第90話 「夏祭り 3」
俺達の夏祭りが始まった。
確かに、始まった……のだが。
「……」
「……」
周りからは人々の幸せそうな声が聞こえてくる。
しかし、肝心の俺達……俺と沙耶香先輩との間に、今のところ会話が殆どない。
お互い、こういった状況になるのは初めてだろうからな。
どうにも気まずくなってしまう。
だが時間は限られている。無駄に浪費させる訳にはいかない。
とりあえず何か話題をふらなければ。
そう思い俺は視線を隣にいる彼女へと向けた。
「あ、あのっ」
「な、何かしら」
「あ、いやその……どこか回りたいとことか、ありますか?食べたいものとか」
ただ歩いていてもつまらない。ここは祭り会場なんだ。辺りには煌々とした屋台がずらりと並んでいる。
何か食べながら歩いた方が緊張感も解れるというものだ。
「そうね、うーん……じゃあベタだけど、たこ焼きとか」
「お、いいですね。たこ焼き」
祭りと言えばたこ焼きっていうイメージは今も昔も変わらないってことか。
……いや知らんけど。
沙耶香先輩の提案で、俺達は1番近くにあるたこ焼きの屋台に向かい、7個入りパックを1つ購入した。
「どこかに座って食べましょうか」
「そうですね」
そんな会話をしていると、手頃なベンチとテーブルが並んでいる休憩ゾーンを見つけた。
座っているのは家族連れや恋人達がほとんどだ。
運良くベンチが1つ空いていたので、そこに腰を下ろして一息ついた。
沙耶香先輩はたこ焼きの入ったパックを開き、2本入っている爪楊枝のうち1本を俺に手渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
「冷めないうちに食べましょう」
「はい」
俺達は1つずつたこ焼きを口に運んだ。
しかし、思いのほか熱く、2人して口を押さえながら足をバタバタさせた。
「は、はふいわね」
「ほ、ふぉうへふね」
お互いほとんど日本語になっていない。
口の中で次第に熱が弱まって行くと、本来のたこ焼きの美味しさを感じ始めた。
「あ、美味しい……」
「そ、そうですね」
一時はどうなるかと思ったが、お互い火傷してないみたいで良かった。
「でも、たこ焼きを食べたのなんて久しぶりだわ」
「俺もですよ」
普段から食べるものじゃないし、こういう場でないと食べようとも思わないからな。
「……昔は、おばあちゃんがよく近所のお祭りに連れて行ってくれたの」
2つ目のたこ焼きを見つめながら、ボソリとそんなことを呟く。
「その時必ず最初に行くのがたこ焼きの屋台だったの」
「あぁ、それで……」
ベタだの何だの言っていたが、そんな思い入れのある食べ物だったんだな。
「だから嬉しいわ。またこうやってお祭りに来て、たこ焼きが食べられて……」
爪楊枝の先に刺さっているたこ焼きをくるくると回しながら彼女は小さな笑みを浮かべた。
久しく見ていなかった彼女の柔らかい笑みに俺は目が離せなかった。
浴衣姿も相まって、とても美しい。
「ど、どうしたの?ナオくん」
「あっいや、えっと……」
いかん。見蕩れているところを先輩に見られていた。
俺は咄嗟に笑って誤魔化す。
「そろそろいい感じに冷めてきたかしらね。早いとこ食べちゃいましょっか」
「あ、はい」
良かった。俺が先輩を邪な目で凝視してたことはあまり気に障らなかったみたいだ。
さて、俺もそろそろ2個目に手をつけるとするか。
そう思い、俺は爪楊枝をたこ焼きに向かって伸ばす。
と、そんな時。
「はい、あ〜ん」
どこからか、そんな甘い声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、少し離れたところに1組のカップルがいた。
彼女の方が手に持つたこ焼きを、彼氏の口へと近づけ、男は少し恥ずかそうにしながらたこ焼きを食べる。
すげぇ……初めて見た。
あんなの本当にあるんだな。
仲のいいカップルを見て軽く驚きながら体の向きを戻し、先輩の方を見た。
