転落事故
9月8日 金曜日 午後10時 JR勝小田駅
仕事帰りに一杯引っ掛け、顔を赤くしたサラリーマンがあちこちに見られた。ひとりごとをブツブツ言う者、何やら社会に怒りをぶつけている者などさまざまである。
その中でも一人のサラリーマン風の男が特にひどく酔っ払って管を巻いていた。素面の小市民たちはかかわりを持ちたくないとばかりにその男から距離を置こうとしていた。それでも男はフラフラしてあっち行ったりこっち行ったりしていたので、運悪くぶつかってしまう者もいた。
「……気をつけろッ!」
「す、すみません」
ぶつかった相手は悪くもないのに謝ってしまう。腹が立ってもこんな相手と喧嘩したところで何も得るものはない。だからさっさと詫びてその場を去るに限る。男は自分がインネンをつけた相手が謝ってくれると強くなったように錯覚して調子にのってフラフラと歩き回った。
その時、誰かが男に強くぶつかってきた。男はよろけてバランスを失った。
「このやろぉ、気をつけ……」
そう言い終わる前に、目の前に電車が迫っているのが見えた。そしてそれは彼がこの世で見た最後の景色となった。
同日 午後11時 JR勝小田駅
ホームから転落した男は電車にはねられて即死した。この事故の捜査にあたった鉄道警察隊は事件性はないとの見解を示したが、勝小田署刑事課から派遣された小川理博警部補は事件の可能性がないか検討していた。
「小川警部補、お疲れ様です」
「お疲れ様。事故の状況は?」
「被害者はかなり泥酔していたようです。それでよろけて線路へ転落したところに運悪く電車が滑り込んできた……というところでしょうか」
「目撃情報は?」
「被害者が酔っ払って管を巻きながらフラフラと歩き回り、まわりの人にぶつかっているのが多数の乗客によって目撃されています」
「運転手は何か見ていましたか?」
「明らかに酒酔いしていた被害者がヨロヨロと線路の方へなだれ込むのが見えたそうです。あわてて急ブレーキをかけましたが間に合わなかったようです」
「誰かがどさくさに紛れて突き落としたという可能性は?」
「なきにしもあらずですが、まああの状況ですからね……事故で決まりじゃないでしょうか」
その後、小川は男の周辺を聞き込みし、恨みを抱いている人物はいないか検証してみた。しかし男は職場でも評判は良く、どちらかと言えば他人と真っ向からぶつかるタイプではなく、恨みを持つ人間がいるとは考えにくいとのことだった。また妻も良妻賢母タイプで周りからは理想の家庭だともっぱらの評判であったという。
小川は上司の堂島に報告した。
「勝小田駅のホーム転落の件ですが……怨恨の線もなさそうですし、事故で間違いなさそうです」
「そうか……ごくろうさん」
そう言って堂島は小川の出した捜査報告書に判を押した。




