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ダンジョン配信の神様 ~俺がいなけりゃお前らなんてクソの役にもたたねえってことを忘れるな~  作者: 深海くじら


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第50話 長広舌 ~これはもう、居酒屋談義のレベルじゃねえ~

「最初のきっかけは僕が追っかけたクスリだったかもしれません」


 訥々としゃべりだす針井氏。

 ツルタ氏の手は針井氏が箸を置く前から止まっていた。水面も大急ぎで揚げ出し豆腐を飲み込んでいる。空気を読むのが苦手な鏡華だけは、まだラーメンサラダをかっこんでいた。


「あれはカブキマエの中高生の間で流行り始めていたクスリでした。潜在意識をゆるやかに覚醒させるタイプで、値段も安く、自己肯定感の低い若者たちは遊び感覚で乱用していたようです。ただこのクスリは時限爆弾で、一定量以上が脳に蓄積されると本人の欲望が暴力的勢いで発現します」


 針井氏は、包み込むように組んだ両手の指を花を咲かせるかのごとく開いてみせた。


「製造元の薬学研究室は早々に押さえることができました。が、その際、大量の在庫を横領して逃げた学生カップルがいたのです」


「その二人を針井くんたちが追いかけた、というわけですね」


 針井氏はツルタ氏に向かってうなずいた。

 最初に会った日に針井氏が語っていた内容を、俺は思い出す。おそらく暴力団であろう売人と警察の両方に追われたカップルは、工事現場に現れたばかりの最初期の迷宮に飛び込んだ。奥へ奥へと逃げる二人は、第四層でフロアの主のような双頭の魔物、バフォメットに捕まり、その場で喰われた。たぶん、クスリも一緒に。

 ゴクリと鳴るのどの音に視線を巡らすと、椀を空にした鏡華が針井氏を見つめている。


「手負いのまま消えたバフォメットはしばらく影を潜めていました。その所為でしょう。僕が警視庁(さくらだもん)を辞めて地上から迷宮に足場を移したころの第四層は、小物が溢れて混沌とした状態でした。歯止めの主が消え、下剋上上等の乱世フェーズに入った、そんな感じです。そしてその時期のフロアで最強となった魔物は、きっと僕だったのだろうと思います」


 しばしのブレイク。針井氏がジョッキを掴むのを機に、俺たち四人は食事を再開した。冷めた角煮を頬張りながら考える。


 そうか。迷宮の秩序は覇権者が担うのか。第一層はゴブリン、第二層はオーク、第三層はミノタウロス、そして第四層の主はバフォメットから瞬殺ハリーに替わった、ということなんだな。


「べつに僕は王になるために潜っているんじゃない。第四層に敵がいなくなれば、その下に向かうのは成り行きというものでしょう」


「でも、ハリーさんがいなくなったら第四層は?」


 ポテトサラダを取り分ける水面が、不安げな顔で尋ねた。


「知りません。なにしろ僕は第五層で揉まれ、上を振り返る余裕などありませんでしたから。ただ、戻ってみたら、第四層は落ち着いていました。いや、出遭う魔物すべてが何かピリピリした様子で、集中力を欠いていました。有体に言って、単体では弱くなった。その分、いままで単独で現れることが多かったマンティスやオーガが、それぞれ複数で出てくるようになった。要するに少々厄介になっていたのです」


 単独が群れるようになった? 社会性がついたということか?


 受け取ったポテサラに手を付けることも忘れ、俺たちは針井氏の話の続きを待った。


「四層で一番広い岩窟、僕がバフォメットの腕を切り落とした因縁の場所、そこにさしかかったとき、その理由がわかったのです。槍や棍棒で武装したオーガ十数頭が壁際に張り付いて広場の中央を見つめていました。中央では、抜きんでて大柄なオーガが、より大きな魔物に踏みつけにされていた。隻腕のバフォメット。薬事犯を追っかけた先で遭遇したまさにあの場所で、あのとき対峙した双頭の山羊に」


「王の復権、ですね」


 ツルタ氏の相槌にうなずく針井氏。


「驚くべきことに、山羊はオーガの族長を殺しませんでした。血だるまにはしたものの命は奪わなかった。要するに、承伏させたのです」


「クスリを食べて知恵づいたってことですか?」


 水面が口にした思いつきに、針井氏が静かに応えた。


「そこまではわかりません。ただ、影響があった、とは僕も思っています。いずれにしろ、バフォメットは意図的に第四層の支配を行っていたのです」


 正直、いままでの魔物の行動に、種族を横断する社会性を感じたことはなかった。捕食する者とされる者の関係はあっても、協力して何かをするとか別種の誰かに従って群れるとか、そういうイメージはついぞ浮かばなかった。それが……


「王国の誕生……」


 思わず口を突いて出た俺のつぶやきを針井氏が拾った。


「そう。そうです。王国が立ち上がったんですね、バフォメットの」


 話をいったん締めた針井氏は、ジョッキに残った最後のビールを飲み干した。

 俺は考える。


 第四層に王国を築いたバフォメットはそれに満足しただろうか? クスリを取り込んだことで拡張した欲望は、その程度で収まったりはしないかもしれない。一方で、俺たちのやったジェノサイドは二層の魔物を下に追いやることになった。三層にかかった圧は、当然その下にも影響しただろう。まして一層、二層は不可逆的に変貌し、王塚綺羅星(スタア)を頂点とする人間の王国に差し代わっている。

 どこかで激突が起こる……。


「今日、ランボさんが使った爆弾、雷撃のようなものでしたっけ、あの衝撃はひとつ下の(フロア)にも響きました。僕が気づけたということは、魔物たちの知覚と同義です。さらに殲滅した相手が悪い。あそこで死骸になっていた仔山羊どもは、バフォメットの子どもです。彼らの情がどの程度なのかは不明ですが、あれだけの知能があるのだから報復を企図しないわけはない」


 全身に悪寒が走った。


 なんてこった。俺は魔物の王の怒りを買ってしまったのか。


「あの仔山羊どもは先月あたりから登場し、四層内を秘密警察のように回っていました。いままでの四層にはいなかったオークなどの上層魔物を、群れで追い詰めて捕食してるのを目撃したこともある。第三層で見たのははじめてですが」


 ヤバい。ヤバいよ。話はさらに深刻じゃん。俺が消し炭にしちまったあいつらは、王様の親衛隊だったのかよ。

 もし俺がバフォメットなら、今日の仔山羊殺しを単なる不幸な事故だなんて考えない。それはもう絶対、まったく、これっぽっちも。むしろこれは、人間の、王国に対する宣戦布告そのものじゃねえか。


 俺の怯えはツルタ氏にも伝わっているらしい。目配せを交わした彼は、重々しくつぶやいた。


「全面戦争になるかもしれませんね」

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