シャトル・ジャック
20分ほどして、シャトルはスペースポートから発進した。
機内の照明が落され、時間が遅いせいか、乗客のほとんどは、リクライニングを倒し
休んでいる。
少女も座席を倒し、窓側の方を向いて横になっている。
眠っているのだろうか?・・・。
マーフィーはさっきの質問の後から、少女と気不味くなってしまったように思えた。
・・・僕はいつでもそうだ、自分が愚かなばかりに、人をきずつけてしまう。ヨーコの時だって。
マーフィーも座席を倒し、横になって目をつぶった。
マーフィーが少しうつらうつらしかかると、だれかに頬をツンツンと突つかれて、目を開けた。
「君か・・・」
マーフィーの顔の真上、息がかかるほど近くに少女の顔があった。少女の長い髪がマーフィーの顔に掛かって、こそばゆい。
「マーフィー・・・、怒ったの?」
少女は小声で囁いた。
「うううん、怒ってないけど、君にいやなことを、聞いちゃったんじゃないかって、・・・」
「あたしは平気よ。マーフィー、さっきはあたしのほうが、むきになってごめん」
少女はそう言って、マーフィーの頬にキスをした。
「フフッ、これは、おわびのしるし」
少女はニッコリと微笑むと、マーフィーのほうを向いて、また自分の席で横になった。
「マーフィーはジュノーに、何をしに行くの?」
「僕は、働きにジュノーに行くんだ」
「へェー、そうなの。でもまさか、傭兵になりに行くんじゃないよね?」
「違うよ、僕はメカニックとして雇われるんだ」
「ふ~ん。で、どこに?」
「ごめん、これは言っちゃいけないことになってるんだ」
「フ~ン」
少女には大体見当がついた。ジュノーで働くもので、守秘義務があるのはマーセナリー(傭兵)関係の仕事に決まっている。
「マーフィーは正直ね・・・」
「え、どういう意味?」
「ただ、そう思っただけ」
少女はクスッと笑った。
「君は、ジュノーへは何しに?」
「あたしは、あのビビロワさんの経営する、トータル・フィットネス・クラブで福利厚生の仕事をやってるの」
「働いてるんだ、えらいね」
「あたしたちは、アステロイド自由会議の国では自由市民なんだから、働かないと食べていけないのよ」
少女は何も知らないのね。と言うような目でマーフィーを見る。
「・・・・・」
マーフィーはこんなお人形さんみたいな少女から、生活臭のある話しを聞いて、少し意外に感じた。
そうこうしていると、シャトルが制動をかけたらしく、機体がガクンと揺れた。
「何かあったのかな?」
マーフィーは自分の座席からむくっと起き上がった。
機内の照明が明るくなり、乗客等が少し騒がしい。
突然、、乗務員とは違う声で、機内アナウンスが流れる。
「我々はデルタサイド開放同盟だ! このシャトルは、我々が完全に占拠した。抵抗するものは射殺する。命が惜しければ、命令に従って、おとなしくしろ」
「なによ~。うっさいわねー・・・」
前の席で、さっきのビビロワとかいう女性も、目を覚ましたようだ。
「全員! 頭の後ろに手を乗せろ!」
座席のあちこちで、突然、今まで乗客だった男が5人ほど立ち上がって、銃を構えている。
サブマシンガン!? あんな物どうやって持ち込んだんだ?。
マーフィーが驚いていると、犯人たちは、乗客を全員、後ろ半分の座席に移動させ始めた。
「早くしろ!」
マーフィーと少女も後ろの席に移動させられる。
「ファ~~! うるさいわねー! 動けばいいんでしょ!動けば!」
ビビロワとかいう女性は銃の先で突っつかれて、急かされているにも関らず、ふてぶてしく、大きなあくびをして、のんびり動いている。
たいした度胸だな。
マーフィーは感心と言うよりあきれて、その様子を見ていた。
「我々は、これから当局と交渉に入る。全員そのままおとなしく待機していろ。勝手な行動は許さん」
男の声で機内放送が流れると、機内は静かになった。
時折、客席の犯人たちが無線で、コックピットと連絡を取り合っているが、他はたいした動きは無い。
「困ったなぁ。あたしたちどうなるのかしら?」
脅える風も無く、あまり深刻ではないよういな、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたくらいの感じで少女は呟く。
「だいじょうぶ 君はぼくが守ってあげるから、心配しないで」
マーフィーは少女の耳元で囁いた。
「キャア! うれしい! ほんとに!?あたしって、しやわせ」
少女はマーフィーに自分の背中を甘えるように擦り寄せる。
「おい! そこ、うるさいぞ!静かにしろ」
マーフィーと少女は銃を向けられて、黙った。
おもむろに、ビビロワとかいう女性が、勝手に席を立って歩きだした。
「おい! 貴様、そこの女! 勝手にどこへ行くんだ!」
