第42話 宝探し ~レアアイテムもお宝も、一朝一夕には見つからない~
「あれ、もしかして宝箱じゃない?!」
洞窟内をヘッドライトで窺っていた鏡華が、奥の壁際に張り付くように置いてある異物を見つけて叫んだ。
第三層の主要隧道から外れた細い支道の、ともすれば見落としがちの壁の隙間からさらに入った先の洞窟である。こんなとこ誰が入ってくるのだという穴場だが、針井氏から聞いた武器のドロップダウンを真に受けた鏡華がことあるごとに人のいかなそうな道を選びたがるのだ。
元々の目的が「迷宮全域のエリア化」だから悪いわけではないんだが、俺としては先にメインの道を押さえてからにしたいのが本音。だが、鏡華はそれに反論する。
「探索者の足跡がついてるメインの道だけちんたら整備してたら、せっかくのお宝ゲットのチャンスを先取りされちゃうじゃん」
ヘルメットの光源だけをたよりに、真っ先に遺物に駆け寄るのは鏡華。こいつには、警戒心というものがないのだろうか?
白い光に浮かび上がるそれは、確かに宝箱っぽい。だが、さほど大きなものではない。手前に立つ鏡華をものさしにすれば、およそ五十~六十センチの横幅といったとこか。
あのサイズじゃとても剣なんか入ったもんじゃねえ。せいぜい斧がいいとこ。いや、万が一宝石的なものがゲットできれば一発逆転もワンチャンあり得るが。
俺の思惑をよそに、鏡華が箱に手を伸ばす。まるでおもちゃ屋の店先でお気に入りのガチャガチャを見つけたくらい無造作に。
その瞬間、箱の方から上蓋が開いた。いや、あれは蓋じゃない。上顎だ。
前世紀の子供向けアニメみたいに歪んだ輪郭で瞬く間にサイズを伸長させた蓋が、牙を剥いて鏡華の腕に喰らいつく。
思わず目を閉じてしまった俺の耳に、場違いなほど間延びした台詞が届いた。
「あっぶな。食われるとこだったよ」
声の主は鏡華だった。
【精度】を発動させていたのだろう。自分の身体の動きを時差無しでイメージ通りに再現できるこの能力は、マスター級の太極拳使いである鏡華の身体能力を、さらにあり得ないレベルにまで押し上げている。刹那に等しい魔物の必殺の罠も、知覚から動作までのタイムラグゼロの鏡華なら「あっぶな」で済んでしまう。
「おねえちゃん大丈夫?!」
俺にも理解できるワンテンポ遅れの水面の反応に、鏡華は涼しい顔で答えた。無傷だった右手をぶらぶらさせている。
「ミミックだったみたい。いきなり噛みついてくっからちょっとびびったけど、平気だったよ」
「や、おねえちゃんじゃなかったら食べられてたし……」
まったくだよ。
「ランボ、電撃玉貸して」
涼しい顔の鏡華にあきれる俺は、無言で緑色の黒玉Bを差し出す。黒玉を掴んだ鏡華は、自然な動きでもう一度その手を宝箱にかざした。間髪置かずコマ落とし映像のように開いたミミックの大口は、空間に取り残された黒玉だけを咥えこんですぐ閉じた。
ひと呼吸おいて、くぐもった爆裂音とともに宝箱が地面から跳ねあがった。
茹で上がったハマグリのようにぱっくりと口を開けたミミックは、宝箱の擬態が解けてだらしない舌をはみ出させている。
「がっつり噛んでくれたみたいね」
殻のような箱の内側にへばりついた内臓は湯気のような煙をあげて、まるで調理済みの巨大な生牡蠣だった。蝶番の役割をしていたのであろう柱部分は、鍛え上げられた筋繊維がぶちぶちと破断している。
「もったいないなあ。食材屋が来るまでに腐っちゃうよね、これ」
「迷宮は適温だから、調理済みでも足早いもんね。燻製とかにできるとマシかもしんないけど、火も煙もご法度だし。お日様ないから天日干しもムリ」
「やっぱ塩漬けしかないのかなぁ」
ライトの光をたよりに臓物剥き出しのグロい死体を検分してる最中でこの会話、鏡華も水面も慣れすぎだろ。と思ったら、うしろからツルタ氏まで口を挟んできた。
「フリーズドライならいけるのではないでしょうか。あまり大掛かりになると機器の排熱が問題になりそうですが」
「貝の肉ってフリーズドライとかできるんですか?」
「緑イ貝というのがあったはずです。ムール貝に似てる貝。ペット用食品の陳列棚で見た記憶があります」
水面に応じるツルタ氏の無駄知識を聞き流しながら、俺はドライバーでミミックの内臓をつついていた。胃だか腸だかのすきまに金属の反射が見えたから。
青白く濡れた肉をおそるおそるめくると、円形の物体が現れた。これは……
「腕時計、か」
バンドはなくなっていたが、時計部分は目立つ傷もなく綺麗なままだった。ガラスの内側で、ネズミのキャラクターの白手袋が三時を指差している。
「三時のおやつ、とか。……って、笑えないよな」
⌚
フードコート前にたむろしていた食肉業者に穴の場所を伝えた俺は、池のほとりを通って三人と一匹が待つBCセカンドに戻った。携帯していたギヤはすべて所定の位置に仕舞い込まれ、普段着に着替えた三人が食事の準備を始めていた。今夜はグラタンとバケットがメインのようだ。
「今日は何か所だったっけ?」
俺とツルタ氏用の寝室で黄色のコスチュームを脱いでいると、パーテーションのパネル越しに鏡華が尋ねてきた。
「DAS二か所にメッシュWiFiが四セット」
「てことは都合四十万円か。けっこういいペースじゃない?」
たしかに、と俺はうなずく。
返済用の取り分は半分だから二十万。このペースで月間二十五日稼働すれば設置ボーナスだけで月五百万稼げるから、予定返済額の三分の一は充当できる計算になる。
とはいえまだ三分の一。それにこのペースで設置し続けられる保証もない。
「配信の方はどんなもんなんだ?」
逆に尋ね返してみると、パネルの向こうで「どうなの~?」とスルーパスする鏡華の声。パソコンのキーを叩く軽快な音に乗せた水面の返事が聞こえてきた。
「先週もいい感じでしたよ。広告収入とスパチャ、メンバーシップ、それに案件を合わせると……手数料引いても三百万にあとちょっと、ってとこですね。このペースなら月収千三百万も狙えますよ」
「マジか!」
「まあ経費や食費、それに私たちの取り分を差っ引くと、会社に残せる分は一千万を切るでしょうけど」
一千万か。会社に入る分を右から左に返済に回せば、荏原から提示された月割り返済額を設置ボーナス分との合わせ技でクリヤすることができる。が、そういうわけにはいくまい。借金は俺個人に課せられたものだし、会社と俺はイコールじゃない。
「グッズとかつくればもっとイケるかもね~」
水面の報告に鏡華の軽い台詞がかぶさってきた。
「グッズねえ」
たしかにアリかもしれないが、準備にかかる時間や膨らむ経費は無視できない。こっちの仕事が圧迫されては元も子もないのだ。
着替えを終えてダイニングに向かうと、ちょうどバケットを切り終えたツルタ氏が視線を向けてきた。
「荏原さんに相談してみるのはいかがですか?」




