マーフィーの旅立ち
マーフィーは一週間ほどで、病院から退院できた。
この時代の医療技術は、サイバーテクノロジーやバイオテクノロジーの発展により、骨折程度なら比較的に早く治癒できる。
マーフィーは今でも、あの時いったい何が起きたのか分からなかった。
あの時、外にあったアサルトマシーンは、エンジンはおろかサブ電源すら入っていない状態で、だれも操縦することなく、勝手に飛び込んで来たのだ。
病院に見舞いに来たマリアに訊いてみても、彼女も自分の常識を越えたまったく不可思議な現象。としか言わなかった。
あの事件から一週間。小惑星コロニー・T-623は普段通りの平静さを取り戻していた。
マーフィーが入院していた病院があるのは、T-623からシャトルで40分ほどの、中規模の都市コロニーだ。
ジャッカルにやられた傷ももう痛まない。
・・・ あんなことがあったなんて、今の自分にとっては夢のようだ。死にそうな目に会ったことも。マリアさんやバロンさんに出会ったことも。
マーフィーは、まぶしそうに、コロニーのミラーに映った人工太陽を見上げた。
迎えのエレカー(自動運転の電気自動車)が病院の正面に停まる。
バタン!
車のドアが開いて、一人の少女が車から降りてきた。
マーフィーと同じくらいの歳で、東洋系の顔立ちに、黒い髪をショートカットにした、かわいい子だ。
「マーフィー! ぼけっとしてないで、さっさと荷物をトランクに積み込みなさいよ」
「う、うん。わかったよ。うるさいなー」
マーフィーは自分の荷物をいそいそと、車のトランクに詰め込んだ。
この少女の名は、ヨーコ・ウォン16歳。この少女もオータムファクトリーのウォン親方に引き取られて育てられた、戦災孤児だ。
二人ともウォン親方の養子になっているから、血は繋がっていないが、兄妹ということになる。
「ヨーコ! たった、一月先に親方のところに来たからって、お姉さんぶるのは、いいかげんに、やめてほしいよ!」
「あなたが、バカなことばっかりやってるから、焼きたくない世話も、焼かなきゃならなくて、こっちだって、迷惑よ!」
ヨーコはツンとそっぽを向いた。
「やれやれ、退院早々喧嘩か・・・。マーフィー、ヨーコ、早く車に乗れ」
ウォン親方が、プッと短く一回クラクションを鳴らすと、マーフィーとヨーコは、車に乗り込んだ。
「親方・・・、色々、迷惑かけてすみません。僕は今日からだって働けます」
「マーフィー、何を言ってるんだ。リハビリだって、やらなきゃならないじゃないか。しばらくゆっくり休め」
「ぼくなら、もうだいじょうぶです。仕事が一番のリハビリだって先生も言ってくれたから」
「はっはっはっ、相変わらず元気なやつだ。マーフィー、今日ぐらいはゆっくりしろ。これはワシの命令だ」
「はい!」
「いい返事だ」
そのうち車は、ホテルやレストランの多い地区に入ってきた。
「親方、こっちはスペースポートと違う方向だけど?」
「いいんだよ!マーフィー。これから三人でおまえの退院のお祝いを、レストランでやろう。ということになっているんだから」
「ぼくのために・・・。親方・・・ありがとう」
マーフィーは、これから親方に告げなければならない話しのことを考えると、複雑な心境だ。
「これもみんな、ヨーコが言い出したことだ。店を選ぶのも、予約も全部
おまえのためにヨーコがやったんだぞ」
「親方!それはマーフィーに言わないって、約束でしょう!」
はにかんだ表情を隠すため、ヨーコは頭の後ろで手を組むと、さりげなく窓から外を眺めるふりをした。
「マーフィー! ヨーコに何か言うことは、ないのか!」
マーフィーは親方に急かされなくても、ヨーコに礼を言いたかったが、さっきのこともあって、どう切り出していいのか、迷っていた。
「ヨーコ・・・」
「なによ!・・・」
「その・・・」
マーフィーは言葉がなかなく見つからなくて、閉口した。
「だから、何が言いたいのよ!」
「ごめん! 心配かけて・・・」
「言いたいことは、それだけ!?・・・」
「だって・・・・・」
「あたしは、マーフィーの、その、はっきりものを言わないところが、大嫌いよ!」
