シャトルにて
シャトル・ジャック
マーフィーは長距離旅客船を降りると、小惑星ジュノーに最も近い大型民間スペースポートで、ジュノー行きのシャトルに乗り換えた。
傭兵国家・タワーズの本拠があるジュノーのスペースポートには、警備上の理由で、通常は民間の大型船は入港できない。
シャトルの座席は搭乗率50%ほどで、比較的に空いている。
発進までの待ち時間が、少し長いためだろう。マーフィーより先に搭乗した旅客たちは、座席に着いて居眠りをしたり、テレビを見たり、思い思いに時間を過ごしている。
マーフィーは中央の通路を歩きながら、自分の座る席を探した。
・・・自由席はここから後ろか。
ふと、見ると、自由席の一番先頭の席で、13歳ぐらいだろうか。一人の少女が通路側の肘掛けにもたれ掛かって、居眠りをしている。
疲れているのだろう。少女は頭に帽子をかぶったまま、スヤスヤと寝息を立てている。
かなり色白そうなその顔は、丈が背中まであるクリーム色のブロンドの髪で隠れていてよく見えない。
・・・ここにするか。
マーフィーはその少女の後ろの席に座った。
マーフィーは自分の座席を倒すと、ぽろっと、前の座席の少女の頭から帽子が落ちた。
「ふっ」
マーフィー微笑みながら、帽子を拾って、ポン、ポン、と叩くと、後ろの席から、少女の頭に乗せてやる。
「さてと」
マーフィーがくつろごうと、座席の背もたれに依りかかると、また、少女の頭から帽子が落ちた。
マーフィーは、もう一度帽子を拾って、今度はもっとしっかりと、少女に帽子を被せてやった。
マーフィーは、やっと落ち着いて自分の座席で寝ようと、目をつぶる。
だがすぐに、マーフィーは少女の帽子のことが気になって、また目を開けた。
案の定、帽子は少女の頭を離れ通路に落ちていた。
「やれやれ・・・」
マーフィーは、今度こそ通路に落ちないようにと、立ち上がって、後ろの座席から少女の膝の上に帽子を置く。
マーフィーは、また自分の座席で目をつぶった。
しかし、今のこのささいな出来事で、マーフィーは眠気がさめてしまったようだ。
しょうがなしに、マーフィーは本でも読もうと、スタンドをつけた。
「んん・・・?」
チラッと前に目がいくと、少女が寝ている席の脇から通路側に、何か白い物が二本飛び出している。
なんだろう。これは?・・・。
それは、白くて四五センチ幅のピラピラした帯状の物体で、先端が少し尖っていて、裏がピンク色をしている。
マーフィーが首を傾げて、その物体を見ていると、それは時折、まるで生き物のようにピクッ、ピクッと動く。
マーフィーは恐る恐るその物体に手を伸ばした。
「アレッ?」
マーフィーがその物体に触れた途端、それはビクンッと、反り返る。
「毛が生えてる?・・・」
その物体の表面には、ビロードのような薄く艶やかな白い毛が覆っていた。しかも、なにやら暖かい。
マーフィーは意を決して、今度はその物体をキュッと手でつかんでみた。
「ヒィヤ~、フフゥェ~~!?」
突然、マーフィーの前で寝ていた少女が、変な声を出して起き上がった。
「イヤ~ン!くすぐったい!」
少女は背もたれ越しに後ろを向くと。マーフィーと少女の目とぴたりと目が合った。
「耳????」
マーフィーの手に持った、白い物は少女の頭から生えていた。
「ご、ごめん! 悪気じゃなかったんだ! なんだろうと思って、つい・・・」
マーフィーは慌てて少女の耳から、手を放す。
少女は寝ぼけ眼を擦りながら、マーフィーの顔をじっと見つめた。
・・・BHか?。
マーフィーはやっと少女が何者か分かったようだ。
バイオヒューマノイド。
それは、高度に発達したこの時代の遺伝子工学が産み出した新たな生命体である。
バイオヒューマノイドは、人間の遺伝子をベースに、それに改造を加え、戦闘用や作業用、愛玩用から性奉仕まで、人間のために造られた奴隷のようなものだ。
