第89話 「夏祭り 2」
───ふと耳をすませば、どこか懐かしさを感じる音が色んな方向から飛んでくる。
そして、数え切れない程の人間の声も聞こえる。
それはどれも、喜びや幸せに満ちた、暖かいものばかりだ。
本来は煩わしいはずなのに、どうしてか心地が良い。
当たりを見渡せば、そこには燦然と煌めく無数の光が瞳を覆うように入り込んでくる。
太陽とも、星とも違うその光はとても眩しくて……でも、ずっと見ていたくなる。
俺が今いるこの場所は、まるで別世界のようで……この光も、音も、その全てが輝いていた。
そして俺の周りには、俺の大切な人達がいる。
これが……祭りか。
「せんぱい?」
これが……幸福ってやつなのか。
「ちょっとせんぱい!!」
「へっ!?え、な、何?」
感動に浸っていた俺の耳に突如入ってきたその甲高い声に思わず変な声が出てしまう。
「もう……今からどうやって回ろうかって話してたんですよ」
「え、まぁ、適当でいいんじゃないの?」
これだけ屋台があるんだから、目に付いたとこを好きなように回ればいいだろう。
祭りってそういうものだと思っていたんだが。
「いや、花火までの時間で何を回ろうかって話だろ?」
少し勘違いをしていた俺を見て隣に寄ってきた和希が彩乃の言葉の意味を説明してくれた。
「あ、確かにそうか」
花火が上がり始めるのは確か7時からだ。
時間は十分にあるが、それでも全ての屋台を見て回るというのは、時間的にも金銭的にも無理がある。
少し考えれば分かることだ。
今日の俺はちょっと浮かれすぎているのかもしれない。
「じゃあどうするんだ?」
「多数決でいいんじゃね?」
「あ、それいいかも……」
和希から出た最もな意見に賛同しようとした時だった。
「ちょっと待ってください!」
彩乃が手を挙げながら俺達の会話を遮った。
「ど、どうしたんだ?」
「私に……私達に提案があります!!」
「提案?」
とっさに訂正した「私達」という言葉……つまり、女性陣全員からの提案ということだろうか。
「はい!ここに来る前に皆で話したんですけど、それぞれ好きな場所を30分ずつ回るというのはどうでしょうか」
彩乃の言葉に賛同するかのように、後ろの3人が視線を向けてくる。
彼女が言いたかったのはこうだろう。
それぞれ好きな場所を30分間回り、他の者達は自分の順番が来るまでその人の行動に合わせるということだ。
「おぉ、確かにそれはいいかも……」
俺も最良のアイデアだと思い、すぐさま賛成しようとしたのだが……。
何か、違和感がある。
1人30分の先導時間。
花火が始まるまであと2時間と少し。
自分の意思で自由に回れるのは4人。
俺達は6人。
「……それだと不公平な人が2人出てくるんじゃないか?」
今回は冷静に考えて導き出した答えだ。多分間違ってないよな。
「大丈夫ですよ。不公平な人は1人だけです!」
「ん、あれ?1人?」
俺また間違えたか??これ間違ったは俺、小学生からやり直さないといけないレベルじゃないか!?
「ど、どういうことだ?」
「自由に回れないのはせんぱい、あなただけですよ?」
「あぁそっか、俺か………ん、俺!?」
不意をつかれた俺は目を白黒させる。
だってそうだろ。不公平になる人数を間違えた上に、そのたった1人が俺に決まってるんだから。
「え、待って。全然話が見えてこないんだが」
未だに理解出来ていない俺を見て流石に痺れを切らしたのか、彩乃が俺の顔を覗き込みながら言った。
「だからぁ、1人30分好きなところを回るんです!せんぱいと2人で!」
「なるほど2人で……ん、2人!?」
俺は驚きのあまりさっきと全く同じリアクションをしてしまった。
いや、彩乃が何を言いたいのかは何となく分かる。
1人30分、全員がその人に着いていくのではなく、俺1人を連れて祭りを回る、ということなんだろう。
つまり……祭りデートってやつだ。
だけどその発想はなかったな。
「え、えっと俺は別にいいんだけど、和希はどうなるんだ?」
「瀬戸せんぱいには普通に好きなところを回ってもらえばいいと思いますけど」
あぁ、そういうことか。
俺と誰かが祭りを回っている間、残りの4人を和希が引き連れて遊んでいればいいって言いたいんだろう。
彩乃も意外と考えてるんだな。
「まぁ、ならいいけど」
「じゃあ時間も惜しいですし早速行きましょうか!!」
そう言うと、彩乃は俺達に背中を向け、他の3人と何やら話し始めた。
……いや、話というか、ジャンケンだな。
何度かジャンケンを繰り返した後、俺の元に1人の浴衣美人が近づいてきた。
「えっと、じゃあまずは私から、ということで」
「え、あ、はい……」
そうか、さっきのジャンケンは順番を決めていたのか。
そして、俺が一緒に回る最初の人は沙耶香先輩だ。
「それじゃあ行ってらっしゃーい!!30分経ったらまたこの入口に戻ってきてくださいねー!!」
手を振って送り出す彩乃を見ていると、いつの間にか隣には沙耶香先輩が並んでいた。
「そ、それじゃあ、行きましょうか」
「は、はい」
そして、俺達はこの満ち溢れる光の中へと足を踏み入れていった。
祭りが……始まった。




