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星屑の傭兵  作者: 磯野海月
第2章
17/41

マーフィーの旅立ち

マーフィーは一週間ほどで、病院から退院できた。

この時代の医療技術は、サイバーテクノロジーやバイオテクノロジーの発展により、骨折程度なら比較的に早く治癒できる。


マーフィーは今でも、あの時いったい何が起きたのか分からなかった。

あの時、外にあったアサルトマシーンは、エンジンはおろかサブ電源すら入っていない状態で、だれも操縦することなく、勝手に飛び込んで来たのだ。


病院に見舞いに来たマリアに訊いてみても、彼女も自分の常識を越えたまったく不可思議な現象。としか言わなかった。


あの事件から一週間。小惑星コロニー・T-623は普段通りの平静さを取り戻していた。

マーフィーが入院していた病院があるのは、T-623からシャトルで40分ほどの、中規模の都市コロニーだ。


ジャッカルにやられた傷ももう痛まない。

・・・ あんなことがあったなんて、今の自分にとっては夢のようだ。死にそうな目に会ったことも。マリアさんやバロンさんに出会ったことも。


 マーフィーは、まぶしそうに、コロニーのミラーに映った人工太陽を見上げた。

迎えのエレカー(自動運転の電気自動車)が病院の正面に停まる。

バタン!

