第45話 日常回 ~そういうのが本編よりウケたりするのはよくあること~
厚切りのトーストを並べていると、テーブルの隅で姉妹がタブレットを見ながらにやついている。横から覗き込むと、俺たちに動画『ダンジョン最先端TV』のロゴが見えた。アップしたばかりの配信チェックをしているのだろう。
てか、なんか笑えるのって撮ってたかな?
「見て見てランボ。ほら」
鏡華が向けてきたタブレットの画面はひどく暗い。囁くように絞った鏡華の声がモノローグで乗ってきた。
「今朝はメンバーの寝起きドッキリをお送りしちゃいます。って言っても、早起きダンディはすでにリュウと散歩に出ちゃってるから、今回は残りの二人のどっちか」
人差し指を唇に当ててしぃーっとやる鏡華の自撮り映像。わざわざヘルメットまでかぶって。上げたフェイスガードの下でころころと表情が変わる。
さっそくコメントがついてきた。
―― 妹ちゃん期待!
―― 寝起きのミナヨちゅわん!
―― これこれ、こういうのでいいんだよ。
―― パンツ脱いで待機中
画面はヘルメットのカメラと切り替わった。ヘッドライトに浮かび上がるのは布団のかたまり。ベッドの角のポールに掛かっているタオルのロゴは……『ビースティ』。
「あ、これ、今朝の?!」
思わず声をあげる俺に構わず、画面は流れる。映されているのは、紙皿に乗ったスライム。むろん生きてるやつじゃなくて、乾燥させたのを水で戻した食材の方。
―― ヤヴェー色の緑
―― スライム、生きてんの?
―― ぬめぬめwww
―― まさかそれを?!
鏡華の右手がそぉっと掛け布団を持ちあげる。布団の陰で標的の顔はまだ見えない。左手で持った紙皿を標的の上で斜めにして……。
「トンデモねえことしやがって!」
怒鳴り声をあげた俺に、鏡華と水面が大笑いする。反対側から覗き見ていたツルタ氏も笑ってやがる。ご丁寧にリュウの奴まで尻尾を振って。
画面の中で飛び起きた俺は完全にパニックに襲われていた。よれよれのTシャツにボクサーパンツという情けない格好で叫び声をあげながら、顔にへばりついた緑のぬるぬるを必死で剥がしている。
―― カレー担だったぁあああ!
―― だよね。ここでミナヨタソのパジャマがくるワケないか。
―― ランボ乙wwww
―― 準備してたのに_| ̄|○
ジタバタする俺を背景に大笑いする鏡華のカットで動画は終わった。
「酷ぇ」
憤慨する俺をスルーして、笑いを噛み殺した水面がカウンターの数字を読み上げる。
「こんな朝なのにいい感じで伸びてます。通勤時間に合わせたのが成功したみたい」
「たまにはこーゆーのもいいかもね。ランボの受難編、みたいな」
「結局、俺はいじられ役かよ」
憤然と座り込むと、冷めてしまったトーストに手を伸ばす。だが一方で、俺はこの平和な時間を楽しんでもいた。
⌚
十月終盤、第三層のエリア化はそこそこ進んでいた。先達がつくったエリア地図で言えば七割くらいはクリヤした感じ。とはいえ、鏡華の寄り道癖もあって、俺たちが見つけた脇道もかなりある。上の層もそうだが、フロア全容解明にはまだまだ時間がかかりそうだ。
この前のような種族間衝突には出会ってないが、第三層特有の魔物、ミノタウロスやマンティス、それと奴らの捕食対象と思われる虫とは遭遇している。とくに虫は面倒で、放電玉でも根絶できないことがある。壁や床石の奥に逃げ場があるのだろう。
「ねえランボ。このポスト、あんたの関係じゃない?」
本日最後となる基地局設置を終えた交接点で、導通チェックを行っていた鏡華が俺を呼んだ。貼り残したステッカーを水面から受け取っていた俺は、仕舞い終えてから近寄った。
「導通確認だけで十分なのに、なにエゴサーチとかやってんだよ」
「ほら、これ」
俺の注意なんてまったく聞く気がないらしい。差し出されたスマホを渋々と覗き込む。
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ランボのベッドに掛けてあるタオルって、ビースティのオフィシャルのじゃね?
#ダンジョン最先端TV
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キャプチャー画像とともに投稿されているそのポストは、知らない投稿者のものだったが、少なくともビースティ―の活動を知っている人のようだ。受け取ったスマホをいじり、投稿者のプロフィールと過去ポストを見てみた。
「けっこうなガチファンみてぇだ」
ざっと見ただけでも二割くらいはビースティ関連だった。サスケ姉妹のも一割くらい。コンテンツの発信はしていないみたいだが、フォロワー数も三千を超えてるし、そこそこ活動的な投稿者のようだ。
「ほら、こっちの記事なんか、ビースティ公式がリポストしてるよ。もしかしてランボも公式に見つけられちゃうんじゃない?」
肘で俺のわき腹を突きながら鏡華が煽ってくるが、そんなのに構っちゃいられない。
「そんなワケあるかよ、あんな一瞬だけのカットで。んなことより、油断してっとヤヴァイのが出てきたりすんぞ」
俺の台詞の所為ではないはずだが、足下でこっちを見上げていたはずのリュウが横に首を振って身構えた。光の届いていない細い側道に向かって、低い唸り声をあげている。素早くスマホを仕舞った鏡華も臨戦態勢をとった。
奥からのそのそと現れたのは、白っぽい小柄な動物だった。
「仔山羊?」
毒気を抜かれたかのように漏れ出た鏡華のつぶやき。
たしかにこいつは山羊の子どもだ。それも、相当愛らしい。
背後から「きゃあ」という歓声があがった。水面の声だ。
「かっわいいいいいいぃ❤」
振り向くと、持ったばかりの荷物を両脇に下した水面が直立不動で見入っている。
目がハートになってるよ。
ツルタ氏は脱力していつでも動ける構えに入っているし、リュウも臨戦態勢を解いてはいない。でも、どう見ても無害。おっさんである俺でさえ庇護欲をそそられずにはいられない可愛さだった。
まるで無防備な様子でよちよち歩む仔山羊は、鏡華の数歩手前で立ち止まると、きょとんとした貌で見上げてきた。
黄色い声をあげて走り寄ったのは水面だった。仔山羊の目の前にしゃがみ込み、「どぉちまちたぁ?」と顔を寄せる水面。
その瞬間、仔山羊の頭が百合の花のように開いた。




