あ、ロビナ、悪かったわね。今、画像処理した映像を出力してあげるわよ。ここからじゃ音声はちょっと無理みたいね、残念」
ノーマは自分のブロンドの髪の中をごそごそと探ると、一本の光ファイバーを引出し、ハンドバッグから取り出した携帯端末に差し込んだ。
「あ、ノーマさん、そんなつもりで言ったんじゃ、ないんです・・・」
ロビナはそうは言いながらも、携帯端末に映しだされた映像に目をやった。
その映像に、つい、マーフィーも良くないこととは知りつつ目がいく。
ノーマの言うとおり、窓際の席にはマリアが座っている。その向かいに黒い長髪のサングラスをかけた人物と、かなり短いショートカットの髪の 15歳くらいの少女が座っている。
・・・この少女の方がフィヨリーナという子なんだろう。でも、フィヨリーナの横の人物があのシャドウなのか? どう見ても、僕と同じくらいの歳にしか見えない。
マーフィーは初めて見るシャドウの容姿にいささか面食らった。
「信じられない。あの人がキリング・シャドウだなんて・・・」
マーフィーが信じられないのも無理はない、キリング・シャドウ。恐らく彼は、この太陽系で最も有名で、かつ恐れられている傭兵だろう。
その名が初めて歴史に登場してから30年にもなるだろうか。噂だけが先行して、その実体は知られていない。
「あ、彼ね。あたしも最初に会った時は驚いたわよ。
あれで、サイボーグでもなければ、バイオ整形手術で歳をごまかしているんでもないんだから。まあ、エイリアンかノスフェラトゥていう噂も、まんざらでないかもね」
「そんな言い方って、キャプテンに失礼ですよぅ」
「まあ、ロビナ、そんなことはどうでもいいから、よく見てなさいよー。ほら、なにやら雲行きが怪しくなってきたから」
マーフィーとロビナがディスプレーを覗くと、声は聞こえないが、どうやら、マリアとシャドウが言い争っているように見える。
「あらら、痴話喧嘩かしらね? セリフが無いのがほんとに残念ね」
ノーマの言うとおり、このシュチュエーションでは、三角関係のもつれからくる、言い争いと、傍目では見て取れるだろう。
「アー・・・。マリアさん泣いてるー」
ロビナは心配そうに、ディスプレーを覗きこむ。
「ヘー、女を泣かせるなんて、シャドウも最低の男ね」
やれやれというポーズでノーマはぼやく
こっそり覗いている自分は、もっと最低かもしれないと、マーフィーは自己嫌悪感がつのる。
だが、今はマリアのことが心配で、映像から目が離せない。
マリアはさらに感情を露にして、シャドウに食って掛かっているようだ。テーブルを両手で激しく叩いている。
・・・マリアさんは気が強そうだとは、感じていたけれど、こんなに激情の持ち主だなんて。
マーフィーはマリアの意外な面を見る思いだ。
「アッ! マリアさん、ジュースを!・・・エッ? フィヨリーナさんかわいそう」
マリアは手に持ったオレンジジュースを、シャドウに投げ付けた。
それをまったくよけようとしないシャドウの前に、フィヨリーナが身を盾にして、自分が代わりにオレンジジュースを頭からかぶった。
「あらー、あの子も奇特なことするわねー。感心したわ」
フィヨリーナはさっきから何があっても、表情をまったく変えない。
びしょ濡れで頭からジュースをしたたらせながら、平然としている。
ついにマリアは、両手で顔を隠しながら席を立った。
「マリアが出てくるわ。あたしたちもここを出ましょう。
今見たことは、全部秘密だからね。分かった?二人とも。
あたしたちはたまたま、ここで偶然出くわしただけ、ということだからね」
「ええ・・」
二人はあまりはっきりしない返事をノーマに返す。
ノーマはロビナとマーフィーに念を押すと、三人はハンバーガースタンドを急いで後にした。
マリアは顔を手で押さえながら、前もよく見ずにこちらに走って来る。
「マリア! 止りなさい。いったいどうしたっていうのよ!」
ノーマは両手を広げてマリアを制止した。
「エッ! ノーマさん、どうしてここに!?」
マリアは立ち止まると、顔から両手を離すが、視線をノーマから逸らし、横を向く。
「マーフィー!?」
「マリアさん・・」
ちょうどマリアが向いた方向に、マーフィーの顔があった。二人の視線がぴたっと重なる。
