第96話
学校が始まって最初の文化祭準備。
俺の学校では、夏休みが終わってから本番を迎えるまでにそこまで猶予はない。だから休み明けのクラスはエンジン全開のようだ。
会場のテーブルの位置やデザインが決まった途端、実行委員の指示で全員が一気に動き出す。
材料の買い出しに向かう者、生徒会と教師達に出し物の申請をしに向かう者、そして早速クレープの試作に移る者達。
それぞれ役割を与えられる。
そんな中、俺が任を受けたのは……。
「ごめん橋田くん。今余ってる仕事無くて……」
少し申し訳なさそうな表情で実行委員である女子生徒が言った。
「あ、全然いいよ。でも何もしないって言うのも悪いし……」
みんなこうして頑張っている中、仕事がないからと言って何もしないのはサボっているのと同じだ。
昔だったら、ラッキーとか思って普通にサボっていたかもしれないが……今はそんなこと、微塵も考えなかった。
「うーん、そうだなぁ……あ、じゃあ買い出し頼んでいいかな?」
「わかった。何を買ってくれば……」
材料の買い出しは既に他の生徒達が向かっている。何か彼らに伝え忘れたことでもあったのだろうか。
「うん。飲み物とかお菓子とか買ってきて欲しいの。あと紙コップも」
「それって……」
「勿論お金は後で払うからね!今日は長くなると思うからさ、ちょっと欲しくなっちゃって」
「そ、そうなんだ……」
「うん。先生の許可は私が貰っとくから。すぐ近くスーパーで、ね?」
お願い、と言わんばかりに顔の横辺りで手を合わせ、上目遣いでウィンクする女子生徒。
俗に言う、ぶりっ子と言う奴なのだろうか。いや、まあ普通に可愛いとは思うが。
「わ、わかったよ」
「ほんと!?ありがと!!」
正直、ただのパシリじゃないかと腑に落ちない部分もあるが、これだけ喜んでくれるならパシリも悪くは無い、かな。
「みんなー!橋田くんがお菓子と飲み物買ってきてくれるからリクエストおねがーい!!」
俺の返事を受けた途端、教室内で作業する生徒達に声掛けをし、それを聞きつけたクラスメイト達が一気に押し寄せてきた。
「じゃあコーラとか適当に炭酸買ってきて!」
「私ミルクティー!!」
「スナック系のお菓子とか!あ、甘い系もね!!」
ほとんどが曖昧な彼らのリクエストをメモ用紙に控え、財布を持って俺は教室を後にした。
役割のレベルとしては最低としか言えない、所謂雑用だが、誰かからこうやって求められるというのは、悪い気分はしない。
1度しまったメモを取り出し、買う物を再度確認しながら廊下を歩く。
と、そんな時。
「せーんぱーい!!」
陽気な声と共に背後から駆け寄ってくる1人の女子生徒。
振り向くとそこには、彩乃の姿があった。
こういうのはもう慣れっこだ。
驚くようなことはない。普段ならそう、なんだが……。
「彩乃……っ!?」
視界に入ってきた彼女の姿に俺は目を見開いた。
今目の前にいる彩乃は本来学校で着用すべき制服ではなく、白と黒のコントラストがよく映えた、よくあるメイド服を身にまとっていたのだ。
「そ、その格好……っ」
「えへへ、可愛くないですかぁ?これ」
そう言いながら彩乃は身体を一回転させ、丈の長いスカートをひらりとなびかせる。
「いや、えっと……可愛いんだけど、なんでそんな格好を?」
「あぁ、私達のクラス、メイド喫茶をすることになったんです!それで、バイトしてる子から衣装貸してもらって!」
まあそれはそうか。こんな立派な衣装、高校生にはそうそう作れるものじゃない。
しかしメイド服か……アニメとかゲームではよく見かけたが、こうして本物を見るのは初めてかもしれない。
メイド喫茶なんて行ったことないからな。
「それで、せんぱいは今からどこに?」
「あぁ、まあ言ってしまえば雑用、かな」
「ふふ、なんかせんぱいらしいですね」
「あはは、確かに」
彩乃のことだ。お菓子と飲み物買いに行くとか言ったら、自分も着いていくとか言いそうだな。
まあ特に理由はないが、、一応ここはある程度誤魔化しておこう。
「それじゃあ俺はもう行くから」
軽く手を振りながら、俺は彩乃の隣を横切り廊下を抜けようとした。
が、またしても俺は彩乃に呼び止められる。
「せんぱい!」
「え、今度はなんだ?」
「一つ聞きたいことがあったんですけど」
「聞きたいこと?」
「はい。この間の夏祭り……」
そう切り出す彩乃の表情は妙に真剣だった。
「な、夏祭りがどうしたんだ?」
「花火大会の最後の方、雅さんと何か話してましたよね?」
「……っ」
意表を突くその言葉に俺は少し息を詰まらせる。
あの時……彩乃も俺達の会話を見ていたのか。
「……聞こえていたのか?」
「いいえ。でもあの時の雅さんの表情がその……変だったので」
花火の音もあり、1番遠くにいた彩乃に、会話までは聞こえていなかったようだが、あの時の雅の顔を見ていたのか。
そう。あの時……「楽しいね」と言った彼女の表情は、少し違和感を感じた。
口は笑っているが、それが心からの笑みには見えず、どこか悲しそうな、辛そうな……そんな面持ちだったんだ。
「あの時、2人はどんな話をしてたんですか?」
「いや、大した話じゃないんだけど……俺もそのことは気になってる」
「そう、ですか」
「まあ、次会ったら俺から聞いてみるよ。じゃあそろそろ行くな」
「はい。呼び止めてすみませんでした」
そんな謝罪に俺は「いいや」と小さく笑いながら答え、もう一度手を軽く振りながら廊下を走り出した。
彩乃と廊下で別れ、学校を出てすぐのスーパーに向かっていた時、俺はまたあの時のことを思い出す。
あの夏祭りが終わってからずっと、俺はあの日のことを考えていた。
雅の言葉、そして表情……それらに込められていた雅の気持ち……。
そして、そんな雅を見た時、俺の中でも何かがゆっくりと動き出したことを……。
俺の頭の中はそれでいっぱいになり、上の空だったせいか、交差点に差し掛かった時、信号が赤になっているにも関わらず、そのまま横断歩道を渡ろうとした。
しかしそんな時。
横断歩道を2歩ほど進んだところで、俺の肩をぐっと掴んで引っ張る誰かがいた。
その拍子で俺は我に返り、信号が赤になっていたことに気づく。
先程まで俺がいた場所には、直後に大型のトラックが通過していた。
俺はなんて危ないことをしていたんだ。
考え事で前が見えなくなるなんて……っ。
て、今はそんなことより、俺を引き戻してくれた人のことだ。
そう思い、後ろを振り向こうとした時、ちょうど背後から声がかかる。
「おい、何してんだよ。橋田直之」
それはとても聞き覚えのある声で、俺はゆっくりと後ろにいるその人に体を向けた。
そして、そこにいたのは……俺を助けてくれたのは────。
「君は………っ」