「・・・・・」
マーフィーはヨーコにそう言われると、黙ってしまった。
ヨーコは頬杖をついて、じっと窓の外を見ている。
「フゥー・・・」
ウォン親方は、ルームミラーで二人の様子を覗き、眉を寄せてため息をついた。
やおら、三人を乗せた車は、レストランの駐車場に停まった。
チャイニーズレストランか・・・。ここは初めてだな・・・。
マーフィーたちは、三人だけの外食は久しぶりのことだ。
ウォン親方は中国系の家系で、外食する時は比較的に中華料理を好むことを、マーフィーもヨーコもよく知っている。
店の中に入ると、平日の午後ということもあって、比較的に空いている。
三人は店員に案内されると、予約してあったテーブルに座った。
マーフィーはテーブルの脇においてあったメニューを開く。
「もう、コースで注文してあるから、追加を頼むんだったら、料理が来た後にしたら」
ヨーコの顔をチラッと見ると、マーフィーは気不味そうに、メニューを畳んだ。
「すまないが、わしは先にやってるよ」
もう、ウォン親方は先に出されたビールに口をつけている。
ほどなく、マーフィーたちのテーブルに料理が運ばれて来た。
「さあ!食べるとしよう」
ウォン親方はマリアとマーフィーの雰囲気を、少しでもなごませようとと、二人の前に料理を皿に取り分けてやっている。
いつものことだが、マーフィーは箸を使って、ぎこちなく料理を口に運ぶ。
それに比べて、ヨーコはウォン親方と同じく、東洋系らしく器用に料理を箸でつまんでいる。
「実は・・・、親方に聞いてもらいたい話しがあるんだ・・・」
マーフィーは食事の手を止めて、ウォン親方に真剣な眼差しを送る。
「ウム・・・」
ウォン親方はうなずくと、なにか悟ったかのように、マーフィーの顔をじっと見つめた。
「ぼくは、ブロナポリスのタワーズに行くことに決めたんだ・・・」
マーフィーのその言葉の後、少しの間、三人とも何も言わずに、お互いの顔を見つめた。
ヨーコは皿の上に箸を下ろすと、一言。
「反対よ」
「どうしてさ!まだ詳しいことは、何も言ってないじゃないか」
「マーフィーの考えていることは、分かってる。だから反対」
「分かってるって!? まさか、ヨーコ、ぼくあての電子メール読んだんじゃ!?・・・」
「ああ、読んだわよ!! 悪かったわね!!」
「そんなの!非道いじゃないか!!」
「電子メールなんか読まなくたって、大体、検討がつくわよ、あの女の人、 マリアって人のところに、行きたいんでしょう!?」
ヨーコはマリアがマーフィーの見舞い以外にも、一度ブロナポリスに帰って、再びここに来た時も、度々病院でマーフィーに会って話しをしていたことを、知っていた。
「そんなんじゃない!! ぼくは、自分の力を試したくて、もっと、高いレベルの仕事がしたくて・・・」
そう言いかけて、マーフィーは、はっと、自分の言ったことの意味に気がつくと、ウォン親方に視線が行き、言葉を止めた。
「高いレベルの仕事? マーフィーはこんな場末の三流のファクトリーじゃ、もう仕事ををしたくないって言うの!? 10年以上も親方に育ててもらったのに」
「ちがう!!そういうつもりじゃ・・・」
マーフィーはヨーコに向かって身を乗り出した。
「じゃあ!いったい何なのよ!!」
ヨーコはドン!とテーブルを叩いた。周囲の他の客がマーフィーたちのテーブルの方を向く。
「ヨーコ! マーフィー! 少し落ち着け」
ウォン親方は厳しい顔をして、二人のことをたしなめた。
「ヨーコ、マーフィー、そのことなら、わしももう知っている。マーフィーには言ってはいなかったが、わしはマリアさんに会って、事情を聞いているんだ」
「聞いている!?・・・。そんなの、あたしは、ぜんぜん知らなかった」
すうっと、ヨーコの表情が怒った顔から、不安げに変る。
「マーフィーには、プロナポリス行きを許す。今日はそれでマーフィーを励ますつもりだった」
「そんなのって・・・、そんなのって・・・、非道い! 非道いよ!親方」
ヨーコは両手の拳を握ったまま、テーブルの上でガタガタと震わせている。
ヨーコの両頬に涙が走る。
ガタンッ!