先程までたこ焼きわくるくると回していたその手はピタリと動きを止め、彼女の耳はほんのりと赤くなっていた。
「せ、先輩?」
「……その、えっと……な、ナオくん!」
「は、はいっ!」
突然声を上げ、前のめりになる沙耶香先輩。
そして、彼女がずっと手に持っていたそれを、俺の口へと近づけながら言った。
「あ、あ〜ん……」
「……っ」
目の前に映る彼女の振る舞いに、俺は思わず息を飲んだ。
こうなる少し前からなんとなく察していたが、やっぱり先輩も後ろのカップルの会話が聞こえていたんだな。
そんな彼女の顔は、先程とは比べ物にならないほどに赤く染まっていた。
勇気を出したものの、実際やってみたら意外と恥ずかしかったんだろう。
先輩がここまでしてくれたんだ。
こんな所で拒むとか、そんな野暮なことはしない。
さっきのカップルみたく、俺は差し出されたたこ焼きを口に入れた。
「ど、どう、かしら……」
「え、えっと……よくわかんないです」
照れくさくて味なんて分からない。
これは食べる側も相当恥ずかしいな。
さっきの彼氏の気持ちがよく分かった。
「ね、ねえ。わ、私にも食べさせてくれない、かしら」
「えっと、先輩がいいなら……」
確かに、次は立場を逆転させるのが自然な流れだろう。
俺もたこ焼きを1つ取り、彼女の口に近づけた。
「えっと、じゃあ……はい、あ、あーん」
恥ずかしさを押し殺した俺の言葉に、先輩はその小さな口をゆっくりと開け、パクリと1口でいった。
……やべぇ、こっちの方が断然恥ずかしかった。
男がこれをやるもんじゃないな。
悶え死にそうだ。
「ど、どうですか……」
流れ的に、一応俺もそう聞く。
「……ええ、すごく、美味しいわ」
屋台の光に負けないぐらいに顔を赤くする彼女は幸せそうな笑みを浮かべながら言った。
それが心からの笑みだということは、誰でも分かるだろう。
「でも……やっぱりすごく、恥ずかしいわ」
「で、ですよね!!」
お互い、今にも爆発しそうな程に顔を赤く染めていた。
これは俺達には少々レベルが高すぎたみたいだ。
もう一度これをやったら本当に死ぬかもしれない。
それは彼女も同じだったようで、以降は普通に食べることになった。
しかし、恥ずかしさと気まずさは全くなくなる気配がなく、たこ焼きを食べ終わった後もそんな状況が続き、いつの間にか30分が経ったことを教える彩乃からの着信が鳴り響く。
「え、もう30分経ったのか!?」
「そうみたいね」
「すみません。結構無駄な時間がありましたよね」
正直、たこ焼きを食べていた時以外で、ちゃんとした会話がなかった。
お互い緊張してたとはいえ、先輩に申し訳ない。
しかし、俺の謝罪に彼女は首を横に振る。
「いいえ。すごく……本当にすごく楽しかったわ。だから気にしないで」
「そ、そうですか……」
俺がその言葉に納得したのは、彼女が本当に楽しそうな顔をしていたからだ。
なら俺は、これ以上何か言うのは逆に失礼になる。
彼女がちゃんと楽しんでくれていたのなら良かった。
「だから、次の人もちゃんと楽しませてあげなさいね」
「わ、分かりました」
そんな会話を最後に、俺達は会場の入口に戻った。
入口には既に他の4人が待機している。
「お帰りなさい。どうでしたか?30分デートは」
「ええ、とても楽しかったわ。……あ、あんなこともしたし、ね」
照れくさそうな顔をしながら俺の方をチラチラと見てくる。
「ちょっとせんぱい、何かあったんですかぁ??」
「あ、いや……あ、あはは」
ジト目で見てくる彩乃に、苦笑いでどうにか誤魔化す。
「まあいいです。じゃああとが押してるので次もちゃっちゃと行っちゃってください!!」
そんな彩乃の声に反応し、俺の前に1人の少女が出てきた。
「じゃあ〜、よろしくねぇ、橋田く〜ん」
「あ、うん。よろしく」
2番目は篠崎真帆だ。
沙耶香先輩の時と同じように、彩乃が手を振って見送りながら、俺達はまた会場の中へと歩き出した。




