第93話 「夏祭り 6」
「ごめん!遅れた!!」
そんな謝罪の言葉と共に、入口へ駆けていく俺を迎えたのは、ムスッと頬をふくらませた彩乃だった。
「もー、遅いですよせんぱい!」
「本当にごめん!ちょっと、色々あって」
篠崎さんとのことがあり、俺は集合場所への到着に5分程遅れてしまった。
1人30分という前提があるため、この5分という時間はとても重い。
「へぇ〜……色々って、何ですかぁ?」
言葉を濁したのが逆効果だったのか、彩乃は頬をふくらませたままジト目で俺を睨んでくる。
「あの人と、何かあったんですか」
「そ、それは……」
彩乃の視線は結構痛いが、あのことは彩乃を含め他の皆にも言えない。
まさか篠崎さんが、あんなことを言ってきたなんて……。
「と、とりあえず行こう!時間も押してるし!」
俺は現状を認識させ、彩乃の気を逸らさせるよう立ち回ることにした。が……
「それ、せんぱいが色々!あったからですよね?」
「ぐっ……」
あっさりと失敗した。
これも完全に逆効果……と、思ったが、彩乃の顔はさっきのようなものではなくなり、小さく溜息をつきながら続けて言った。
「はぁ……まぁ、ひとまずそれはいいです。せんぱいの言う通り時間が勿体ないので」
「そ、そっか……」
かなり精神に刺さるものがあったが、俺は安心に胸を撫で下ろす。
「じゃ、じゃあ早いとこ行こっか」
「そうですね。それじゃあせんぱい、とりあえず肘を曲げてください」
「え?こ、こうか?」
指示通り肘を軽く曲げる。すると、その際にできた隙間に彩乃が自分の腕をからませてきた。
「ちょ、えっ!?」
「せっかくのお祭りなんですから、このぐらいいいですよね?」
密着する彩乃は上目遣いで俺の真下からそう言ってくる。
ほのかに甘い香りと、柔らく暖かい感触がダイレクトに伝わってくる。
これは……すごいっ。
言ってしまえば、これは一種の暴力だ。
「よーし、じゃあこのまま行きましょー!」
「あ、あぁ……」
動揺が払拭できないまま俺達は入口を離れ、再び屋台の並ぶ一本道へと歩き出した。
これまでとは違い、彩乃は目に止まった屋台を片っ端から回るように動いていたため、歩く時間というのは少なく感じた。
ベビーカステラから始まり、りんご飴、かき氷屋と回り、現在はわたあめ屋の前に来ていた。
「おじさん、わたあめ2つください!」
意気揚々と2つのわたあめを頼もうとする彩乃を俺は慌てて止めた。
「お、俺はもういいよ!」
「え、そうですか?じゃあ1つで」
屋台主が2人分のザラメを機械に入れる前で良かった。
さっきから甘いもの続きで胸焼け気味だった。
彩乃は大丈夫なんだろうか。
「あいよ、わたあめ1つね」
そう言って店主が彩乃に渡したのは、とても1人分の大きさではないサイズのわたあめだった。
「お嬢ちゃん可愛からおまけな」
「いいんですか!?ありがとうございます!!」
特大わたあめに興奮する彩乃の隣で、俺はちょっと吐きそうになった。
こんなの俺だったら絶対食えない。
「んー!おいしい!!」
「そ、そっか」
とんでもないサイズのわたあめにかぶりつき、満足そうな表情をする彩乃を見ながら俺は顔を歪ませる。
「さ、次は何を食べよっかなぁ」
「え、まだ食うのか!?」
「勿論ですよ!次はチュロスとかチョコバナナがいいですかね!」
「うぇ……」
全部甘いものじゃないか。
どんだけ甘党なんだよ。
いかんな。このままだと俺が食べなくても、彩乃が食べてるのを見て吐いてしまうかもしれない。
なんとか彩乃の意識を甘いものから外さねば。
「そ、そろそろ食べ物はやめて、ゲーム系しないか?射的とか」
「うーん、そうですねぇ。時間ももうあんまりないですし、そうしますか」
「そっか。うん、それがいいと思う」
良かった。これで俺の胃と食道は守られた。
「たしかこの近くに射的があったはず……」
俺はさっきまでの記憶を辿り、辺りの屋台を一瞥する。
と、直ぐに射的の屋台が見つかった。
「あ、あそこだな」
指をさしながら、彩乃に屋台の場所を伝えた。が、返事がかえってこない。
気になって彩乃の方を見ると、彼女の視線は別のところに向いていた。
「あ、彩乃?」
「……せんぱい、あれって」
そう言う彩乃の視線の先を見ると、そこには1人の小さな女の子があたふたしながら辺りをキョロキョロとしていた。
「……迷子だな」
金魚すくい屋の傍で服の裾をギュッと握る少女。きっと泣くのを我慢してるんだろう。
ああいうのが視界に入ってしまうと絶対に放ってはおけない。
それは彩乃も同じだった。
俺達は相槌を打ち、2人でその女の子の傍に近寄った。
「どうしたの?お母さんとはぐれちゃったかな」
女の子と視線を合わせるためにしゃがみこみながら優しく声をかける彩乃。
それを見てほっとしたのか、女の子の目元から涙が零れてきた。
「お母、さん……ママ……うぅ、ママがいないのっ。う、うわぁぁああん!」
張り詰めていたものが一気に開放されるように、女の子は一気に泣き叫ぶ。
「大丈夫、大丈夫だからね」
そう言いながら、安心させるように彩乃は穏やかな笑みを浮かべながら女の子の頭を優しく撫でる。
次第に女の子はしゃっくりを打ちながら泣き止んでいった。
「お姉ちゃん達がママを探すの手伝うから大丈夫だよ」
「ひっく、うん……ありがと、お姉ちゃん」
完全に泣き止んだのを確認し、彩乃は俺の方に目配せしてきた。
「いいですよね?せんぱい」
「ああ、勿論だ」
聞かれるまでもない。ここで見放すような選択肢なんてないだろう。でも、1つだけ懸念があるとすれば……。
「なあ、彩乃」
「はい?」
残りの時間を無駄にすることになるけど、それでいいのか?
