第99話 「最後の選択」
直之がメールを受けたその日の朝。
まだ登校時刻よりだいぶ早い時間だと言うのに、生徒会室には既に数人の生徒が集まっていた。
「よし、明日の司会進行の台詞はこんなものかしら」
生徒会長の席に座る工藤沙耶香の言葉に、書類整理などをしていた他の生徒会メンバーが彼女に駆け寄る。
「ついにできましたか!」
「結構時間かかりましたね」
「それだけ気持ちが篭ってるってことっスもんね!」
「え、えぇ。ここまで待たせてしまってごめんなさい。あとはこれを人数分コピーするだけね」
メンバーの圧に少し戸惑いながらそう答える沙耶香に、1人の男子生徒がすぐに出来上がったスピーチ用紙を受け取りにかかる。
「俺が印刷室行ってきます!」
「そ、そう?じゃあお願いね、笹原くん」
「はい!お任せ下さい!!」
紙を受け取るや否や、すぐさま生徒会室を飛び出し、誰もいない廊下を駆け抜けて行った。
誰もいなからといって廊下を全力疾走する彼を見て頭を抱える沙耶香だが、同時にあの時のことを思い出していた。
(初めて彼と会った時も、あんな風に走っていたわね)
あの時の情景を思い出し、小さな笑みを浮かべていた沙耶香に、生徒会メンバーが声をかけてきた。
「会長!」
「え、な、何?」
「会長ってやっぱり、副会長と付き合ってるんですか!?」
「えぇ!?」
突拍子な言葉に声が裏返ってしまう。
「な、なんでそう思うの?」
「だって、めっちゃお似合いじゃないですか〜」
「そうそう!美男美女でどっちも成績学年トップ!これ以上ないくらいお似合いじゃないッスか!」
メンバーの1人の絶対的根拠に他の生徒達が深く頷く。
確かに、それだけ聞けば、とても釣り合いの取れたお似合いの2人という認識ができる。
その認識に間違いはない。が……
「……確かに、笹原くんはとても優秀で頼りになるわ。でも、それとお似合いかとでは少し違うと思うの」
表面上だけでは測れないものがある。それに、お似合いかどうかではなく、その人の気持ちが1番大切なこと。
彼女はそう付け加えて自分の考えを皆に伝えた。
「そうですか……でも、副会長は絶対に会長のこと好きですよ!!」
「そ、それは……」
無論、沙耶香もそれは分かっていた。
相当鈍くなければ、あれだけ強く向けられる気持ちに気づかないわけがない。
しかし……。
「勿論、知っているわ。笹原くんが私のことを……というのは。でも……」
彼女が一瞬空けた間に、メンバーの誰もが悟った。
そして1人の女子生徒がそれを口にした。
「あ、もしかして会長、好きな人いるんですか!!?」
『……ッ!』
予想以上に大きな声だったため、ここにいる全員がピクリと体を反応させる。
そして当の沙耶香はその驚きと同時に顔一面を赤くした。
「そ、そそそそそれは……っ」
いつも冷静沈着な生徒会長の激しく動揺する様を見て楽しく感じたのか、その女子生徒はニヤリとしながら更に追い討ちにかかる。
「あ、やっぱりいるんですね!誰ですか!!教えてくださいよ!」
女子生徒の勢いにあわあわとする沙耶香を見て、他のメンバーも、「ちょっと可愛い」と思い、便乗しだした。
「俺も知りたいッス!」
「同じクラスの人ですか?」
「そもそもこの学校の人なの?」
複数人からの圧により、今にも沸騰しそうになっている沙耶香。
そんな状況を鎮めるように、生徒会室の扉が開けられた。
「印刷してきましたよ」
「あ、ありがとう笹原くん」
詰め寄ってくるメンバー達から逃げるように、笹原から印刷した用紙を受け取りに行く。
「副会長聞いてくださいよ!会長に好きな人いるらしいんです!」
先程の話を女子生徒がすぐさま笹原へ教える。
が、彼は顔色ひとつ変えずに言い返した。
「あぁ……知ってるよ」
「ちょ、笹原くんっ……!?」
まさかの返答に沙耶香はさっきよりも焦燥の色を見せる。
彼は言わないと思っていた。なのにどうして……っ。
しかしその直後。
「え、誰ですか!!教えてください!!」
「……誰かは知らない。俺が知ってるのは、会長に好きな人がいるってことだけだ」
それを聞いた瞬間、沙耶香の顔色は戻り、拍子抜けしたように口を小さく開いた。
だって、そんなはずはないから。
彼は知っている。私が想いを寄せている相手のことを。
でもどうして……。
────いや。
本当は気づいていた。
彼がその名前を口にしなかった理由を。
橋田直之に想いを寄せていることを頑なに認めない、そのわけを。
ずっと前から知っていた。
それほどにも、彼が沙耶香に向ける想いは強い。
それこそ、彼女が橋田直之に向ける想いと同等か、それ以上に。
「えぇ〜、つまんな〜い」