車のドアが開いて、一人の少女が車から降りてきた。


 マーフィーと同じくらいの歳で、東洋系の顔立ちに、黒い髪をショートカットにした、かわいい子だ。

「マーフィー! ぼけっとしてないで、さっさと荷物をトランクに積み込みなさいよ」

「う、うん。わかったよ。うるさいなー」


マーフィーは自分の荷物をいそいそと、車のトランクに詰め込んだ。


 この少女の名は、ヨーコ・ウォン16歳。この少女もオータムファクトリーのウォン親方に引き取られて育てられた、戦災孤児だ。

二人ともウォン親方の養子になっているから、血は繋がっていないが、兄妹ということになる。


「ヨーコ! たった、一月先に親方のところに来たからって、お姉さんぶるのは、いいかげんに、やめてほしいよ!」


「あなたが、バカなことばっかりやってるから、焼きたくない世話も、焼かなきゃならなくて、こっちだって、迷惑よ!」

ヨーコはツンとそっぽを向いた。


「やれやれ、退院早々喧嘩か・・・。マーフィー、ヨーコ、早く車に乗れ」

ウォン親方が、プッと短く一回クラクションを鳴らすと、マーフィーとヨーコは、車に乗り込んだ。


「親方・・・、色々、迷惑かけてすみません。僕は今日からだって働けます」

「マーフィー、何を言ってるんだ。リハビリだって、やらなきゃならないじゃないか。しばらくゆっくり休め」

「ぼくなら、もうだいじょうぶです。仕事が一番のリハビリだって先生も言ってくれたから」

「はっはっはっ、相変わらず元気なやつだ。マーフィー、今日ぐらいはゆっくりしろ。これはワシの命令だ」

「はい!」

「いい返事だ」


そのうち車は、ホテルやレストランの多い地区に入ってきた。

「親方、こっちはスペースポートと違う方向だけど?」

「いいんだよ!マーフィー。これから三人でおまえの退院のお祝いを、レストランでやろう。ということになっているんだから」


「ぼくのために・・・。親方・・・ありがとう」

マーフィーは、これから親方に告げなければならない話しのことを考えると、複雑な心境だ。


「これもみんな、ヨーコが言い出したことだ。店を選ぶのも、予約も全部

おまえのためにヨーコがやったんだぞ」

「親方!それはマーフィーに言わないって、約束でしょう!」

はにかんだ表情を隠すため、ヨーコは頭の後ろで手を組むと、さりげなく窓から外を眺めるふりをした。


「マーフィー! ヨーコに何か言うことは、ないのか!」

マーフィーは親方に急かされなくても、ヨーコに礼を言いたかったが、さっきのこともあって、どう切り出していいのか、迷っていた。


「ヨーコ・・・」

「なによ!・・・」

「その・・・」


マーフィーは言葉がなかなく見つからなくて、閉口した。


「だから、何が言いたいのよ!」

「ごめん! 心配かけて・・・」

「言いたいことは、それだけ!?・・・」

「だって・・・・・」

「あたしは、マーフィーの、その、はっきりものを言わないところが、大嫌いよ!」

「・・・・・」


マーフィーはヨーコにそう言われると、黙ってしまった。

ヨーコは頬杖をついて、じっと窓の外を見ている。

「フゥー・・・」


ウォン親方は、ルームミラーで二人の様子を覗き、眉を寄せてため息をついた。


やおら、三人を乗せた車は、レストランの駐車場に停まった。

チャイニーズレストランか・・・。ここは初めてだな・・・。

マーフィーたちは、三人だけの外食は久しぶりのことだ。

ウォン親方は中国系の家系で、外食する時は比較的に中華料理を好むことを、マーフィーもヨーコもよく知っている。


店の中に入ると、平日の午後ということもあって、比較的に空いている。

三人は店員に案内されると、予約してあったテーブルに座った。

マーフィーはテーブルの脇においてあったメニューを開く。


「もう、コースで注文してあるから、追加を頼むんだったら、料理が来た後にしたら」

ヨーコの顔をチラッと見ると、マーフィーは気不味そうに、メニューを畳んだ。

「すまないが、わしは先にやってるよ」


 もう、ウォン親方は先に出されたビールに口をつけている。

ほどなく、マーフィーたちのテーブルに料理が運ばれて来た。

「さあ!食べるとしよう」

ウォン親方はマリアとマーフィーの雰囲気を、少しでもなごませようとと、二人の前に料理を皿に取り分けてやっている。

いつものことだが、マーフィーは箸を使って、ぎこちなく料理を口に運ぶ。

それに比べて、ヨーコはウォン親方と同じく、東洋系らしく器用に料理を箸でつまんでいる。

「実は・・・、親方に聞いてもらいたい話しがあるんだ・・・」

マーフィーは食事の手を止めて、ウォン親方に真剣な眼差しを送る。

「ウム・・・」

ウォン親方はうなずくと、なにか悟ったかのように、マーフィーの顔をじっと見つめた。

「ぼくは、ブロナポリスのタワーズに行くことに決めたんだ・・・」


 マーフィーのその言葉の後、少しの間、三人とも何も言わずに、お互いの顔を見つめた。

ヨーコは皿の上に箸を下ろすと、一言。


「反対よ」

「どうしてさ!まだ詳しいことは、何も言ってないじゃないか」

「マーフィーの考えていることは、分かってる。だから反対」

「分かってるって!? まさか、ヨーコ、ぼくあての電子メール読んだんじゃ!?・・・」

「ああ、読んだわよ!! 悪かったわね!!」

「そんなの!非道いじゃないか!!」

「電子メールなんか読まなくたって、大体、検討がつくわよ、あの女の人、 マリアって人のところに、行きたいんでしょう!?」


ヨーコはマリアがマーフィーの見舞い以外にも、一度ブロナポリスに帰って、再びここに来た時も、度々病院でマーフィーに会って話しをしていたことを、知っていた。


「そんなんじゃない!! ぼくは、自分の力を試したくて、もっと、高いレベルの仕事がしたくて・・・」


そう言いかけて、マーフィーは、はっと、自分の言ったことの意味に気がつくと、ウォン親方に視線が行き、言葉を止めた。


「高いレベルの仕事? マーフィーはこんな場末の三流のファクトリーじゃ、もう仕事ををしたくないって言うの!? 10年以上も親方に育ててもらったのに」

「ちがう!!そういうつもりじゃ・・・」


マーフィーはヨーコに向かって身を乗り出した。


「じゃあ!いったい何なのよ!!」


ヨーコはドン!とテーブルを叩いた。周囲の他の客がマーフィーたちのテーブルの方を向く。


「ヨーコ! マーフィー! 少し落ち着け」


ウォン親方は厳しい顔をして、二人のことをたしなめた。


「ヨーコ、マーフィー、そのことなら、わしももう知っている。マーフィーには言ってはいなかったが、わしはマリアさんに会って、事情を聞いているんだ」

「聞いている!?・・・。そんなの、あたしは、ぜんぜん知らなかった」


すうっと、ヨーコの表情が怒った顔から、不安げに変る。

「マーフィーには、プロナポリス行きを許す。今日はそれでマーフィーを励ますつもりだった」

「そんなのって・・・、そんなのって・・・、非道い! 非道いよ!親方」


ヨーコは両手の拳を握ったまま、テーブルの上でガタガタと震わせている。

ヨーコの両頬に涙が走る。


ガタンッ!

