第100話 「開幕」
その日の朝はとても快晴だった。
夏を忘れさせてくれない蒸し暑さと共に、ある高校の体育館は、熱気と活気に満ち溢れていた。
「さぁ、今年もやってまいりました!文化祭の開幕です!!」
『イェーーーーーーイ!!!』
壇上に上がった生徒会メンバーの1人がそう言うと、体育館にいた全校生徒が、事前に生徒会から配布されていたうちわを頭上に掲げながら叫んだ。
「それではうちわに書かれているスケジュール通り、まずは生徒会が制作したオープニングVTRを見ていきましょう!」
その合図と同時に照明が消え、前にぶら下げられた巨大スクリーンに映像が流れ出す。
生徒達は皆、その映像に見入っていた。
だがそんな中、俺はスクリーンに目を向けず、ずっと上の空だった。
昨日からずっと、何も考えられない。
昨日、突然彼女からうけたあの言葉と、3枚のカードのせいで─────。
「これで……最後、だから」
そう言って差し出されたのは、特定の人物と付き合うと書かれた選択肢カード。
その中に、差し出してきた雅本人の名前はなかった。
「最後って……え、ど、どういうことだよ!」
「私が、直之くんに選んでもらうのは、これが、最後」
「ちがっ……そうじゃなくてっ!」
そうじゃない。
そんなことが聞きたいんじゃなくて。
なんで……お前がいないんだよっ。
俺の真意が言葉になる前に、雅はすぐに走って教室を出ていった。
どうして、雅はこんなことをしたんだ。
彼女がいつも俺に出してくる選択は、全て彼女がやりたいことだったはずだ。
それがなんで……この3択なんだよ。
雅の気持ちが分からない。
俺は……どうしたらいいんだ。
何も分からないまま、何も決められないまま、俺は文化祭当日を迎えてしまったのだ。
「はい、ありがとうございます!ダンス部によるダンスパフォーマンスでした!」
気がつけば1日目のスケジュールの半分が終わり、午後の部に差し掛かっていた。
ここまでの時間、俺は一体何をしていたんだろう。
せっかくの楽しい文化祭のはずなのに、俺はその4分の1を無駄にしてしまったのだ。
「これで1日目午前の部は終了です!これよりお昼休憩といたします!それに伴い、ここで各屋台の開店です!!」
休憩と屋台開店の言葉をうけ、生徒達が一斉に立ち上がる。
「出店するクラスの方はすぐに準備に取り掛かってください!!」
その呼び掛けの直後、うちのクラスも、代表者である女子生徒を中心に集合の合図がかけられる。
「みんなー!教室に入ったらそれぞれの持ち場についてねー!」
『おー!!』
その号令でクラスメイト達は一気に自分達の教室へ走り出した。
彼らの表情はとても明るく活き活きとして、この文化祭を目一杯楽しんでいるのがよく分かる。
でもそんな中、俺はどうしても皆のような表情にはなれずにいた。
「おいナオ。お前どうしたんだよ」
脱力したままゆっくりと教室に向かっていた俺にすぐさま駆け寄ってきたのは、同じクラスで親友の和希だった。
「……いや、なんでもない」
「なんでも無いわけあるかよ!お前……今朝からずっとそんなだよな。体調でも悪いのか?」
「大丈夫だって。ほら、俺達も早く教室に行こう」
「ダメだ。お前がなんで今そうなってるか聞くまではクラスの奴らと作業できねぇ」
そう言う和希の顔は、とても楽しそうとは言えなかった。
真剣に、和希は俺の事を心配してくれている。
それは、俺が和希にさせてしまっている顔だ。
「ごめん、和希。せっかくの文化祭なのにな」
「んなことはいいんだよ。お前さ、この文化祭で全部決着付けんだろ?ならシャキッとしてろ」
「決着……」
そうだ。俺は皆と約束した。
この文化祭で、俺は彼女達の中から1人を選ぶ。
俺が1番幸せにしたい人を決めるのだと。
これだけ待たせた。彼女達は今日まで、どんな思いで過ごしてきたのだろう。
こんな優柔不断な俺のためにずっと今日まで待ってくれていたんだ。
だから俺はここで決めるのだと覚悟した。
でも……。
「……俺は、どうしたらいいと思う?」
ふと、そんな言葉を零した瞬間、頭部に激しい衝撃を覚えた。
和希が俺に頭突きしてきたのだ。
「目ぇ覚ませよ!そんなもん、お前以外の誰が決められんだよ!!」
「……っ」
和希の真剣な眼差しと声は、俺の事をどれだけ考えてくれているかを教えてくれた。
「誰かに決めてもらうことじゃないんだよ。お前があの人達のことを、あの場所を大事に思ってんなら、尚更さ」
「和希……」
本来、俺は幻滅されても仕方ない事をしている。これまで何度もしてきた。
でも、和希は俺を見捨てないでくれた。
間違ってることは間違ってると言ってくれた。俺をここまで導いてくれた。
俺は彼女達だけでなく、ここにいる和希にも報いなければならないんだ。
「お前が何に悩んで今こうなっちまってるのか俺にはわからねぇ。だから教えてくれよ。悩みならいくらでも聞いてやっからさ」
先程の強い口調とは逆に、和希はそんな優しい言葉をかけてくれる。
「和希……実は……」
彼になら、俺は何でも話すことが出来る。そう確信し、俺は昨日あったことの全てを和希に話した。
「────て、いうことがあって……」
「なるほどなぁ……」
俺の話を聞き、何か考えるように和希は腕を組みながら目を瞑った。
「ど、どう思う?」
「うーん、まぁ……なら、そん中から選んじまえばいんじゃね?」
急にいい加減になった和希の表情に俺は思わず声をあげた。
「そ、そんな簡単にっ!」
「ま、それは冗談として」
「じょ、冗談かよ……」
こんな時でも和希は相変わらずだった。
さっきはあんなにかっこよかったのに、台無しだ。
「まあなんだ、それもさ、逢坂にだってなんか理由があんだろうよ」
「理由って?」
「んなもん俺が知るかよ」
「まあ、そうだよなぁ……」
俺もずっと考えてた。雅がどうしてあの選択肢カードを渡してきたのか。
どうして3択の中に自分を入れなかったのか。
…………あれ、もしかしてっ。
「も、もしかして、雅って実は俺のこと別にどうも思ってないのか!?」
今まで俺はとんでもない勘違いをしていたということだったりするのか!?
