エリクサーの戦闘
小惑星T-623の周囲を完全に取り囲んで、蟻の這い出る隙もなく、50機のバブルス(自動攻撃衛星)が、配置されている。
その外側には、3機のアサルトマシーンが、お互いの死角をカバーするように待機していた。
「第18区画の第7エアロック上空へ急行、そこで待機か・・・。ついに、目的のアサルトマシーンが動きだしたな」
「こちら、カーマイン機。中尉、バブルス(自動攻撃衛星)の配置はどうしますか?」
「念のため、現状のままでいい。陽動作戦の可能性もあるからな」
その時、急に切迫した声で、ミダス機とカーマイン機の通信の間に、緊急コールとともに、アイボリー機の通信が入ってきた。
「こちら、アイボリー機! たった今、第3区画上のクレーターで爆発が!・・・。あれは!!・・・・・・・・・・・・」
「どうした!!アイボリー機!応答せよ!」
「ザーーーーーー」
ミダス中尉の呼び掛けに、モニターに映っていた、アイボリー少尉のポートレートも消えて、アイボリー機の応答はまったく無くなった。
「通信不能か!アイボリー機のマーカー(識別信号)も消失だと!やられたのか!?」
ミダス中尉は慌てて、母艦のスカッツに通信をいれた。
「こちらミダス機。スカッツ応答願います!第3区画クレーター上空で、アイボリー機のマーカー消失! 何があったのか教えてほしい!」
「現在確認作業中! 第3区画上空で戦闘が開始された模様! バブルス(自動攻撃衛星)が次々と破壊されています!」
「敵はいったい何だ! 至急、情報をくれ!至急だ!!」
「敵はアサルトマシーンのようです。機種を現在確認中」
「アサルトマシーンだと!! どこのマシンなんだ!? まさか・・・・・・」
母艦のスカッツでは、アサルトマシーンからの突然の攻撃、という恐れていた事態に、ボルツ艦長らは焦っていた。
「アサルトマシーンの機種と所属は、確認できたか!?」
「機種、所属ともに判明しました。該当のアサルトマシーンは、プロトタイプ、傭兵国家タワーズ所属、傭兵戦艦ゴールデンスピア三番機エリクサー(賢者の石)です。
パイロットはセデーロ・アデブロス。スペシャルクラスです」
「そこまで言わなくとも、分かっている!!」
ボルツ艦長が、オペレーターを大声で怒鳴りつけると、ブリッジ内は、少しの間、静まりかえった。
「撤退だ」
ボルツ艦長は制帽のつばをぐっと下げると、ぼそっと呟く。
「今、なんとおっしゃったのですか?」
副官はよく聞きとれなかったらしく、もう一度訊いた。
「だから、撤退と言ったんだ」
今度は、はっきりとボルツ艦長の声は聞き取ることができて、ブリッジ内はざわめく。
「艦長!まだ戦闘の結果も分からないうちに撤退とは?」
「戦闘の結果が、分かってからでは遅い! 被害が最小限のうちに撤退する!」
「AIの予測では、こちらの現戦力では50%の確率で勝てる。と出ていますが?」
「デイツ副官!」
「はあ、なんでしょう?」
「君はここに来る前は、第127艦隊、月基地所属だったね」
「そうですが・・・」
「君は、スペシャルクラスの傭兵の恐ろしさを、まったく分かっていない。以前、君がいたところまで、敵が攻めてくるようなことは、絶対にありえないからね」
「そうおっしゃられても・・・・」
「いいかね、実戦において、AIの確率予測など、ほとんどあてにならんのだ。
とくにアサルトマシーンでの戦闘においてはな。スペシャルクラスの傭兵が相手なら、こちらの勝つ確率がたとえ99%でも、実際はどうなるか分からない」
「では、艦長はこのままでは、我々は負けると?」
「そうだ! 私の予測では、我々の戦力では100%負ける。間違いなく全滅だ。相手があのバロンではな」
通信オペレーターが、絶叫とともに、カーマイン機の最後の通信を受信した。
