第91話 「夏祭り 4」
本日2度目の入口スタート。
序盤は沙耶香先輩の時と同様、視界一面に見える屋台を眺めながらゆっくりと歩く。
「ねぇ橋田く〜ん。どこ行こっか〜」
「あ、そ、そうだな……えっと……」
「ん〜、どうしたのぉ?」
「あ、いや。あはは……」
俺の態度がどこか妙なことに一瞬で気づいた篠崎さんは訝しげな顔をする。
そして俺は尚更、動きがおぼつかなくなっていく。
なぜか……。
それは、俺達を見る周りの視線にあった。
沙耶香先輩の時もこの感覚はあった。
おそらく、彼女の品のある美しさに男女問わず誰もが釘付けになっていたからだろう。
しかし、今感じている視線はどこか妙だ。
確かに、篠崎さんも沙耶香先輩に負けず劣らずのビジュアルだから、周りからの視線は予想出来る。
が、今回のは違う。
感じる視線は全て……男のものだった。
そして、彼らが何を見ているのかは、同じく男である俺は直ぐに理解出来た。
浴衣を身にまとっても尚、余りあるその胸部。
普通、女性が浴衣を着ると帯を巻く際に多少の圧迫があるため、胸部がある程度なだらかになるらしい。
胸の小さい女性の方が浴衣が似合うのは、圧迫感がなく自然に着付けることができるというのが理由の1つだろう。
しかし、篠崎さんはその圧迫感などまるで相手にならない程の圧倒的、暴力的な大きさだったのだ。
こんな人が普通に歩いていたら、男は本能的に視線を向けてしまうのだ。
それは、彼女と来ている彼氏であっても例外なく、だ。
そして、そんな篠崎さんの隣にいる俺は、他の誰よりもそわそわしてしまう。
話しかけられたら、彼女の方を見なければならない訳だが、そうすると俺は無意識に篠崎さんの胸に目がいってしまう。
意識的に顔を見ようとするも、すぐに気が抜けてまた視線が引っ張られる。
「ねぇ〜、本当にどうしたのぉ?」
そんな俺の気持ちを全く察してくれない篠崎さんはどんどん俺との距離を詰めてくる。
「いや、別に……そ、そうだ!さっきの話だけど、何か食べる?や、焼きそばとか」
また視線が篠崎さんの顔から離れていくのに気づき、咄嗟に別の話題を振って意識を逸らした。
「え?う〜ん……」
彼女は少し考え込むように目線を上へ向ける。
あまりお気に召さなかったのだろうか。
と、そんな時、何か思い出したように手を叩いた。
「そうだぁ、さっきすご〜いくじ引き屋さん見つけたのぉ」
「そうなんだ。じゃあそこに行ってみようか」
「うん、ついてきて〜」
そう言って、篠崎さんは俺の手を引いて歩き出した。
前にもこんなことがあったな。
良くも悪くも、読めない人だ。
しばらく篠崎さんに連れられ、到着したのは一見して普通のくじ引きの屋台だった。
「ここなの?」
「うん〜。ここの景品が凄いんだ〜」
そんな言葉を聞き、俺も屋台の奥にある景品が並んでいる棚に視線を向けた。
それを見て、彼女がここの何を凄いと言ったのかがわかった。
「ここ、色んなアニメのグッズが景品になってるんだよね〜」
「本当だ。凄いな!」
俺が今まで考えていた祭りのくじ引きスペースの景品となるものは、当たりで言うとゲームソフトやハード機器、ハズレだと風船とかシャボン玉とかだと思っていた。
しかし、ここにあるのは一風変わってどれもが割と特殊なものだ。
当たり所で言うと、大人気アニメのフィギュアやぬいぐるみ。ハズレだと缶バッチとかキーホルダー。
どれもアニメショップで売っているようなものばかりだ。
小さな子供も来れるように、キッズアニメの景品もちらほら見えるが、基本的には所謂ヲタク向けなものが多い。
普通の人間には分からないだろうが、俺のような人間にとってここはまさに夢のような場所だ。
まさか、祭り会場でこんなところに巡り会えるとは思っていなかったな。
「じゃ〜あ、せっかくだしぃ、ちょっと引いてみる〜?」
「あ、そうだね!よし、俺はとりあえず3枚!」
そんな風にして、俺達のプランはこの屋台でひたすら楽しむということになった。
「あ〜、くそ、またハズレだぁ」
「私もハズレちゃった〜」
お互いにハズレと書かれたくじを見せ合い、同じようなため息をつく。
「あはは、じゃあこれ、缶バッチ1つ選んでね」
屋台の店主は苦笑いを浮かべながら、缶バッチの入ったバスケットを差し出してきた。
ちなみにこれを見るのは4度目だ。
今のところ5回引いて缶バッチ3つとそこそこ当たりのキーホルダーが1つ。
「次はどれにしようかな」
バスケットを上から眺めながら、4つ目の缶バッチをどれにしようか悩んでいた。そんな時、
「これなんてどうかなぁ〜」
隣で見ていた篠崎さんがそう言いながら、缶バッチを1つ取り出して俺に見せてきた。
「これは……あ、閃光ドラのグエンだ!」
「正解ぃ〜」
以前話題に出ていたアニメのキャラで、でお互いに好きなキャラだったはずだ。こんなのまであるんだな。
俺達の会話を聞いていた店主は意外そうな顔をしていた。
「へぇ、お二人さん詳しいね。特にお嬢さんの方なんて」
まぁ、そう思うのが普通だ。
この作品を見ているのは大抵が男だ。それをこんな美少女が見てるとか、普通夢にも思わない。
しかし、これが現実であることを俺は知っている。
篠崎さんは本当にアニメや漫画が好きなんだ。
そしてそれは、俺にとってとても喜ばしいことだ。
「……あれぇ、どうしたのぉ?橋田くん」
俺の顔を覗き込んできた篠崎さんはどこか不思議そうな表情をしていた。
「え、どうって?」
「う〜ん、なんかぁ、橋田くん、嬉しそうだから〜」
今まで分からなかったが、篠崎さんの言葉で気づいた。
「そう、だな……うん、嬉しいかも」
いや、「かも」じゃない。実際に嬉しいんだ。俺は。
こんな風に何の気兼ねもなく自分をさらけ出せる開放感というのは、どうしてこうも心地よいのか。
「いやなんか……篠崎さんといるとさ、すごい自然体でいれるっていうか」
「……」
篠崎さんの質問に答えるようにそんな説明をした。が、彼女からの返事はない。
というか、彼女の顔にどこか……思い詰めたような表情が浮かんでいた。
「あれ、篠崎さん?」
俺がそう質問すると、彼女は急に歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
屋台のない暗がりの方へ進んでいく篠崎さんに俺は駆け足でついていった。
そして、彼女が立ち止まった場所は、祭りの光がギリギリ届くぐらい離れた森の傍だった。
「ど、どうしたの急に、篠崎さん」
「……ねぇ、橋田く〜ん」
俺の名前を呼ぶと同時に、彼女は俺の方へと体を翻した。
「あ、うん、何?」
「今、もし……私がぁ、付き合いたいって言ったら……橋田くんはどうするぅ?」
「…………え」
彼女の重くのしかかるようなその言葉は、後ろの祭り会場から聞こえる人々の声の全てをかき消した。