「トイレよー!ほっといてよ! うざったい」
ビビロワは、不快極まりない、というような目つきで、男を睨む。
「だめだ! トイレも一人づつ、我々が付き添う! 分かったな!」
「分かったなって!?あんたが中まで入って来るわけ?」
ビビロワは、汚らわしい物を見るような眼で男を見る。
「ち、違う! トイレの外までだ!あたりまえのことを言わせるな!」
「あっそー! よかった」
ビビロワは銃を突きつけられながら、後ろのトイレのあるコンパートメントに歩いて行く。
「ビビロワさんって人は、すごい人だね」
マーフィーは小声で少女に耳打ちした。
「あの人にとって怖いものは、ネズミ以外はこの世には存在しないわ」
まるであたりまえ、というように少女はマーフィーに答えた。
ビビロワは、トイレに入る前に監視役の男に、凄味の効いた眼で一言。
「入って来たら、死ぬわよ!」
そう言ってトイレのドアを閉めた。
「なにが! 死ぬわよだ!あの女、自分の立場が分かって言っているのか!?」
監視役の男は不愉快そうにトイレのドアを蹴る。
トイレの中ではビビロワがなにやらごそごそと、ハンドバックを探っている。
「恐らく、コックピットにいる乗務員は、パイロットが二人ね・・・」
ビビロワはハンドバッグからライフ・バブル・ジャケットを二つ取り出した。
「これさえあれば、宇宙でも3時間くらいは保つわ」
ビビロワは今度はトイレのドアを調べている。
「ここの、気密性はよし!と、あの男がここを開けても、このコンパートもすぐ自動で遮断されるでしょうから、平気ね」
ビビロワはトイレのドアと反対側の壁に、手をかざした。ここの30センチ外は宇宙空間だ。
「それでは!」
ドーーーン!
シャトルの機内に爆発音が響く。
「何だ!!!」
突然のことに、トイレの前でビビロワを監視していた男は、慌てふためいた。
「ちくしょう! あの女! 中で何をやったんだ!」
トイレは内側から完全にロックされていいて、押しても引いてもびくともしない。
そのうちコックピットのリーダーから無線がはいる。
「今の爆発はなんだ!」
「それが、女がトイレに入った後、急に中で爆発があったみたいで」
「なにをやっているんだ、すぐに調べろ! トイレのドアの右下の床にロックの強制解除の手動レバーがあるはずだ!」
「これか!」
男は床のマットの下にあった赤いレバーを、思いっきり引くと。
「どぁーーーーーーー」
一気にトイレのドアが開くと、男は破れたトイレの壁から、宇宙空間に放りだされた。
「あーあ、バカね。だから開けると死ぬって、言っておいたのに・・」
ビビロワはなんと! アストロスーツ(宇宙服)も着ないで、シャトルの機外に立っている。
「さて、やることをやりましょう!」
ビビロワはゆっくりと無重力の中を、シャトルの機体の上を歩いて、コックピットのある前方に向かった。
先程の爆発があってから、機内の犯人たちの様子が騒がしくなっている。
マーフィーは何気なく、ふと、窓からシャトルの外を見た。
「ん!???」
マーフィーは自分の目に映った物が信じられずに、目をこする。
「人が、シャトルの主翼の人が上を歩いてる・・・・・・・」
星々を散りばめた、漆黒の宇宙空間をバックに、あのビビロワとかいう女性が、輝くブロンドの髪を靡かせながら、シャトルの主翼の上を赤いドレスのままゆっくりと歩いている。
「君、ウサコちゃん。あれ」
マーフィーは違う方を見ていた少女に、そっと声をかけた。
「え、マーフィー。どうしたの?」
少女はマーフィーが指差した方向を見るが、シャトルの窓の外には、もうだれもいなかった。
「おかしいな、さっきはちゃんと見えたのに・・・」
「ちゃんと見えたって、何のこと?」
少女は、なんのことやら理解できずに、首を傾げる。
気のせいだったのか?・・・。
マーフィーはシャトルの外に、もう一度よく目を凝らした。
「 バッ~!」
「ワッ!!!!」
突然! マーフィーの覗いていた窓に、あの女性が顔を出した。
「何だ!どうかしたのか!」
マーフィーの声が大きかったせいで、犯人の一人がこちらに銃を向けた。
慌てて、少女はマーフィーの口を両手で塞いだ。
「アハ、アハ、なんでもありませんよ、この人、時々変な奇声を上げる癖があるんです」
「いきなり、驚かせるな! 静かにしていろ!いいな!」
「はい! もちろん、おおせのままに」
少女は犯人に、思いっきりお愛想笑いを振りまいた
「フ~!」
少女はため息をつくと、小声でマーフィーに耳打ちした。
「マーフィー。大きな声出しちゃだめよ。ビビロワさんが、みんなを助けてくれるって」
少女は窓ガラスの下のあたりを指差す。
見るとそこには、真っ赤なルージュで『コックピットのやつらを倒して、そのまま、スペースポートまでシャトルを操縦する』左右逆さまに、そう書き込んであった。