「艦長!カーマイン機が撃墜されました!マーカー消失」
「そういうことだ」
「・・・・・・・」
副官は額から脂汗を流しながら、もう何も言わなかった。
「ただちに、この空域から離脱する! 反転最大加速」
「ミダス機の回収はどうしますか?」
「ミダス機は本艦の盾になってもらう。彼なら少しは時間かせぎになるだろう。全力で戦え、と言っておけ。以後、ミダス機との通信はすべて遮断しろ」
ボルツ艦長は通信オペレーターに、淡々とした口調で命令した。
ミダス中尉のアサルトマシーン・オーガンは、母艦のスカッツから、全力で敵アサルトマシーン、エリクサーを撃破するように指令を受けて、戦闘空域へ急いだ。
「エリクサーのバロンか!いいだろう。やってやる」
おれが同期随一と言われているのは伊達ではない! 今回のミッションも、その能力を買われての抜擢だ! 今回の手柄をステップにゆくゆくはスペシャル・ガーディアンズ入隊を狙ってやる。
バロンはエリクサーで次々とバブルスを掃討しながら、アースユニオンの小型高速戦艦スカッツの動向に、注意を払っていた。
「ボルツめ!やはり逃げ出しおったか・・・」
エリクサーのレーダーのレンジから、スカッツは急速に離脱しつつある。
「オーガンは置き去りか、ボルツらしい」
バロンは気を取り直して、作業に近い戦闘を続けた。
エリクサーは、二つの四角錘の合わせ目が左右にスライドし、そこからドラムのように回転するガトリングレールガンを発射し、バブルスを粉々に粉砕する。
バブルスの攻撃はAIのコントロールによるもので、正確であっても、その動きは教科書通りで、予測は容易だ。
それ以外の二機のオーガンも不意を突いて、一撃で仕留めている。
「あと残るは、バブルス12機とオーガン一機か。これなら予定よりも早く終わってしまいそうだな」
バロンは残弾数を確認した。
「おっ! 最後のオーガンがやっとおでましか。母艦に見捨てられたのに戦意を失わなかったようだな」
ミダス中尉の操縦するオーガンが、コロニーの外殻をぎりぎりに飛行し、大型の作業用クレーンの影から飛び出してくる。
「もらった!!」
オーガンのレールガンは、バロンのエリクサーの背後から、完璧に防御シールドのブレイクポイントに、ヒットしたかに見えた。
「何!!」
エリクサーはオーガンの一撃を、なんなくバリアーで弾いた。しかも、今まで機体の後部だと思っていた方向を前にして、オーガンに突っ込んでくる。
「まずい!」
ミダス中尉はオーガンを急速右転させ、それを回避しようとするが、
「なんだと!!!」
何とエリクサーは今度は更に、その動きに合わせて、30度の鋭角バックターンをやってのけた。
「ど、どういう構造をしているんだ!あのアサルトマシーンは!」
ミダス中尉は、エリクサーの異常な運動性に、舌を巻いた。
バロンの操縦するアサルトマシーン・エリクサー(賢者の石)は、かなり特異な構造を
している。
それは、一言でいうと、機体に方向がない。とでも言おうか。エリクサーの機体は、前後左右上下どの方向にも、火器やバリアー、プラズマ推進用のノズルを、開放することができる。
無論このような、機体を操縦することは、並み大抵のことではできない。スペシャルクラスの傭兵・バロンだからこそ可能なのだ。
エリクサーはオーガーンの機体に寄り添うように、飛行すると、四角錘の頂点をオーガンの機体の真上に、突きつけるような形で、停止する。
距離は1メートルほどだろうか、お互いの防御シールドが干渉を起こして。閃光が飛び散る。
だがこれでは、あまりの近距離のため、お互い攻撃はできない。
「ちくしょう! 遊んでいるのか、バロンのやつは!」
オーガンはエリクサーを振り切ろうと、必死に機体を操る。とんぼ返り、錐揉み、メビウス捻り、なにをやろうとも、エリクサーとオーガンの相対位置関係は変らず、まるで見えない部品で固定されたように、くっついて離れようとしない。