バイオヒューマノイドの開発者は、その罪悪感から逃れるためと、バイオヒューマノイドが人間に紛れこまないようにするために、その容貌に様々な獣の特徴を与え、世界全体では、それをバイオヒューマノイド製造の絶対条件と定めた。
つまり人間の遺伝子をもとに作られた獣人それがBHである
マーフィーも知ってはいたが、マーフィーの暮していた地域には、BHはいなかった。実物を見るのはこれが初めてだ。
ウサギ少女は興味ありげにしげしげとマーフィーの顔を見ると、マーフィーの隣の席に移って来た。
「おにいさんは?・・・」
「僕は、マーフィー。マーフィー・ウォンて言うんだ」
「フ~ン。どこからきたの?」
「ケレス連合の辺境。T-623てコロニーから、知らないだろうね」
「うん、知らない」
ウサギ少女はニッコリすると、キョロッとした可愛いまなこで、首を横に傾げた。
その仕草の可愛らしさに、マーフィーも微笑みを返した。
「君の名前は?・・・」
「あたしの名前は、ロビ・・・じゃなかった。えと・・・」
ウサギ少女は自分の名前を一度言いかけて、なにやら戸惑っているようだ。
「ごめん。よけいなことを聞いちゃったかな?」
「うううん、ちがう。そうじゃないの。そうじゃないけど・・・」
ウサギ少女は頬を赤くして、もじもじしている。どうしようか迷っているようだ。
「なんだ、恥ずかしがることはないよ」
マーフィーはウサギ少女がなんだか分からないが、自分に好意を持ってくれていように感じた。
「僕って、そんなにいい男かな?」
「マーフィーはいかにもお上りさん、て、いうような感じだよ」
マーフィーは冗談で言ったつもりが、的を射た答えを返されて、思わずがくっと、脱力してしまった。
「あ~、ありがと・・・」
マーフィーは情けなさそうな顔をして、ウサギ少女の顔を見た。
「ごめん!マーフィー。怒った?」
「怒ってないよ」
「あたしの、名前、教えてあげるね。でも・・・」
「でも、なんだい?」
「絶対!ゼェェェッタイに、聞いて、笑わないって、約束して」
「約束するよ。絶対に笑わないよ」
「じゃあ・・・・」
ウサギ少女は、マーフィーの耳元で小さな声で囁く。
「ウサコ・バーニ~・・・」
「クゥッーー!ップップップッ」
マーフィーはそのあまりにも安直で、ダサいネーミングに思わず、吹き出しそうになってしまった。
「ア~ン! 笑わないって、言ったのに~!」
少女は真っ赤な顔でマーフィーに飛び付いた。
「クックックク!笑って、笑ってないよ!」
マーフィーは辛うじて口をすぼめて、笑いをこらえている。
「アッハッハッハッハ!」
マーフィーたちの斜め前の座席から、女性の大きな笑い声が聞こえて来た。
マーフィーが身を乗り出すと、通路の向かい、三つ前の席の女性がこちらを向いて笑っている。
「あの人は君の御主人なの?」
「ちがう!お友達よ」
「ハ~イ!」
その女性はマーフィーに向かって手をふっている。
年齢は20代半ばくらいで、輝くようなウェーブのかかった、長いブロンドの髪に、露出度の高い赤いドレス、まるで、シネマかグラビアから出て来たような、ナイスなプロポーションをしている。
顔もサングラスをかけていて、はっきりは分からないが、派手な目鼻立ちの美人のようだ。
「いいお友達ができて、よかったわね~、 ウ・サ・コ・ バーニーちゃん!」
その女性はからかうような口調で、少女のフルネームを呼んだ。
「ウ~! 非道いよ~! ノーマ・・じゃなかった。ビビロワ・ババロフスクさん!」
少女は長い耳をピョンと立てて抗議した。
マーフィーはその女性の名前の滑稽な響きに、またまた吹き出しそうになってしまった。
「こら! ロビ、じゃなかった、ウサコ! それは言わない約束でしょ!」