ヨーコは急に席から立ち上がり、目頭を押さえながら、店の外は駆け出していった。
「ヨーコ!」
マーフィーはヨーコの後を追いかけるため、席を立とうとすると、
「マーフィー!まつんだ!」
ウォン親方はマーフィーを呼び止めた。
「だって!ヨーコが・・・」
「いいんだ!マーフィー。今はいいんだよ・・・。ヨーコもいつかは分かる時がくる」
あれから一週間。今日はマーフィーがプロナポリスに旅立つ日だ。
T-623のスペースポートのロビーには、ウォン親方がマーフィーを見送りに来ていた。
「今日はめでたい門出の日だ。マーフィー、わしはお前のような息子を持てて本当によか
ったと思っているよ」
ウォン親方はマーフィーの手をギュッと握って、にっこりと微笑む。
「今まで育ててくれて、ありがとう。親方」
涙が出そうになるのをこらえて、マーフィーは親方の掌をさらに強く握り返す。
マーフィーは握った手を離すと、ロビーのあちこちを、探すような目つきで見回した。
「ヨーコのことか?」
「う、・・・うん・・」
マーフィーはあまりはっきりしない返答をする。
「このまま別れたんじゃ、お前にもあいつにも良くないことは、あいつにも分かっているはずなんだがな・・・」
ウォン親方は表情を曇らせた。
チャニーズレストランで食事をしてから、マーフィーとヨーコは一度も口を聞いていない。
気不味くてお互いの顔を見ることさえ、避けていた。
今、ヨーコがここにいたとしても、マーフィーはいったい何と声をかけていいのか、分からないだろう。
「マーフィー、実は最後に一つだけ、頼みがあるんだが・・・」
「何です、親方?」
ウォン親方は少し恥ずかしそうに、自分の鼻をボリボリとかいた。
「わしは今まで、お前とヨーコを本当の自分の子供だと、いやそれ以上だと思ってきた。人間として一通りのことは、教えたつもりだ。だが世間の親のように、あつかましい要求はしなかった。自由な心を持っていてほしかったからだ。それを今は、ほんの、本当にほんの少しだか後悔している。何のことだか分かるか?」
ウォン親方はマーフィーの顔をじっと見つめる。
その目はかすかに潤んでいるように、マーフィーには見えた。
「分かっています!分かってますとも!・・・ぼくも言いたかった。ずっとずっと言いたかった・・・・・。おとうさん!」
マーフィーの目から、我慢していた涙が溢れ始める。
「ありがとう!・・・ありがとうマーフィー」
マーフィーとウォンは立ったままじっと抱き合う。
少しの間マーフィーとウォンは抱き合っていたが、マーフィーはだれかの視線を感じて、ウォンの肩越しに前を見た。
「ヨーコ!」
そこには、体をワナワナと震わせながら、今にも泣き崩れそうな顔を、必死でこらえているヨーコの姿があった。
「あたしも・・・、あたしも、今まで言いたくても、言えなかった・・・。おとうさん!!!おとうさん!!」
ヨーコはウォンとマーフィーの元に飛び込んできた。
「ウワアーッ」
ヨーコは周囲に人がいくらいようとも、大きな声を出して泣いた。
三人は立ったまま、お互いをギュッと強く抱きしめ合う。
10年か・・・。10年でぼくらはやっと本当の家族になれたんだ・・・。
ヨーコの泣き声が少しおさまってくると、ウォンは二人から体を離した。
「マーフィー、時間は?」
「まだ、少しだいじょうぶです」
「そうか・・・。じゃあ、わしはちょっと煙草を買ってくるから・・」
ウォンはそう言って、ホールの外に歩いていった。
しばらく、マーフィーとヨーコは下を向いたまま黙っていた。
ヨーコは自分のポケットを探り、一枚のハンカチを取り出しして、マーフィーに差し出す。
「これ・・・」
「いいよ、ヨーコの方がたくさん泣いているじゃないか、ヨーコが使えよ」