「くそー!いいかげんに、しろ!!」
ミダス中尉はもう、いいかげんゲンナリしてきて、戦意が萎えかかってきた。
そんなおり、エリクサーから通信コールが入ってきた。
「話しがあるだと!?」
ミダス中尉は困惑した。
宇宙の戦場で戦っている敵と、個人的に会話をすることはまずない。アースユニオンの兵士なら、なおさらだ。 もし、あるとすれば、挑発か交渉のためだけだ。
「聞いてやる! このおれをなめやがって」
ミダス中尉が通信回線を開くと、バーチャルモニター(網膜投影装置)にバロンの顔が映しだされた。
「君がオーガンのパイロットかね?」
「そうだ! 名は名乗らないぞ」
「別に結構だ。私はご存じかもしれないが、セデーロ・アデブロス。ゴールデンスピアのパイロットだ。二機のオーガンに乗っていた君の仲間には、気の毒なことをした」
「そんなことを、わざわざ言うために、通信回線を開いたのか? 前置きはいい!何が言いたいんだ!」
「では、単刀直入に言おう。降伏したまえ。もう君には勝ち目はない。母艦も君を置いて、逃げて行ってしまったのではないかね」
「断る!! まだ負けたと決まったわけではない!」
ミダス中尉はバロンの申し出を、激しく拒否した。
「よく聞きたまえ。君をスカッツのボルツ艦長がここに残した、ということは、君に死んでもらためにやったことなのだよ。
この空域では条約上アースユニオン軍は活動できないことになっている。
もし、君が生き残って部隊に帰還できたとしても、機密保持のために処分されるだけだ」
「そんな、馬鹿なことはない!貴様!おれを捕虜にして、何かに利用でもするつもりなんだろう!?」
「そうではない!私が仕留めたかったのは、スカッツのボルツ艦長のほうなんだよ。君らではない。
彼は汚れ仕事ボルツ中佐と、われわれの間では呼ばれていてね。君は知らないだろうが、アースユニオン軍で裏の汚い仕事を専門にやっている男なんだ」
「そんなことは、もうどうでもいい! おれは貴様を、ただ!ただ!倒したい! それだけで、十分だ」
「どうあっても、だめかね。やむをえない、なら、戦士として礼をつくそう」
バロンは通信を切って、オーガンから離れた。
エリクサーは、オーガンの様子を見るためだろう。先に攻撃を仕掛けてはこないようだ。
ミダス中尉には勝算とは言えないまでも、うまくいけば、エリクサーを圧倒すことができるかもしれない切り札があった。
「これがあれば、やつにひとアワ吹かせてやれる!」
ミダス中尉がダッシュボードから取り出したのは、一枚のメモリチップだ。
これにはバブルスのプログラムを変更して自由に操るためのコードが、記録してある。
これは友人の技術者とともに極秘に、ミダス中尉が開発したものだ。
「これさえあれば、バブルスの性能は数倍にもなる。おれはこれを自在に操るために、特訓もしてきた」
ミダス中尉はメモリチップを装置に挿入すると、バブルスにリプログラムのコマンドを送る。
「バブルスをうまく使うつもりか?」
エリクサーではバロンがすでに、バブルスの行動パターンの変化に気がつき始めていた。
「全部で残り12機、さて、どう出てくるか」
オーガンの周囲に12機のバブルスが集まり始めた。そして次第にオーガンの前方に楔型に整列しはじめる。
「P12LZ05」
ミダス中尉の口頭コマンドで、バブルスの速度が急激に上昇する。
「ホウ、オーガンのパイロットもやるな! プログラムを変更しただけで、これほどの性能を引き出すとは、大したものだ」
「どうだ、これで、バブルスの速度は8倍以上だぞ! エンジンをオーバーランニングさせたから5分しか保たないが、エリクサーを倒すのに、5分もあれば十分だ」