「だって、そっちが、先に言ったからだもん!」
「他人に名前を教えたのは、ウサコのほうが先じゃないのよ!」
「マーフィーは特別だも~ん!」
「あら、それは、嫉けるわね! ウサコ、ウサコ、ウサコ、ウサコ、ウサコ、ウサコ、ウサコゥゥゥゥゥ!っと」
負けずに、少女も言い返すが。
「非道い! い非道いよー!ビビルワ・ババロワ、ビビルフ・ババリフ、・・アレ??」
「ワッハッハッハッハ! ちゃんと、言えないじゃない、勝った! イェーイ」
女性は親指を立てて前に突き出すと、サングラスをずらしながら、マーフィーと少女の顔を見て、ニヤッと笑った。
少女はプゥーッと膨れっ面をして、マーフィーの影に隠れてしまった。
この子はまだしも、ビビロワって人は、大人げないことをやってるな。
マーフィーは、やれやれ、という顔をすると、少女の機嫌を取ることにした。
「ウサ、じゃない・・・、君は名前のことなんか、気にすることはないよ、だってそんなに、可愛いんだから」
「うれしい!!そーでしょ、そーでしょ!」
少女はマーフィーに横の席から抱きつくと、ヒョイと通路側に顔を覗かせ、女性に向かってベーっと舌を出す。
それを見て、女性は『わたしは、もう知りません』というジェスチャーをして、黙って雑誌を開いた。
「ん?」
マーフィーは少女に横からだきつかれ、自分の脇腹に、ムニュっとした塊が押し付けられたのを感じた。
この子、胸があるのか?・・・。
マーフィーは少女の顔をよく見た。
しかし、あどけないその顔と容姿はどう見ても、12か13歳位の少女だ。
少女がタップリしたケープをかけていたため分からなかったが、よく見ると大人の女性なみの胸をしている。
マーフィーは以前どこかで聞いたことを思い出した。
バイオヒューマノイドは、遺伝子操作によって、生まれた時から年齢を固定されている。 彼らは、設定された寿命が尽きるまで、一生、同じ容姿のままらしい。
この子も本当の歳は分からないのか?・・・。
興味はあるが、マーフィーは少女の歳は、聞かずにおくことにした。
「あたし、マーフィーの目が好き、とっても優しい、いい目をしてる。だからマーフィーは絶対にいい人よ。あたしは、こういうことに関しては、一度も間違ったことがないもの」
「いや、そうかなー」
マーフィーは少女の機嫌をとるつもりが、反対に、こんなことを言われて、まんざらでもない。
マーフィーは色々とこの少女に興味が湧いてきた。
「君はどこで生まれたの、君の主人は?・・・」
それを聞くと少女は急に、悲しそうな顔で下を向いた。
「あたしたちBHは人間からは、差別されるか、よくてもそういう好奇の目でしかみられないのね・・・。珍しいペットを見るような」
少女の声の調子が大人びた口調に変った。
「ごめん・・・。そんなつもりじゃ・・・」
マーフィーは自分が余計なことを訊くことで、少女を傷つけてしまったことを後悔した。
「あたしたちバイオヒューマノイドは、感情や心の無い、コンピューターの人工知能や、ロボットの代わりに造られたの。
人間の色々な欲望を充たすためだけにね。
でも、あたしたちには命がある、心もある。
魂ってものもあるかもしれない。
機械や、家畜とは違うのよ」
少女は下を向いたまま座席に深く腰掛けて、脚をぷらぷらさせている。髪の毛に隠れてマーフィーからは表情は分からない。
「僕はきみたちのことは、人から聞きかじった程度のことしか知らない。
僕の周りには、きみたちみたいな人は生まれてこのかた、ずっといなかったんだ・・・」
「ウン!分かっている・・・。マーフィーが悪気や差別のつもりじゃないことぐらい。でも無知だわ。もう少しあたしたちのことも知ってほしい」
「うん・・・」
マーフィーはゆっくりと、うなずいた。