たちまちマリアの表情が、驚きから、悲しみとも恥じらいともつかない様子に歪んだ。
「お願い、ほっといて!!」
マリアはノーマの制止を振り切って、ダッと駆け出す。
「あらあら。マーフィーがいたのが、ちょっとまずかったかしら。しょうがない。ロビナ、あんたマリアを追いかけなさい」
「えー あたしが行くんですかー!? こんなシュチュエーションじゃ気が引けますよ~」
「黙って行きなさい! あんたは脚は早いんだし、人を慰めたりするのが得意でしょうが」
「わたしはどうせ愛玩タイプですけど、こういう場合はちょっと違う気がするな~」
ロビナは渋々マリアの後を追いかけた。
「シャドウも出て来たわ」
程なく向かいのカフェからシャドウがフィヨリーナ連れて出て来たが、急いでマリアを追いかける風でもない。
マーフィーにはなぜだかその時、チャイニーズレストランでのヨーコとのことが思い出された。胸から熱い物が込み上げてきて、もう、我慢できない。
マーフィーはづけづけとシャドウの前に進み出る。
フィヨリーナはマーフィーの殺気を感じたのか、マーフィーの前にシャドウを庇うように黙って立ち塞がった。
「フィヨ、いいんだ・・・」
シャドウはフィヨリーナを手で横に優しく押しやる。
「僕がマーフィー・ウォンです」
「知っている。僕はシャ」
ドゴッ!!
マーフィーはシャドウが自分の名前を言い終わらぬうちに、シャドウの顔面を思いっきり殴りつけた。
シャドウのサングラスがふっ飛び、後ろにつんのめった
。
ノーマはあまりの出来事に、ポカ~ンと口を開いたまま立っている。
「キャプテン」
すぐさま、フィヨリーナはシャドウの横に連れ添い、心配そうにその顔を覗き込む。
さっきから彼女が表情を変えたのはこれが初めてだ。
「フィヨ大丈夫だよ、心配いらない」
シャドウは、ひびの入ったサングラスを拾って掛けなしおた。
「わざと、殴られたんですか!?」
マーフィーは興奮して、肩で息をしている。
「そうかもしれないな・・・。君の気がすめば、それもいい」
そう言うと、シャドウはフィヨリーナと共にそこから去っていった。
「マーフィー、すごい度胸ね! あのシャドーの顔面をもろにぶん殴ったは、敵も含めて、あたしが知っている限り、あなたが初めてだわ」
「すみません。、せっかくノーマさんやバロンさんに、目をかけてもらっていたのに、これで、ゴールデン・スピアとの契約も無しですね」
「それは、彼を見くびり過ぎね。キャプテンはそんな男ではないわよ。絶対に」
「とにかく今日はもう宿に帰ります。こんなんじゃ、もう宴会の気分じゃありませんから・・・」
「そうね、マリアがあんなんじゃ、しゃーないか。買った物はどうにかしておくから、また後でロビナと遊びにでも行くわ。宿泊先のアドレス教えて」
マーフィーは一人で宿に帰ってきた。フロントでカードキーを受け取ると、なぜか、フロント係に呼び止められた。
「マーフィー・ウォンさん。ビビロワ・ババロフスクという方からこれが届いております」
マーフィーはフロント係から紙袋を受け取って、中身を見た。
「あっ、これは必要書類だ。タワーズで僕のクレジットカードも作ってある」
「それと、お客さま、あのような物をここに配達されては困ります。どうにかしてくださいませんと・・・」
「あのような物って、まさか!?・・・」
マーフィーはいやな予感がして、自分の部屋に急いだ。
「うわ~!!そんな~~!!」
マーフィーは廊下にヘナヘナと座りこんだ。
マーフィーの部屋の前には、さっき買い出しをした生鮮食料品や、酒類、ドリンク、お菓子などが、山のように積み上げられている。
「どうして!? 、買った覚えもないのに、こんな特大のデコレーションケーキと、高価な養殖活オマールエビからキャビアまである~!!?」
・・こんなお金ノーマさんたちが出してくれたのかなー?。
マーフィーは更に悪い予感がして、さっき受け取った自分のクレジットカードを携帯端末にかけて調べてみた。
ゴールデン・スピアからは支度金としてそれなりの額がマーフィーの口座に振り込まれていたが、この場にある食料品全ての代金が引き落とし予定金額から、今月分はすでにマイナスになっている。
「やっぱり・・・。非道いよ~! ノーマさん」