「悪かったな。ほら、そろそろ他の生徒が登校してくるんだから、俺達も自分の教室に戻るぞ」
その会話を節に、生徒会メンバー達は各々の教室に向かい始めた。
そして最後に生徒会室に残ったのは、沙耶香と笹原だった。
「あの、笹原くん。私……」
何を言うか全く決めていなかったものの彼女は無意識にそう切り出す。
が、すぐにそれを遮るようにして笹原が口を開いた。
「俺、何も諦めてませんから。会長のこと……」
そう言いながら、笹原は生徒会室の扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。
「だから会長は気にせず、自分の気持ちを大事にしてください。俺も勝手に、自分の気持ちの通りに動くので」
彼の放ったその言葉には、沙耶香への気遣いだけでなく、自分の強い意思表示が感じられた。
それだけ言って笹原は生徒会室を出ていく。
1人になった沙耶香は、今言ってくれた言葉を思い出し、自分が今、どうあるべきかを再確認する。
笹原裕翔の気持ちを考えると……と、動揺することもこれまでに多くあった。
しかし、もう迷わない。
────私が好きなのは、橋田直之くんなのだから。
伝えるべき想いはすでに彼に伝えた。
あとは、彼からの答えを待つだけだ。
どんな結果になっても。
例え……自分が選ばれなくとも。
私は、自分の気持ちを大切にする。
「恋」という、美しい感情を教えてくれた彼との思い出、彼への気持ちを、これからもずっと持ち続ける。
気持ちを新たにし、彼女は生徒会室を出ていった。
───時は流れ、現在は帰りのホームルーム。
文化祭前日ということもあってか、今日はやけに担任の話が長かった。
しかし、俺は今朝貰ったメールのことが気になりすぎて、それほど長いとは思わず、いつの間にか話は終わり、下校のチャイムが鳴り響く。
「それじゃあいつも通り、教室に残るならあまり遅くならないようにな」
それだけ言い残し、担任は教室を出る。
直後、プツンと糸が切れるようにして、教室内がざわつき始めた。
「ようやく明日だな!」
「なんか早かったよね!」
「それわかるわ!!」
クラスの皆、明日の文化祭が楽しみな様子だ。
それはそうか。あれだけ真剣に準備していたのだから。
そんな彼らの談笑から、ある男子グループの会話を耳にする。
「俺、明日の文化祭で宮下に告白する!」
「あー、出たよ文化祭マジック狙い」
「あんな可愛い子お前じゃ無理だろ」
「んなモンやってみねぇとわかんねーだろ!」
文化祭マジック───文化祭の盛り上がった雰囲気の中で告白すると、何故か成功率が上がるという都市伝説にも似た話だ。
まあ文化祭に限ったことではなく、大きなイベントがあるとその雰囲気に乗っかって告白するやつが増える。
実際に文化祭などのイベントでカップルになる男女はとても多い。
そして、そう言う俺もまた、文化祭マジックにあやかろうとしている者の1人だが。
ここまでズルズルと引き伸ばしてきた自分の情けなさを改めて感じ、苦笑いを浮かべていた。そんな時、後ろに座っていた和希が俺の肩を叩く。
「なあナオ」
「え、何?」
「いよいよ明日だな」
「あ、おう。楽しみだな、文化祭」
「違うだろ」
「え、何が……?」
「するんだろ、告白。お前も明日」
和希からその言葉を直接受けたのは初めてだったせいか、全身が痺れるような衝撃を感じた。
「……うん。そのつもりだ」
「そうか。で、結局誰を選ぶんだよ」
「そ、それは……」
俺はすぐに答えることができず、言葉を濁す形となってしまった。
本当は、間髪入れずに答えなければいけないことなのに。
俺の中で、まだ無意識の迷いがあった。
俺が本当に好きなのは、1番幸せにしたいのは誰なのか……。
もう決まっているはずなんだ。なのに。
その答えを手繰り寄せようとしても、直前でモヤがかかったみたいに、あと少しのところで見失ってしまう。
その理由が俺にも分からない。
「ま、それを決めるのはお前だ。でもな、これは俺のわがままなんだが……」
首に手を置きながら口篭る和希に俺は疑問符を浮かべる。
「俺は……春川を選んで欲しいって思ってる」
その言葉に俺は激しく動揺した。
和希からそんな台詞を聞くなんて思ってもみなかったから。
しかし、どうして彩乃なんだろうか。
そこだけがどうしても分からない。
「ど、どうして、彩乃を……」
「まあ、なんて言うかな……俺の目から見て、春川が1番頑張ってたからな」
言葉で表現するには難しそうで、彼が口にしたのはそんな曖昧な台詞だったが、俺にもそれはよく分かった。
彩乃は頑張っていた。色んなことに対して素直に、ひたむきに、一生懸命頑張っている。