「ちがう、これを持って行きなさいって、言ってるのよ」
マーフィーはハンカチをよく見た、非常に細く奇麗に刺繍がほどこしてある。そこには、マーフィーとウォンとヨーコの三人の姿が描いてあった。
「以前写した写真を元に、あたしが刺繍した物よ。ホログラフや動画じゃありきたりでしょ。あの日から今日までかかっちゃったけど」
「ありがとう・・・。絶対大事にするよ」
マーフィーはハンカチを丁寧に畳み、トランクにしまいこんだ。
マーフィーは小型シャトルの発着場で、シャトルに連がる通路の前で、三人で最後の別れを、惜しんでいた。
「マーフィー、勉強の方もしっかりやるんだぞ」
「ウン!父さん。通信教育はそのまま続けるから、だいじょうです」
「それと、最後に一つ。マーフィー、絶対生きて元気で帰ってこい! ここは、このコロニーはいつでもお前の故郷だ」
ウォンはそう言い終わり、マーフィーの肩をぎゅっと抱く。
「ヨーコは何か、マーフィーに言いたいことはないか?」
「・・・・」
ヨーコはさっきからずっと黙っている。
「セルベラ宇宙港行き小型シャトル378便は定時、14時30分発進します。乗機するお客さまは、第3ゲートよりお急ぎください」
マーフィーの乗るシャトルの場内アナウンスが流れる。
「もう、いかなきゃ・・・」
「じゃあ、マーフィーがんばるんだぞ」
「はい!」
マーフィーはヨーコのことが気になって横目で見たが、気を取り直すと、動く歩道に乗った。
「マーフィー!」
そこにヨーコが駆け寄ってきた。
ヨーコはマーフィーの頭をぐっと両手で押さえると、いきなりマーフィーに口付けをした。
「ヨーコ・・・」
ヨーコは動く歩道から降りると、横から小走りにマーフィーを追う。
「マーフィー! あたし、きれいになる! 今よりも、ずっと、ずっと、きれいになって、あなたを待ってる! だから・・・・・」
ヨーコがその先の言葉を言おうとすると、マーフィーの乗っている動く歩道は、ゲートの中に入り、ヨーコの声は聞こえなくなった。
マーフィーはシャトルの席に着くと、目をつぶった。
マーフィーの人生で今まであったことが色々脳裏をよぎる。
ヨーコはマーフィーより二年早く、4歳の時にウォンに引き取られた。
マーフィーがウォンの許に来たばかりのころは、まだ6歳で、物陰や闇に脅え、よく、もうこの世にはいないはずの、母を呼んで泣いたものだ。
ウォンは子供好きではあったが、幼いマーフィーに、どう接していいか分からず、困惑した。
そんな時、いつもヨーコはマーフィー寄り添って、慰めた。
「あたしが、マーフィーのおかあさんになってあげるから、泣かないで・・・」
ヨーコがそう言って、一晩中二人で体を寄せ会っていた。
ヨーコも寂しかったのだろう。朝起きると、ヨーコの枕許も涙で濡れていた。
そんな思い出がある。
しかし、二人は思春期を過ぎてからは、お互いを意識してしまって、かえって、距離ができてしまったように思えた。
ヨーコはさっきマーフィーに口付けをしてきた時に、マーフィーの歯を開かせて、舌を差し込んできた。
子供のころから、家族の挨拶として、ヨーコとキスをしたことは、幾度もあるが、こんなことは、マーフィーにとっては初めてのことだ。
ぼくを男として認めてくれたんだろうか?・・・。
今となっては、これも思い出の一部か・・・。それとも、いつか、ここに帰ってきて、ヨーコと・・・。
そうなるのも、いいかもしれない・・・。
だが、もう過去のことは、考えるのはやめよう。
これから将来、どういうことになるのかは、だれにも分からない。
自分の未来は、自分で造っていかなければならない。たとえ、それがどんな未来であっても。




