第43話 媒体化 ~スポンサーロゴっておしゃれなのが多いよな~
トヴォトリエの催事場整備はちゃくちゃくと進行していた。
エントランスサイドの左右、円弧を描く形で何重かに取り囲む階段席には、最上部分を周回する自由通路と地上とを結ぶ放射状の階段が手摺まで設置され、さながらスタジアムの様相を醸している。
後片付けをする職人たちの動きを眺めていた俺は、タブレットから話しかけてくる荏原の声で視線を戻した。
「気づいてなかったんスか? 尾仁川サンの返済用口座には今月アタマから広報が入金してるんスよ、五万ずつ」
「わかるわけないよ。聞いてないんだから」
「困るなあ。口座の状況は毎月ちゃんとチェックしてくれないと。せっかくの僕の好意が無駄になっちゃうじゃないスか」
おまえの「好意」なんて裏も思惑もあり過ぎだろ、と言い返したい気持ちはひとまず押さえ、俺は荏原が提示してきた提案を考えた。
絶縁スーツやヘルメットを広告媒体にすればいい、という案。広報からの入金というのも、俺の黄色いスーツの背中にだけ印字されているクソネットの社名ロゴを広告として取り扱うよう荏原が仕切ってくれていたというのだ。
「尾仁川サンは撮れ高が低くて地味だから月五万でも高過ぎだけど、女の子ふたりの背中だったら楽勝で三倍いけますね。年間契約で二百万くらい。ダンディさんやわんこくんでも倍はいける。や、わんこの方はもっといけるかも……」
サッカー選手のユニフォームみたいなもんかな。
思わず口に出ていたらしい俺のつぶやきを荏原が拾った。
「どっちかっつーとF1パイロットの方スかね。まあ基本、おんなじことっス。あとで媒体資料の参考例を送っとくっス」
「話はわかった。たしかにグッズづくりなんかよりこっちの負担は少なそうだ。視聴者個人の財布を痛めないってとこも気に入ったよ。おまえさんもたまにはいいこと言うな」
こいつのことだ。どうせ、代理店経由で紹介料の中抜きでもするつもりなんだろう。けど、それはお互い様だ。体じゅうにステッカー貼るだけで金になるんなら文句はねえ。
「いつも言ってんじゃないスか」と抗議する荏原に「鏡華たちと相談してみる」と返した俺は、奴に対して初めて礼を言って動画通話を閉じた。
ステッカー広告か。
機器設置作業のあと、いつも岩壁に貼りつけている蛍光文字のステッカーを俺は思い出した。
┌────
ここなら繋がる!
クラスタソリッドの5G
────┘
なるほどね。アレとおんなじってことか。どうせならかっこいいロゴがいいな。スポーツブランドとか。
タブレットをウエストバッグに戻し、俺はトヴォトリエの天蓋を仰ぐ。天井近くの壁面上部に埋め込まれたLED照明とプラズマディスプレイが、天蓋と広場を薄暮に染めあげていた。
⌚
「『タイバニ』みたいなヤツね! いいじゃん。かっこいいかも」
水面が開いたパソコンの画面を覗き込んだ鏡華が、俺の知らないアニメかなにかのタイトルで例えながら歓声をあげる。
「私、焼肉屋さんがいいな。あとスイーツとか」
「あたしは絶対ファッションブランド! グッチとかヴィトンとか」
好き勝手に盛り上がる姉妹のうしろから、俺も画面を覗き見た。荏原から送られてきた資料は、とあるレーシングチームの媒体資料だった。ヘルメットから始まって、背中、胸、腕など身体の各部位に貼りつける広告ワッペンの位置とサイズ、それに契約料がシルエットの図解と併せて記載されている。
左肩と腹に申し訳程度に貼られる小型のワッペンのセットが『ジェネラルスポンサー』とカテゴライズされている。その年間契約料は……
二百五十万円?!
「こんなに稼げるんだ!」
目線を上げると、背中と胸に表示する大きめサイズの『メインスポンサー』は一千万円の値付けがされていた。
「ヤバいよ。ヘルメットの小さいステッカーでも百万だって。もうこれはやるしかないじゃん」
鼻息を荒くする鏡華に水面も同調している。
「私、すぐ資料つくります。視聴データとかを載せればいいんですね」
「これ、どうやって売り込んだらいいの?」
「なんか、広告代理店を紹介するってメールに書いてあるよ」
楽しそうにはしゃぐ姉妹にすっかり場をもっていかれた俺はツルタ氏と目を合わせた。眉を下げ、肩をすくめている。荏原の思惑はツルタ氏も理解しているのだろう。
まあいい。この件はもう、二人に任せておけばいいかな。
⌚
組み立て式のパイプベッドでも、質のいいマットレスを敷けば極楽の寝心地を得ることができる。俺はそれを、ここに寝泊まりするようになって初めて知った。
鏡華が激しく薦めてくるので経費で買ったこのマットレスは、彼女たちのスポンサーの商品だ。二人はこういうアイテムを動画やブログで紹介している。地上には月に一、二度上がる程度だが、彼女たちの社会とのつながりは相当なものだ、と思う。生活費はほぼゼロだしリアルな交遊関係があるようには見えないけれど、ネットでの彼女たちの存在価値はうなぎ登りだ。配信で投げ込まれるスパチャの量を見れば、そいつは一目瞭然だろう。
あいつらは、いったい何になりたいのかね。
俺はベッドの上で息をつく。隣ではツルタ氏が静かな寝息を立てている。普段は秘めたる精気を感じさせ、ついつい同世代と錯覚してしまう。が、こうして眠っている横顔を眺めていると、爺さんに片足を突っ込んだ還暦過ぎの実相がストレートに見てとれる。
きっと、俺の寝顔も見られてるんだろうな。
明りを落としているからか、洞窟を満たす空気の解像度が上がっている。特有の、静謐な匂い。湿度は感じる、でもべとついてはいない。家電の所為で広場より少し気温は高め。適度に沈むマットレスの重力と相まって、全身の無駄な力が抜けていく。
たしかにここは快適だ。自給自足ができるのなら、このままここで暮らしてもいいくらい……。
俺は頭を振って、スマホの画面を起こした。
いかんいかん。まだ俺には実生活があるはずだ。
白い光が漏れないよう掛け布団を頭からかぶり、俺は推しのウェブサイトを開く。ビースティの公式ページ。「十月末日メジャーデビュー!」の飾り文字が躍っている。俺は頬を緩めた。
そうだよ。今月はこれがあるんだから。
新着ニュースには直近のライブスケジュールが並んでいる。いつもならびっしり詰まっているはずのライブ予定が、「10/31 『スポドリ!』リリース」の前後一週間だけすっかり抜け落ちていた。スタートダッシュの大事な時期なのに、なんのプロモーションもしないはずが……。
トヴォトリエのオープンでのシークレットライブ……か。
画面を閉じて目をつぶる。
明日の午後は早仕舞いして地上にあがろう。家からライブ用推しグッズを取ってこないと。