そう、言おうと思っていたが。
「あ、いや。なんでもない」
「そうですか?じゃあ早速探しに行きますか」
「そうだな」
俺は咄嗟にその懸念を言葉にするのをやめた。
彩乃は残りの時間を迷子探しに使うことを選んだんだ。俺は彼女の判断を尊重するだけだ。
そして俺達は間に女の子を置き、離れないように両手を握った。
10分ほど女の子と話しながら歩き回り、さっきまで女の子の顔に見られていた不安の色はすっかりと無くなっていた。
と、そんな時。
「はるか!!」
そう叫ぶ女性の声が背後から聞こえた。
それにいち早く反応したのは俺達が手を繋いでいる女の子だ。
自分の名前を呼ばれたからだろう。
「ママっ!!」
俺達から離れ、女の子はその女性の方へと駆け寄っていき、手を広げた女性へと飛び込んだ。
やっぱりお母さんだったようだ。
「ありがとうございます!」
息を荒くしながら俺達に向かって感謝の言葉を告げてくる。
このお母さんは相当走り回っていたのだろう。
「いえ、見つかって良かったです、本当に」
「ありがとうございます!!ほら、はるかもお礼言って」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがと!!」
お母さんと再会し、一層元気を取り戻した女の子も続いてお礼をしてくる。
「全然いいよ。ママ見つかってよかったね」
彩乃は再び女の子と視線を合わせるようにしゃがみ、ニコりとはにかんで笑いかけた。
「本当にありがとうございました。それでは」
お母さんが軽く頭を下げながら、女の子の手を取り踵を返す。
女の子は俺達の方を見ながら手を振っていた。
彩乃はしゃがんだまま、俺達は手を振り返す。
女の子が首を戻したのを見て、彩乃はゆっくりと立ち上がる。
「あはは。時間、無くなっちゃいましたね」
「そう、だな……」
うっすらと苦笑いを浮かべながらそう言う彩乃を見て俺は察した。
あの時はいても立ってもいられなかったんだろうけど、やっぱり気にしてたんだな。
こんな時、俺はなんて声をかけてやればいいんだろうか。
謝るのはなんか違う気がするし……うまいように言葉が出てこない。
と、そんな時、俺はさっきの彩乃の笑顔を思い出し、自然と口から言葉が漏れた。
「でも……あの時の笑った彩乃はその……すげぇ、可愛かったっていうか」
「え……っ」
後頭部に手を置き、ぼそりと零した俺の言葉を聞き、彩乃が急に動きを止める。
ゆっくりと彼女の方に視線を向けていく。
するとそこには、まるでリンゴのように顔を紅潮させる彩乃がいた。
「あ、彩乃?」
「み、見ないでくださいっ!!」
彩乃は咄嗟に両手で自身の顔全面を隠すように覆い、俺に背中を向けた。
「い、今、自分でもどんな顔してるのかわからないのでっ」
背を向けながらそう言ってくる彩乃の耳も真っ赤だった。
よく考えたら、こんな彩乃は初めて見たかもしれない。
どちらかと言うと、彩乃の方が俺をドキドキさせてくるようなあざと可愛いやつだと思っていたから、思いっきり恥ずかしがっているこの時の彼女はとても新鮮だった。
と、そんな時、ポケットに入れていた携帯が振動し始めた。
「あ!もう時間みたいですね!さ、早いとこ帰りましょ!ね!」
「あ、あぁ」
慌てた口調でそう言いながら歩き出す彩乃は、1度も俺に体を向けなかった。
行きはあんな積極的に腕を組んできたのにな。
今彩乃がどんな顔をしているのか想像しながら、俺は彼女の後ろを着いていくように歩き始めた。
そんな時、彩乃は顔一面を真っ赤にさせたまま小さく笑っていたことを、直之は想像できなかった。