思えば、雅からはちゃんと告白されたことなかった。
もしかして俺……超キモイ勘違いしてた!?
そんな不安に駆られた時。
「いやそれはねぇよ。どう見てもナオのこと好きだろ」
「いやでも!」
「俺が保証してやっから」
「そ、そうか……?」
「そうだよ。ああもうめんどくせぇ……」
本気で面倒くさそうな顔をする和希を見て、俺はネガティブ思考を引っ込めた。
「まあでもよ。分かんねぇことを考えてても先には進めねぇんだしさ、やっぱ直接聞くのが1番だな」
「そりゃそうだろうけど……」
簡単に聞けることじゃないと思う。
少なくとも今は、雅とどんな顔して会えばいいか分からないし。
でもまあ、聞くしかないよな。
いつまで考えても分からない。分からないままじゃ、雅のことも、他の皆のこともちゃんと向き合えない気がする。
「……そうだな。うん、聞いてみるよ」
「おう。あ、でも1個だけ」
「え、何?」
「それを聞くのは、お前の気持ちが決まった時にしろ」
和希が1つだけ示してくれた提案に、俺はすぐに理解できなかった。
「それって……」
「言ったろ。大事なのはナオの気持ちだってさ。ぜーんぶ終わってから、逢坂に聞いてみればいい」
俺の気持ち……そうだよな。
他の皆だってそうだ。曖昧な気持ちで向き合うのはダメだ。
雅の気持ちを知る前に、まず俺の気持ちをハッキリさせないと。
いや、もう決まってるはずなんだ。
あとは俺がそれに気づくだけ。
それだけなのに……。
「うし、んじゃそろそろ教室行くぞ!クラスの足引っ張るわけにはいかねーからな!」
「あ、あぁ」
これ以上話していても仕方がない。
俺の勝手な悩みでクラスに迷惑をかけるわけにもいかない。
和希の言葉で、少しだけモヤが晴れた気がする。
クラスの誰かが呼びに来る前に、俺達は教室へと走って向かった。
そんな時……直之達の会話を近くで聞いていた1人の女子生徒がいたことに、2人とも気づいていなかった。
そして彼らが教室へと走り出すと同時に、女子生徒もどこかへ駆け出した。
俺達が教室に戻った頃には既に、諸々の準備が終わり、いつでも客を入れられる体制となっていた。
「もー!2人ともどこいってたの!」
案の定、実行委員の女生徒に怒られた。他の生徒もちょくちょく睨んでくる。
「あー、悪い。ちょっと2人で長めの便所にな」
「はぁ……まあいいわ。とにかく、これから沢山人がくるんだから、ガンガン働いてもらうわよ!」
彼女の気合いの入った声に俺達は背筋を伸ばし、「はい!」と揃って返事した。
「じゃあ瀬戸くんは表で客引きね」
「りょーかい!」
「それで橋田くんなんだけど」
「は、はい!」
「ドリンクサービス付けることにしたから、調理室で紙コップと、あとは予備の紙皿も貰ってきてくれないかな?」
「わ、わかった!」
女生徒の指示をうけ、俺はまたすぐに教室を出て走り出した。
こうして走っていると、少しだけ気持ちが落ち着く。
でも、考えることをやめてはいけない。
俺は皆のことをちゃんと考えて、答えを出さなければならないのだ。
雅のことも………。
と、そうしているうちに調理室に到着した。
中には誰もいないようだが、勝手に貰って行っても大丈夫なのだろうか。
その辺を確認しておくんだったな。
どうしようかと立ち往生していた時、トンっと誰かに軽く肩を叩かれた。
後ろを振り返ると、そこにはよく知った顔があった。
相変わらずのタレ目に何を考えているのかよくわからない小さな笑みを浮かべた少女。
篠崎真帆だ。




