絞殺死体
「ううっ……」
女は首に巻きついたネクタイを何とか取ろうと試みた。しかしそうすればそうするほど首を絞める力は強まった。
「くそう、この野郎。バカにしやがって……」
相手は野郎ではないのだが……というつまらぬ突っ込みはさておいて、男は相手がもがくほどにネクタイを強く引いていった。
女にとって事態は一向に有利にならず、自分で引っ掻いた傷が首に増えていくばかりであった。やがて女は力尽き、息絶えた。男は自分の持ち物をかき集めると女の部屋から逃げていった。
†
山岡県勝小田市のとある単身者用アパートで若い女性の死体が発見されたのは、5月10日の午後であった。被害者の名前は伊藤恵子。第1発見者は被害者が勤めていた風俗店「サファイアドール」の同僚、越川朋子(源氏名「もえ」)であった。伊藤恵子(源氏名「めぐみ」)は昨晩店を無断欠勤した。店長は「めぐみ」に何度も電話したがつながらない。それで彼女と仲の良かった「もえ」に命じて家を見てくるように言ったのであった。
翌日の午後、越川が伊藤のアパートを訪ねてきたところ、ドアに鍵はかけられておらず、中で被害者が倒れているのを発見し、近寄ってみるとすでに事切れていた。それで彼女は110番通報し、警察が来るのを待っていた。
†
「ごくろうさま」
勝小田署刑事課の小川巡査部長が現場に駆けつけた時、すでに複数の警官が捜査に当たっていた。小川の姿を見つけると、彼らは一斉に敬礼した。
「殺しで間違いないの?」
小川が聞くと、1人の警官が頷いて答えた。
「はい。ガイシャの首には紐のようなもので絞められた跡があり、そして見てください。ここに吉川線があります。他殺で間違いないと思います」
吉川線とは、絞殺される時に被害者が抵抗して首につく引っ掻き傷のことである。自殺か他殺かを判断する手がかりとなる。
「うーん、他殺と見て間違いなさそうか。部屋に凶器となるものはあった?」
「絞め跡と一致するようなものは見当たりませんでした。おそらく犯人が持ち帰ったのでしょう」
「他に何か不審なものは?」
「部屋はあまり普段から整理整頓はされていないようで、被害者の衣類、アクセサリーや化粧品類、スーパーの広告、保険のパンフレット、それにコンビニ惣菜の空パックなどが散らかっていましたが、他にはこれと言ったものは見当たらなかったです」
「そうか……ごくろうさまでした」
鑑識の結果死亡推定時刻は発見前日の5月9日の午後2時頃とされた。警官たちは総出で周辺の聞き込みにあたり、目撃情報の収集に尽力した。