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第95話 「夏祭り 8」

 



 1人30分の屋台巡りもようやく終わり、遂に今日の目玉イベントである花火の時間となった。



 和希の案内で少し歩き、たどり着いたのは祭り会場である神社から少し離れた場所に位置するビルの屋上だった。


 ここは今日の花火大会の時のみ開放されるらしいが、ほとんどの人がその情報を知らないようで、屋上にいたのは俺達の他に数組だけだった。



「よくこんなとこ知ってたな」


「まあな。家の親が今回の夏祭り運営に関わってたみたいでさ。ここのこと教えて貰ったって訳さ」



 そういえば、この辺りの祭りは町内会が取り仕切ってるってちさ姉が言ってたっけ。


 確か和希のお母さんが町内会の副会長かなんかだったな。なるほど、合点がいった。



 そんな会話の最中、どこからかアナウンスのような音が聞こえてきた。


 それは花火の1発目を打ち上げる合図のアナウンスだった。


 3、2、1という合図があり、その直後にヒュルルという音と共に花火が打ち上げられる。


 3秒程上昇を続けた後、鼓膜を激しく揺らす衝撃的な破裂音と共に、俺達の見上げる空に1輪の花が咲いた。

 色鮮やかなそれは、1発目を引き金とし、絶え間なく打ち上げられていく。


 その轟音は身体中に響き、他の全ての音が遮断される。


 しかし不思議と悪い気分はしない。


 空を見上げれば、多種多様な花火が視界いっぱいにある。


 俺は一言……美しいと思った。


 この美しい光景を、俺の大好きな人達と一緒に見られることに、これ以上ない喜びと幸せを感じた。



 花火なんて、もう何年も見ていなかったが、昔の俺はこの光景にここまでの感情を溢れさせることはなかっただろう。



 今日は来て良かった。


 皆と来れて本当に良かった。


 そんな風に花火を満喫している中、俺はふとさっきの屋台巡りのことを思い出す。


 今思えば、彼女達との屋台巡りには、花火の衝撃以上のものがあった気がする。


 皆との距離がまた縮まった気がした。


 まあ、篠崎のことは……更に謎が深まったりしたが、彼女も少なからず俺に好感を持っている……ってことなんだろうか。


 考えてもやっぱり分からない。



 でも、一つだけはっきりと言えることがある。


 俺はこの時間……皆とこうしている時間がずっと続いたらどれだけいいか。


 でも、そんな願望をいつまでも掲げている訳にはいかない。


 俺は選ばなければいけないんだ、と。



 そして、今俺の中にある選択肢に、この幸せな時間を全員と過ごすというものはないということも知っている。


 そして、今日の夏祭りで、俺の気持ちに何か変化があったような気がする。


 自分自身何がどう変化したか分からない、とても曖昧なものだが、俺は確信した。


 俺の気持ちが、あの中の誰か1人に向き始めているということを。





 気がつけば、花火大会は最終盤に差し掛かり、花火の数と音は最高潮になっていた。


 視線を横に移すと、皆花火に夢中になっている姿が映った。

 彩乃が何か叫び、沙耶香先輩が受け答えているみたいだが、俺から1番離れているのでよく聞こえない。


 と、そんな時。


 俺のすぐ隣にいた雅と偶然にも目があった。



「花火、凄いな!!」


「う、うんっ!!」



 花火の轟音に負けないように俺達は声を張り上げる。


 雅もここまで声を出せるようになっていたんだな。


 雅の成長に感動していると、続けて雅が口を開く。



「……楽しいね」



 とても小さな声だったが、確かに雅はそう言った。

 その言葉に、雅はどんな意味を込めたのか、どんな気持ちを込めたのか、この時の俺にはよく分からなかった。





 20分の花火大会はまるで瞬きのように過ぎていき、幸福の時間は夜空に漂う煙幕と共にゆっくりと消えていった。



 もう遅い時間になっていたこともあり花火の後は何をするでもなくその場で解散という形になり、俺達はそれぞれの家路についた。


 

 まだ煙の香りと衝撃音、人々の笑い声が体中に残っている。



 本当に良い夏休みになった。



 これ程までに充実した時間は、これまでになかった。


 そして、これからも多分ないだろう。



 ただ1つ、気がかりなことがあるとすればそれは……やっぱり雅のことだ。


 とても単純な言葉なはずなのに、そんな簡単な解釈をしてはいけないような……雅はあの言葉にとても深い意味を持たせていたような……そんな気がしていた。




 幸福感の中に僅かな懸念を残したまま、俺の……俺達の夏は終わった。


 そして───────







「それじゃあ今日からまたしっかりと勉学に励んでください」



 そんな言葉を最後に、校長は壇上をゆっくりと降りていった。



 そう。気がつけば、既に夏休みが終わり、今日から新学期である。




 あの夏祭りからおよそ1週間程あった残りの休み期間は特に何もなく、こうして今日を迎えることになった。


 そして未だにあの日のことが気がかりで仕方がない。


 しかし、これから新学期。皆とは……雅とは嫌でも顔を合わせることがあるだろう。


 いい加減この懸念を払拭しないと。


 そんなことを考える始業式となった。





 始業式を終え、各々のクラスに戻り夏休みの課題を提出する時間が設けられた。


 その後は新学期からのスケジュール説明や連絡事項を担任が話し、午前中のうちに今日の予定は終了した。


 長期休暇明けの始業式は憂鬱さえ感じるが、その日はほとんどが午後には帰れるので、実質休みだと考える人間も少なくない。


 しかし、うちの学校は夏休み明けの登校日、午後で帰れる者は少ない。


 その理由は────




「じゃあこれから文化祭に向けてがんばろー!!」


『イェーイ!!』




 教卓に立った1人の女子生徒の呼びかけに他のクラスメイト達も声を上げて応える。


 未だにこのノリには慣れない。


 それはさておき、夏休み明けからいよいよ始まることがある。


 どの学校でも必ずビッグイベントとなる……文化祭。


 それに向けた準備期間が本格的に始まるのだ。



「とりあえずウチのクラスはクレープ出すってことになったからよろしく!!」


『イェーイ!!』



 とまあこんな感じで、休みが明ければいつの間にかクラスでやることが決まっている。


 いちいちイェーイって言う理由はイマイチ分からないが……。



「役割とかも一応こっちで決めといたからね。わからないことあったら何でも聞いて」



 クラス内で立ち上げられた実行委員……つまり今、教卓に立つ彼女と他数名は、既に夏休み中から簡単な準備を進めておき、それぞれの役割分担まで決めてくれていた。


 準備を円滑に進めるには十分すぎるぐらいだ。



 そんな俺が準備の際に振り分けられた役割は、当日の会場である教室の設営と宣伝用のチラシデザイン、そして看板作りだった。


 ちなみに和希は実行委員達のグループに混ざって今後のスケジュールの相談。



 勝手に決められるのは腑に落ちないと言う人もいるが、俺としてはとてもありがたい。



 こうして、俺達のクラスは各々の役割に移り、時間制限なしの準備が始まった。


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