コックピットでは、機内で爆発が起きて、トイレの壁に穴が開いたことが分かったため、パイロットとシャトルジャック犯共々緊張していた。
「さっきの爆発で、後部コンパートメントの機体の壁に損傷が発生し、空気漏れが起こった」
パイロットが銃を突きつけられたまま、船外モニターで状況を確認している。
「それで、空気漏れはもう大丈夫なのか!」
「後部コンパートメントの隔壁が自動的に閉まったから、もう心配は無いようだ」
「くそー! いったい何が爆発したっていうんだ」
「今は、ここからでは何も分からない」
「もういい!」
シャトル・ジャック犯のリーダーらしい男は、パイロットを床に座らせた。
「ン!なんだこの音は?」
犯人の一人がコックピットの天井で、変な音がすることに気がついた。
コツコツコツ
「おれにも聞こえる、何だかこの上を、だれかが歩いているみたいな音だな」
「ハッハッハッハ! お前ら馬鹿か、これはシャトルに小さなごみがぶつかっている音だ、
アストロスーツ(宇宙服)を着て歩いたって、あんな音がするわけない、パンプスでも履いていれば別だがな!」
「ハッハッハッハッハ! そりゃ、傑作だ!」
ハイジャッカーたちはみな笑いだした。
「ハッハッハッハ・・・はぁ?」
ハイジャッカーたちの笑い声が急に止む。
「おい! あれは!????」
コックピットにいる全員の視線は、フロントガラスに釘付けになった。
「信じられん!・・・・」
そこには美しいブロンドの髪を靡かせ、真っ赤なパンプスを履いた、グラマーガールが、こちらに向かって微笑んでいる。
「すげえー! なんていい女なんだ!」
男たちは、ポカ~ンと口をだらしなく開けたまま、その信じられない光景を眺めている。
ブロンドの女は丁度フロントガラスの中央に立っていて、その脚の間からは、黒いセクシーなスキャンティーが丸見えだ。
「いいぞネエチャン!! もっと、もっと、脚を開け!」
ブロンドの女は更に脚を開くと、自分の体をくねらせ、悩ましげなポーズを取る。
「イヤー! たまらんぜ!」
男たちは気がついていなかったが、ブロンドの女のパンプスの踵が、強化テクタイトのフロントガラスに少しずつ、食い込んでいる。
そのうちピシッとブロンド女の足元に小さな亀裂が走った。
ブロンド女はそれに気がつくと、悩ましいポーズを取るのを止め、右手を振ってバイバイの仕草をしだす。
「なんだ! もう終わりか・・・」
ブロンドの女は最後にニッコリ笑うと、自分の足元に身を屈めて、フロントガラスにパンチを一発打ち込んだ。
パキッ!
フロントガラスに一気に亀裂が広がり、ガラスがパーンと弾け飛ぶ。
「逃げろ!!」
犯人たちは、慌ててコックピットから客室に逃げ出そうとするが、間に合うはずもなく、宇宙空間にあっという間に放りだされた。
「ウワーッッッッッ!!!!!」
ビビロワはコックピットの外に飛び出してくる人間を一人ずつ捕まえて、犯人たちは遠くに放り投げ、二人のパイロットは、用意してきたライフ・バブル・ジャケットを手早く被せ、紐を引く。
ブワッとライフ・バブル・ジャケットは即座に膨らんで、透明な球体になりパイロットたちを包んだ。
「これでよし!」
ビビロワは二人のパイロットをコックピットにそのまま連れ込むと、操縦席に座った。
「コントロールシステムがエマージェンシー(緊急)モードで固定されてしまっているから、スーペスポートまでは、マニュアルで操縦して行くしかないようね」
ビビロワはコントロールシステムをマニュアルに切り替えた。
「あら、通信コールが入って来たようだわ」
コックピットの中は真空状態で、音が伝わらないため、気がつくのが遅れたが、モニターのランプの点滅でビビロワは気がついた。
通信回線を開くと、そこには、どうやらSPPの制服を着た男が映っている。
「これは困ったわね・・・。音声が聞こえないから、なんて言っているのか分からないわ」
SPPは何やら、こちらに指示を出しているようだが、ビビロワにも詳しい内容は、分からない。
彼女はこんなことなら読唇術のアプリを自分の補助電脳にダウンロードしておけばよかったと思ったが、今はそれどころでわない。
彼らがこちらに救出に向かっていることぐらいは、なんとか理解できた。
そのうち、シャトルのレーダーにSPPのパトロール艦が映る。
「もうこんなに近くまで来たの?。シャトル・ジャックがあってからまだ20分くらいしか経過していないのに、やたら手際がいいのね」
SPPのパトロール艦は、間もなくシャトルに接艦した。
シャトルにSPPのパトロール艦が接艦すると、SPPの特殊部隊が搭乗口から一気になだれ込み、機内の犯人たちは何も抵抗せずに降参して、逮捕劇はあっけなく幕を閉じた。




