第88話 「夏祭り 1」
気がつけば、あれから日付が変わり、既に夕日が傾く時間となっていた。
何かに集中していたり、考え事をしていたりする時の人間の体感時間というのはとても早いというが、まさにそうだった。
昨日は本当に色々あった気がする。
いや、実際色々あった。
いきなり篠崎さんが家に来て、連れられて隣町に行って、ファミレスでご飯を食べて、なんでか雅達と鉢合わせて、それでなんでか俺の家に皆集まって……ほんと、色々あった。
正直、まだ気持ちがクリーンになっていない。ずっとモヤがかかってるみたいだ。
そんな中、追い打ちをかけるような大きなイベント────夏祭りを目前に控えていた。
あれからメールでのやり取りで、和希を中心に相談し、待ち合わせ時間と場所を決めた。
祭りが開かれるのは近所だと言っていたが、実際はこの街にある1番大きな神社と、花火を打ち上げる河原を中心とし、その周りでの開催だった。家から近いとはとても言えない。
そして結局、待ち合わせ場所はいつものように駅前になり、時間は夕方の5時となった。
更に言うと、現在の時刻は午後4時45分。
俺は既に駅前にある時計台のそばでスマホの画面を眺めていた。
まだ俺以外には誰も来ていない。
なんかいつも俺が1番先に着いてる気がする。
無意識に気持ちが先走ってるのかもしれない。
と、そうしているうちに和希が俺の元に駆け寄ってきた。
「ようナオ。いつも早いな」
「15分前って早いか?」
「学校じゃねえんだからよ……」
そういうものなのか。確かに待つのも退屈だし、今後はもう少し皆と合わせるようにしよう。
そんな会話をしていると、横から聞きなれた声が聞こえてきた。
「せんぱーい!お待たせしましたー!」
声の方向へ視線を送ると、その声の主である彩乃を始め、彼女の後ろに3人の少女達もついてきていた。
そしてその全員がなんとも華やかな浴衣で着飾っていたのだ。
「あ、いや、全然」
彼女達の可憐さに目を奪われ、上手く言葉を返せなかった俺を見て隣にいる和希は皮肉な笑みを浮かべている。
と、そんな和希だったが、1人の少女を見るや否や、急に目を大きく開けて驚き、慌てた表情で俺に耳打ちしてきた。
(お、おいナオっ。なんであの篠崎真帆がいるんだよっ)
あぁ、そういえば和希には言ってなかったや。
「一昨日偶然知り合ってさ。今日篠崎さんも来たいって言ったから」
(そうなのか……て、いや。この状況普通に不味くないかっ!?)
瞳に動揺をチラつかせながら和希は言う。
何が言いたいかはおおよそ理解できた。
「まぁ、多分大丈夫……かな」
(修羅場になったら俺は逃げるからな)
「あはは、わかったって」
苦笑いしか出てこない。
昨日既にそういった状況になっていたことは伏せておこう。
そんな風に和希と会話していた時。
「ねえせんぱい!」
「え、何?」
「どうですか?この浴衣」
どこか浮ついた声でそう言いながら、彩乃はくるりと一回転して俺にその浴衣の全体を見せてきた。
彼女に感化されたのか、張り合うように他の3人も俺に近づいてくる。
「え、どうって……良いと思う、けど」
正直、めちゃくちゃに可愛いが、そのまま言葉にするには少し気恥ずかしかった。
「誰が1番可愛いですか?」
「だ、誰がって……」
追い打ちをかけてくるようにそう聞いてくる彩乃。
他の皆もすごい見てくるし……でも、誰が1番かなんて、決められない。
だって皆可愛いのだから。
「正直に答えていいのよ?」
「そうです!この浴衣に関しての1番ですから!」
そんな言葉に続き、雅も少し照れながらコクリと何度も頷く。
今日の皆、なんか気合いの入り方が違う気がする。
答えないと満足しなさそうな顔だ。
この浴衣に関して、1番を決めるのならば、俺だったら……。
今一度、皆の浴衣姿を一瞥する。
……うん。皆可愛すぎるな。その一言に尽きる。
雅の浴衣は桃色ベースでその明るい栗色の髪とよく合っている。
彩乃も少し幼さが見受けられるが、そこが良いし、でもちゃんと高校生らしい着飾り方だ。
篠崎さんは……うん、ヤバい。
帯にどっしりと乗った2つの……って、何考えてんだ俺は!
まあとにかく、篠崎さんも普通に可愛い。
結局元が超絶可愛い子達が浴衣着れば、そりゃ可愛くなるに決まってるわな。
やっぱり、1番なんて決められ……。
そう思った時、すっと視界に入ってきたのは、浴衣姿の沙耶香先輩だった。
その長い黒髪は頭の後ろで結ばれ、透き通るように白く、そしてすらっとした首筋が露わになっている。
そんな白肌と黒髪に、落ち着いた青色の浴衣は、彼女の美しさをフルに活かしきっていた。
いつにも増して、彼女が妖艶に見えるのは決して気のせいなんかじゃない。
この浴衣姿に関して言えば、俺の一番は……。
「可愛い……というか、1番綺麗だなと思ったのは、沙耶香先輩、かな」
悩んだ末に出した俺の答えに、当の先輩はまさかというような表情を浮かべていた。
「わ、私っ!?」
「えっと、はい」
「そ、そう……あ、ありがとう」
自分を選んだことに対する感謝の言葉を口にして、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、手で隠した彼女の口元に少しばかりの笑みが浮かんでいるのが見えた。
ここまで照れくさそうにしている先輩をみるのは初めてかもしれない。
「むぅ、確かに工藤先輩、いつもより綺麗です……」
「わ、私もそう、思います」
「先輩すごい綺麗だよね〜」
各々負けを認めるかのように沙耶香先輩へ言葉をかけているが、彩乃はかなり悔しそうだ。
「いやでも、皆すごくその、可愛いと思うから!」
「そうだな。学校トップクラスの女子の浴衣姿を独占なんて贅沢すぎるぜ」
まあ、他の男子生徒に見られたら殺されるかもしれない。それぐらいにこの状況はすごい。
「よーし、気を取り直してお祭りに向かいましょー!」
未だに少し悔しそうにしている彩乃の声がけで、俺達は駅前から目的地である神社へと向かっていった。