バブルスは複雑な連携を取りながら、エリクサーに攻撃をしかける。
その隙を狙ってオーガンが、攻撃する。巧妙な波状攻撃だ。
「これなら! やれるかもしれない!」
オーガンとバブルスを操りながら、ミダス中尉は思わず叫んでいた。
バロンのエリクサーは防戦一方に見える。
バブルスはエリクサーの周囲に、獲物を襲うピラニアのように執拗にまとわりつく。
「この速度では、バブルスを振り切れまい!貴様のエリクサーは運動性は恐ろしいほどだが、加速能力はそのノズルの付きかたでは、大きく見積もっても、このオーガンと同じくらいだ」
ミダス中尉はにやっと、口元を緩めた。
「これは、かなり騒々しくなってきたな。バブルスがこの速度だと、オプションなしでは振り切るのは難しい。と言ったところか」
バロンはまったく慌てる様子もなく、敵の攻撃に感心している。
「さて、十分に彼の相手もしてやれたし、残して来たマリアたちも心配だ。そろそろお開
きといこう。それでは、ご褒美に、私の得意技を見せてあげるかな」
バロンはコックピットの右下の赤いレバーを引く。
このシステムのロックは、バロンの趣味で手動解除になっていた。
「では! スパイラルトルネード発動!」
エリクサーは、その機体をまるで独楽のように回転させ始める。
「なっ!何だ!あれは!」
ミダス中尉はバーチャルモニター(網膜投影装置)に映ったエリクサーの様子を見て、何が起きたのか理解できなかった。
エリクサーはさらに回転を早め、その周囲の防御シールドは竜巻のように渦を巻き始める。
そのストームに巻き込まれ、バブルスは次々と爆発していく。
10秒ほどでバブルスは全滅してしまった。
オーガンは、AIの戦闘ナビゲーションの音声ををOFFにしているため、バーチャルモニター(網膜投影装置)の下に『敵急速接近』のテロップが文字だけが流れている。、
呆然とモニターを眺めているミダス中尉は、竜巻の中心にはすでにエリクサーの姿がないことに、気付かなかった。
ゴオン!!
オーガンの機体に、何か接触したような大きな金属音が響く。
「ワッ!」
ミダス中尉はその音で、我に還った。
「何が起きた!?」
モニターにはすでにエリクサーの姿はない。
「状況分析」
ミダス中尉はAIに口頭で命令する。
『メイン動力破損。出力3%。敵距離0メートル』
バーチャルモニター(網膜投影装置)に現状が表示される。
「敵距離0メートル!!!?。接触したのか?」
『メインエンジン停止。回路予備電源切リ替エ』
機内がオレンジ色の照明に切り替わる。
「やあ! 面白い勝負だったね」
通信回線も開いていないはずなのに、突然、バロンから音声通信が入る。
「マシンのシステムを、ハックしたのか!?」
「まあ、そういうことだが・・・、君のオーガンはもう戦闘能力はない。私のエリクサーが、オーガンの機体に突き刺さっているからね」
「いつの間に!?」
{さっきの、金属音がそうだよ」
オーガンは加速してはいなかったものの、エリクサーとの相対速度はかなりあったはずだ。そこに、相手の機体を手加減してこんなことをするのは、どんな精密な自動制御でも不可能に思えた。人間技ではない。
「おれの負けだ! 殺せ・・・」
ミダス中尉は、がくっとうなだれる。
「無益な殺生はしない主義でね。君はなかなか見所があるようだ、鍛えればまだまだ伸びると思うよ。いつでもリターンマッチを受けてあげるから、精進したまえ」
バロンの通信はぷつっと切れた。
「くそぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!覚えていろ!!!いつか!いつか!必ず貴様を倒してやるからな!!!」
オーガンのコックピットの中で、真空の宇宙空間まで響きそうな声で、ミダス中尉は咆哮した。