ヨーコは急に席から立ち上がり、目頭を押さえながら、店の外は駆け出していった。


「ヨーコ!」

マーフィーはヨーコの後を追いかけるため、席を立とうとすると、

「マーフィー!まつんだ!」

ウォン親方はマーフィーを呼び止めた。


「だって!ヨーコが・・・」

「いいんだ!マーフィー。今はいいんだよ・・・。ヨーコもいつかは分かる時がくる」


あれから一週間。今日はマーフィーがプロナポリスに旅立つ日だ。

T-623のスペースポートのロビーには、ウォン親方がマーフィーを見送りに来ていた。


「今日はめでたい門出の日だ。マーフィー、わしはお前のような息子を持てて本当によか

ったと思っているよ」


ウォン親方はマーフィーの手をギュッと握って、にっこりと微笑む。


「今まで育ててくれて、ありがとう。親方」

涙が出そうになるのをこらえて、マーフィーは親方の掌をさらに強く握り返す。


マーフィーは握った手を離すと、ロビーのあちこちを、探すような目つきで見回した。

「ヨーコのことか?」

「う、・・・うん・・」

マーフィーはあまりはっきりしない返答をする。

「このまま別れたんじゃ、お前にもあいつにも良くないことは、あいつにも分かっているはずなんだがな・・・」


 ウォン親方は表情を曇らせた。

チャニーズレストランで食事をしてから、マーフィーとヨーコは一度も口を聞いていない。

気不味くてお互いの顔を見ることさえ、避けていた。

今、ヨーコがここにいたとしても、マーフィーはいったい何と声をかけていいのか、分からないだろう。

「マーフィー、実は最後に一つだけ、頼みがあるんだが・・・」

「何です、親方?」

ウォン親方は少し恥ずかしそうに、自分の鼻をボリボリとかいた。

「わしは今まで、お前とヨーコを本当の自分の子供だと、いやそれ以上だと思ってきた。人間として一通りのことは、教えたつもりだ。だが世間の親のように、あつかましい要求はしなかった。自由な心を持っていてほしかったからだ。それを今は、ほんの、本当にほんの少しだか後悔している。何のことだか分かるか?」