文化祭の実行委員になったのもそう言った彼女の内面的なものがあるのだろう。
それは、俺に向けてくれる想いに対しても……。
「あいつが1番、お前に想いを伝えて、1番、好きになってもらおうと努力してると思った。俺はああやって頑張ってる奴を見るのが好きだ。だから春川には幸せになって欲しい……ってな」
「和希……」
和希はそんな風に思っていたのか。
今思えば、彩乃のことを1番近くで見ていたのは和希だった気がする。
「まあ、これはあくまでも俺視点のことだ。大事なのはナオ自身の気持ちだからな」
「俺自身の……」
何度も考えてきた。俺自身の気持ちのことを。
皆にそれを気付かされてきた。
特に和希には何度も何度も……。
だけど、和希でさえも俺の答え、気持ちを教えてくれることはない。
それは、俺が自分で見つけるものだから。
そうだ。大事なのは自分の気持ち。
あと残すのはそれだけなんだ。
「お前が誰を選ぼうと、どんな結果になろうと、俺はずっとお前の隣にいてやるよ」
そう言って和希は俺の肩を掴む手に少しだけ力を込める。
時折見せる彼の熱意が今日初めて直に伝わってきた気がした。
「あぁ……いつもありがとう、和希。お前と会えて良かったよ」
「何くせぇこと抜かしてんだよ。ほら、呼び出されてんだろ。さっさと行ってこい」
「おう。じゃあ行ってくる!」
最後に和希に背中を押され、その勢いのまま俺は彼女の待つ空き教室へと向かった。
放課後の空き教室。
人の放つ音は一切なく、ただ美しく煌めく夕日の光だけがその教室内を緋色に彩っていた。
そこへ響くドアを開ける音。
その音と共に俺は約束の空き教室へ入った。
すぐ様視界に映ったのは、夕日の輝きを全身に受ける1人の少女。
逢坂雅だった。
「久しぶり、雅」
夏祭り以来に会うから、本当に久しぶりだった。
沙耶香先輩とも会ってないが、彼女はそもそも実行委員長として忙しかったからだ。
だが雅には会えたはずなのに会えていない。
「う、うん。久しぶり、直之くん」
「メール見たよ。どうしてここに……?」
「……」
そう言いながら雅とのトーク欄を開き、少しずつ歩み寄っていく。
しかし、彼女からの返答はない。黙り込んだままだ。
「彩乃も心配してたぞ。体調でも悪かったのか?」
「う、うん。ちょっと、夏バテしちゃって」
「そうだったのか。言ってくれればまたお見舞いに行ったのに」
「……」
まただ。
雅は黙り込み、前髪にその瞳を隠す。
「明日の文化祭楽しみだな。明日はまた皆で出し物とか見て回れたらなあとか思ってるんだけど」
「……」
このどんよりした空気を変えようと明日の文化祭の話を切り出すも、彼女は少しも口を開こうとしない。
「ど、どうした?やっぱりまだ体調が……」
もしや、まだ体調が優れないのかと想い、少し彼女に近づく。
と、そんな時。
「あ、あのっ!」
「え、な、なに?」
雅の急な叫びに俺は動きをピタリと止めた。
そして次の瞬間、雅は後ろにまわした手に持っていたものを俺に向けてきた。
「これを……選んで欲しくて」
「そ、それは……っ」
彼女が持っていたものを目の前にし、俺は激しく動揺し、そして混乱した。
彼女が俺にみせてきたのは、よく見なれた3枚の選択肢カード。
いつもなら何も言わずに、その中から1枚を引くところだが、そんな簡単な話ではなかった。
そのカード3枚に記されていたのは……
1────工藤沙耶香先輩とお付き合いする。
2────春川彩乃さんとお付き合いする。
3────篠崎真帆さんとお付き合いする。
その3択が記されたカードを俺にみせてきていた。
「なんだよっ、これ……っ」
あまりにも衝撃的なカードの内容に俺は声を震わせる。
「これで……最後、だから」
そんな雅の言葉に、俺はついに体まで震えてきた。
だって、これって……なんで……っ、どうして、この選択肢に……っ。
─────お前がいないんだよっ。
この度もご拝読本当にありがとうございます!!
ついにこの作品も残すところ数話となりました。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます!!そして最後までお付き合い下さると幸いです。
まだまだ拙い部分は多々出てくると思われますが、最後の最後まで自分のできる限り面白い物語にしたいと考えておりますので、どうか皆様も応援よろしくお願いします。
そして最後に。残り3話しかありませんが、宜しければ評価やコメントの方をお願いします!不満などあれば、それも遠慮せずに仰ってください!すべて最後のスパートのモチベーションにさせていただきます!




