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井上路加が外回りの営業で町を歩いていると、突然何者かに腕を掴まれて人気のない路地に連れ込まれた。そして紫色のパーカーを着た若者たちがその周りを囲んだ。
「一体誰なの? 君たちは」
「答えろ。俺たちの“レター”を塗り潰して、その上からふざけた絵を描いていたのはお前だな」
「ああ……あの下手くそな落書きか。何だか目障りだったからね。町の景観を損ねて迷惑じゃん。だから僕はその上に美しい絵を描いて見栄えを良くし、社会に貢献しただけだよ」
井上がそう言うや否や、若者の1人が井上を背後から羽交い締めにした。そして別の若者が井上の頬を殴った。
「待ちなよ、法治国家の日本でこんなことしてタダで済むと思っているの?」
井上は威勢良く叫ぶが、若者がその腹を思い切り蹴りつけると、井上はその場に倒れ込んだ。
「ぐはっ。やめ……ろ」
それからは全員が寄ってたかって井上に殴る蹴るの暴行を加えた。もはや井上の意識が切れたところで通りかかった市民がそれを目撃し、警察に通報した。パトカーのサイレンの音が聞こえると全員蜘蛛の巣を散らすように逃亡を図ったが、駆けつけた警官たちに全員取り押さえられた。
取調べの結果、彼らは横浜のカラーギャング「パープルヘイズ」であることがわかった。数人が分担して取調に当たったが、リーダー格の男は国本が担当した。
「お前たちが井上に暴行を加えた理由は何だ?」
「あいつ、俺たちが描いた絵の上に何度も落書きしやがって……それで制裁加えたってわけです」
「だけど、どうしてそれが井上だったわかったんだ?」
「この前、俺たちの所に変な女がやって来て教えてくれたんです。その女は俺たちに動画を見せた後、2枚の写真と1枚の名刺を差し出したんです。その内1枚は、俺たちの絵の上からスプレーかけている写真で、もう一枚はそいつの顔がハッキリ写った写真でした」
「そしてその名刺に井上の名前が書いてあったんだな」
「そうです。大本生命保険相互会社 営業課の井上路加って書いてました。一流企業のエリートだと分かって俺たちは余計にプチ切れました。そんで会社に乗り込んで行ったらそこの警備員にツマミ出されたんで、あいつが出てくるのを待ってあとつけて人気のないところでボコボコにしました」
「お前らな……ところでその女が誰か分かってるのか」
「分かるわけないっしょ。変なアフロのヅラ被ってサングラスかけてたし」
その女から話を聞いてみたいが所在が掴めんな……国本はそう思ってため息をついたが、ふと思いついて言った。「その写真と名刺、今もってるか?」
「ああ、平良って奴が持ってたと思う」
国本は平良という少年から写真と名刺を預かると、鑑識課へ行って写真と名刺についている指紋を調べさせた。そして鑑識官が言った。
「たしかに、逮捕されたメンバー以外の指紋が1つありますね」
「恐らくそれがパープルヘイズに情報を流した女のものだろう。検索してくれるか」
「はい……あ、ありましたね。7年前に万引きで補導された少女の指紋と一致しました」
「その少女のデータ出してくれるか」
「はい、これですね」
その画面を見た国本は目を丸くして驚いた。
「これは……」
そこに映し出されていたのは、あの石津紗栄子の若き姿だった。
翌日、国本は石津紗栄子を捜査四課に呼んだ。島田絵梨、マリエッタ、そして江藤美由紀も呼ばれていた。
紗栄子は入室するなり会釈して国本から勧められた席に座った。国本は写真と名刺を出して本題を切り出した。
「これをパープルヘイズというカラーギャングに渡したのは石津さん、あなたですね」
紗栄子は黙って頷いた。すると島田が問い詰めるように言った。
「どうしてこんなことをしたの? 危険な連中だってわかるでしょう」
「あの男……井上路加は人を束縛し陥れる天才です。ちょっとやそっと法的に制裁を加えても菜摘ちゃんは救われません。菜摘ちゃんは体を張って私を助けてくれたのに、私は彼女を助けてあげることが出来なかった。だから今回はどんな手を使っても菜摘ちゃんを助けないといけなかったのです」
「菜摘さんがあなたを助けたって……どういうこと?」
その質問に紗栄子は一息ついてから答えた。
「最初にあの男の虐待を受けていたのは……この私なんです。彼女はそんな私を助けようとしたために、身代わりになってあの男の虐待を受けるようになったのです」
それを聞いて一同は驚きのあまり絶句した。そしてしばらく沈黙が続いた後、紗栄子はおもむろに自分の身の上話を語り始めた。