ウォン親方はマーフィーの顔をじっと見つめる。

その目はかすかに潤んでいるように、マーフィーには見えた。

「分かっています!分かってますとも!・・・ぼくも言いたかった。ずっとずっと言いたかった・・・・・。おとうさん!」

マーフィーの目から、我慢していた涙が溢れ始める。

「ありがとう!・・・ありがとうマーフィー」

マーフィーとウォンは立ったままじっと抱き合う。

少しの間マーフィーとウォンは抱き合っていたが、マーフィーはだれかの視線を感じて、ウォンの肩越しに前を見た。

「ヨーコ!」

そこには、体をワナワナと震わせながら、今にも泣き崩れそうな顔を、必死でこらえているヨーコの姿があった。

「あたしも・・・、あたしも、今まで言いたくても、言えなかった・・・。おとうさん!!!おとうさん!!」

ヨーコはウォンとマーフィーの元に飛び込んできた。

「ウワアーッ」

ヨーコは周囲に人がいくらいようとも、大きな声を出して泣いた。

三人は立ったまま、お互いをギュッと強く抱きしめ合う。

10年か・・・。10年でぼくらはやっと本当の家族になれたんだ・・・。

ヨーコの泣き声が少しおさまってくると、ウォンは二人から体を離した。

「マーフィー、時間は?」

「まだ、少しだいじょうぶです」

「そうか・・・。じゃあ、わしはちょっと煙草を買ってくるから・・」

ウォンはそう言って、ホールの外に歩いていった。

しばらく、マーフィーとヨーコは下を向いたまま黙っていた。

ヨーコは自分のポケットを探り、一枚のハンカチを取り出しして、マーフィーに差し出す。

「これ・・・」

「いいよ、ヨーコの方がたくさん泣いているじゃないか、ヨーコが使えよ」

「ちがう、これを持って行きなさいって、言ってるのよ」

マーフィーはハンカチをよく見た、非常に細く奇麗に刺繍がほどこしてある。そこには、マーフィーとウォンとヨーコの三人の姿が描いてあった。

「以前写した写真を元に、あたしが刺繍した物よ。ホログラフや動画じゃありきたりでしょ。あの日から今日までかかっちゃったけど」

「ありがとう・・・。絶対大事にするよ」

マーフィーはハンカチを丁寧に畳み、トランクにしまいこんだ。


マーフィーは小型シャトルの発着場で、シャトルに連がる通路の前で、三人で最後の別れを、惜しんでいた。

「マーフィー、勉強の方もしっかりやるんだぞ」

「ウン!父さん。通信教育はそのまま続けるから、だいじょうです」

「それと、最後に一つ。マーフィー、絶対生きて元気で帰ってこい! ここは、このコロニーはいつでもお前の故郷だ」

ウォンはそう言い終わり、マーフィーの肩をぎゅっと抱く。

「ヨーコは何か、マーフィーに言いたいことはないか?」

「・・・・」

ヨーコはさっきからずっと黙っている。

「セルベラ宇宙港行き小型シャトル378便は定時、14時30分発進します。乗機するお客さまは、第3ゲートよりお急ぎください」

マーフィーの乗るシャトルの場内アナウンスが流れる。

「もう、いかなきゃ・・・」

「じゃあ、マーフィーがんばるんだぞ」

「はい!」

マーフィーはヨーコのことが気になって横目で見たが、気を取り直すと、動く歩道に乗った。

「マーフィー!」

そこにヨーコが駆け寄ってきた。

ヨーコはマーフィーの頭をぐっと両手で押さえると、いきなりマーフィーに口付けをした。

「ヨーコ・・・」

ヨーコは動く歩道から降りると、横から小走りにマーフィーを追う。

「マーフィー! あたし、きれいになる! 今よりも、ずっと、ずっと、きれいになって、あなたを待ってる! だから・・・・・」

ヨーコがその先の言葉を言おうとすると、マーフィーの乗っている動く歩道は、ゲートの中に入り、ヨーコの声は聞こえなくなった。


マーフィーはシャトルの席に着くと、目をつぶった。

マーフィーの人生で今まであったことが色々脳裏をよぎる。

ヨーコはマーフィーより二年早く、4歳の時にウォンに引き取られた。

マーフィーがウォンの許に来たばかりのころは、まだ6歳で、物陰や闇に脅え、よく、もうこの世にはいないはずの、母を呼んで泣いたものだ。

ウォンは子供好きではあったが、幼いマーフィーに、どう接していいか分からず、困惑した。

そんな時、いつもヨーコはマーフィー寄り添って、慰めた。

「あたしが、マーフィーのおかあさんになってあげるから、泣かないで・・・」

ヨーコがそう言って、一晩中二人で体を寄せ会っていた。

ヨーコも寂しかったのだろう。朝起きると、ヨーコの枕許も涙で濡れていた。

そんな思い出がある。

しかし、二人は思春期を過ぎてからは、お互いを意識してしまって、かえって、距離ができてしまったように思えた。

ヨーコはさっきマーフィーに口付けをしてきた時に、マーフィーの歯を開かせて、舌を差し込んできた。

子供のころから、家族の挨拶として、ヨーコとキスをしたことは、幾度もあるが、こんなことは、マーフィーにとっては初めてのことだ。

ぼくを男として認めてくれたんだろうか?・・・。

今となっては、これも思い出の一部か・・・。それとも、いつか、ここに帰ってきて、ヨーコと・・・。

そうなるのも、いいかもしれない・・・。

だが、もう過去のことは、考えるのはやめよう。

これから将来、どういうことになるのかは、だれにも分からない。

自分の未来は、自分で造っていかなければならない。たとえ、それがどんな未来であっても。


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