解決編その一
22:00
高橋義人の駐在当番が終わり、杉田優子に交替した。そしてしばらく経った後、藤本剛が部屋から出てきてそのままバス・トイレルームに向かった。そして何か探し物をしていたが、急にトイレの扉がバタンと開き、藤本が飛び上がった。
「藤本さん、ずいぶんトイレには不似合いなものをお探しなんですね」
振り向くと小川がいた。藤本は清掃具入れからフライパンを取り出したところだった。
「小川さん、何でこんなところにいるんですか」
「それはこっちのセリフですよ。それにしてもトイレでずっと待っているのって大変ですね。藤本さんも疲れたでしょう」
「い、一体何のことです。さっぱりわからない」
「わかりませんか……ではこれから説明しましょうか」
ふと外を見ると杉田が彼らの様子を眺めていた。
「杉田さん、みんなを集めて下さい。お話したいことがあります」
小川に言われて杉田は全員を広間に集めた。
「これで全員集まりました」
杉田がそう言った時、玄関チャイムが鳴った。地元の警察署から渡辺と青野が再び遣わされてきたのだった。
「いったい何なんです? これは」
渡辺が尋ねると、小川は皆に語った。
「ちょうどよかった。警察の方も来られたことですし、これから事件の真相についてお話したいと思います。と言ってもあくまで僕の推理ですが」
「ちょっと、勝手に探偵ごっこみたいなことされると困ります」
青野がそう言うと、渡辺が手で制した。
「いや、いい。小川さんに話してもらおう」
青野は納得出来ない顔であったが、しぶしぶ大人しく聞き手に回った。全員が話を聞く体勢が整ったのを見て小川は語りだした。
「まずは第1の事件から。田中さんは首を吊って自殺した……ということになっていますが、これは自殺に見せかけた殺人です」
小川がそこまで言うと、どよめきが起こった。渡辺は語る小川をじっと見つめていた。
「とは言え、偽装工作のお粗末さから、計画性のない突発的な犯行だったことが伺えます。
犯人はその辺にあったタオルで田中さんの首を締め、天井から吊り下げた。重労働ではあったでしょうが、本人も必死ですから火事場の馬鹿力でやり遂げたのでしょう。そして広間にあったパソコンで遺書を作成し、プリントアウトして遺体の近くに置いた。
翌朝は自分が呼びに行く役を買って出て、ドアが開かないかフリをして密室に見せかけた」
小川の語ることに高橋が反応した。
「すると、犯人は……」
「そう、第2の事件の被害者、中村亮介です」
「中村君が? どうして……」
「田中さんは生前私に言っていました。自分はある政治家のスキャンダルを追ってここに来ていると。中村さんはそれに関わっていた可能性がありますね。その関係で中村さんには田中さんを殺す動機が生じた。残念ながら二人とも亡くなっているのでどのようなやりとりがあったのか分かりませんが」
「では、第2の事件もそれに関係して起こったということでしょうか?」
「いや、第1と第2の事件は別々のものだと思います。第2の事件に関する私の推理はこうです。
18時から中村さんの広間駐在当番でした。その間に実行犯はうまく中村さんの部屋に忍びこんだのでしょう。そして当番が終わって部屋に戻ってきた中村さんの後頭部に凶器を思い切り振り下ろして殺害した。その実行犯は……あなたしかいない。藤本さん」
小川に名指しされた藤本は狼狽して言った。
「な、何を言っている。私はその間自分の部屋にずっといたんだ。そしてあの鈴木綾子という生意気な女が喧嘩売りに来たのはみんな知っているだろう」
それを聞いて何人かの者は頷いたが、小川は構わずに続けた。
「いや、あなたはあの時間自室にはいませんでした。鈴木さんとの口論はあらかじめ録音されたものでした。携帯のボイスメモをスピーカーで拡大してあたかもそこで藤本さんが鈴木さんと言い争っているかのように見せかけたのです。
その目的はもちろん藤本さんのアリバイ作り。そしてもう一つ藤本さんが犯行現場から逃げる時、皆の注意をそらす目的もありました。
犯行現場である中村さんの部屋、藤本さんの部屋、バス・トイレそれぞれの間に線を引くと、ちょうど三角形になります。全員が藤本さんの部屋に注目している間は中村さんの部屋とバス・トイレが死角になります。この隙に犯人である藤本さんは犯行現場からバス・トイレに移動できます。その時に凶器のフライパンも一時的に隠しておきます。食事の時間になってどさくさに紛れて皆んなの前に現れればそれほど怪しまれずに出て来れます」
そこまで聞いた警官の青野が口を挟んだ。
「なるほど、フライパンは案外殺傷能力の高い鈍器だ。幾つかの殺人事件での使用例も報告されている。台所で他の食器と一緒に洗えば証拠隠滅にもなる」
「しかし、藤本さんがそれをキッチンに戻そうとするところを私に見つかったわけです。渡辺さん、このフライパンにはまだ被害者の皮膚など遺留物が残っているはずですから鑑識に回して下さい」
渡辺はコクっと頷いた。そして高橋が疑問を投げかけた。
「しかし、杉田さんと佐藤さんが口論の現場に行って藤本さんと鈴木さんを宥めていたんですよ。これはどう説明するんですか?」
「杉田さんと佐藤さんは見てもいない口論を宥めるフリをした……ということです。つまり、二人もまた共犯者だったということになります」
それを聞いて杉田が激昂した。
「失礼にも程があります! そもそもあなたの憶測だけで何の証拠もないではありませんか」
「証拠ですか。まず、スピーカーがまだ藤本さんの部屋のどこかにあるはずです。青野さん、探して貰えませんか?」
いきなり指図されてムッとした青野だったが、渡辺が目で合図したのを受けて藤本の部屋を探った。すると「ありました」といって旅行トランクの中からスピーカーを取り出した。
「これは本来あのパソコンの横に置かれていたものです」
そう言って小川は青野から受け取ったスピーカーをパソコンの横に置いた。「ほら、ここの日焼けの跡とピッタリ一致します」
すると鈴木が息巻いて反論した。
「でもそれは藤本さんが盗んだだけかもしれないじゃないですか。私たちがグルになって殺人をしたという証拠にはならないと思います」
「では、これはどうでしょうか」
小川はそう言ってパソコンを開き、メールを開いて添付ファイルをダウンロードした。ダイヤルアップで時間がかかるので、その間にスピーカーを接続した。
「では、いきますよ」
そう言って小川はダウンロードされた音声ファイルを再生した。すると、なんと藤本と鈴木の口論の様子が流れた。鈴木は青ざめて言った。
「そんな、どうして……」
「あなたは携帯のボイスメモを犯行後削除して証拠隠滅したつもりになっていた。でもあなたの携帯はボイスメモを自動的にクラウドにバックアップする設定になっていたのです。もちろん本体で削除すればクラウドにも反映されますが、それはWi-Fi環境でのみ作動するので、未だにクラウドでは更新されていないのです。県警本部に連絡してファイルを入手して貰ったのです」
「小川さん、あなた警察の人間だったんですか!」
藤本が叫ぶと、渡辺がそれに応答するように言った。
「その通り。山岡県警勝小田署の刑事、小川理博警部補だ」
一同の視線が小川に集まった。そして渡辺は顔を緩めて続けた。「小川さんも人が悪いですよ。警察の方だったら言って下されば良かったのに……」
それを聞いた高橋がいきり立った。
「いったい何なんですか、あなたがたは。警察の潜入だったりグルになって殺人を犯したり……」
それに渡辺が応答した。
「ここにいるメンバーについて、一人一人調べさせていただきました。すると杉田さん、藤本さん、佐藤さん、鈴木さんには繋がりがあることがわかったのです」
「繋がり?」
「ええ、藤本さんと佐藤さんと鈴木さんは“希望の園”という児童養護施設に入所していた園児だったのです。杉田さんは保育士として希望の園で働いていた職員でした」
高橋と小川は驚いた顔でその4人を見た。彼らは一様に悔しそうな顔で俯いていた。