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第87話 「想い」

 4人の見事なハモリに一瞬呆然としてしまったが、すぐに冷静さを取り戻し言葉を返す。



「あ、あれ、皆も知ってたの?」


「さっきお姉さんから聞いたの」



 沙耶香先輩の一言で俺はすぐに状況を理解した。

 俺は和希から聞き、皆は姉から夏祭りのことを聞いた。タイミングがいいんだか悪いんだか……。


 まぁ多分意味は無いだろうけど、一応形式上の誘いだけはしておこう。



「えっと、じゃあ明日の夏祭りは皆で行かないか?」


『行く!!』


 

 その即答には驚かなかった。見えていた結果だったからな。

 しかし1つだけ懸念なのは……。



「でも沙耶香先輩はいいんですか?受験勉強で忙しいんじゃ」


「1日ぐらいなら大丈夫よ。ナオくんとの夏祭りの方が大事だから!」


 

 先輩は多分本音を言ってるだけなんだろうけど、正直こっちが恥ずかしい。

 たまに先輩は発言が大胆な時があるが、今回はまじで胸きゅん台詞すぎる。



「そ、そうですか。じゃあ明日は皆で夏祭りということで……」



 そんな風に、いい感じで話を締めくくろうとした時。



「ねぇ、橋田く〜ん」



 さっきまでまるで会話に入ってきてなかった篠崎さんが一気に距離を詰めてきた。



「な、何?篠崎さん」


「私も一緒に行ってもいいかな〜?」


「え?まぁ、いいと思うけど……っ」



 普通に流れで了承すると、視線の外から妙なプレッシャーを感じた。


 篠崎さん以外の皆から、なんか凄い視線を向けられていたのだ。



「ありがと〜。じゃあ私はぁ、そろそろ帰るねぇ」


「あ、うん。じゃあまた」



 そんな会話と共に、篠崎さんは俺の部屋を出ていった。


 そういえば、詳しい日程とか全然決めてないけど…… まぁ、連絡先は交換したし、決まり次第伝えればいいか。



 そう思い、俺は再び残る3人の方へ体を向けた。


 その直後、俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。


 篠崎さんのいなくなったこの空間は、さっきよりも冷たく、重くなっているように感じたのだ。


 この状況はおそらく、彼女達が作り出したものだ。


 特に彩乃からは半端ない圧を感じる。



「え、みっ皆?ど、どうしたの?」


「……せんぱい」


「は、はいっ!」



 彩乃から放たれたその酷く冷たい声色についかしこまった反応をしてしまう。



「さっきは夏祭りに夢中になってて忘れてましたけど……せんぱいはあの人とどういう関係なんですか」



 そんな彩乃の言葉に俺は無意識に肩をすくませる。


 流石に篠崎さん程ではないが、彼女もまた3人の中では穏やかで明るく、そして何より元気な性格だ。


 そんな彼女から、今はとても重圧のような物を感じる。

 今まで見た彩乃とはまるで違う表情、声色、雰囲気……彼女がこうなったことに関しては、当然心当たりがある。


 彼女の質問を聞けば明白だ。



「私……いいえ、私達は1度せんぱいに自分の気持ちを告白して、今はせんぱいの返事待ちなんですよ」


「あ、あぁ……」


「そんな時に、また他の女の子と一緒にいたら、不満に思うのは当然じゃないですか」



 ……その通りだ。この場で彼女が言葉にしなくとも、彼女達の心に生まれた思いが身に染みてくるようだ。


 俺の気持ちがまとまらず、俺の勝手な都合で長い間我慢している彼女達からすれば、今の俺は最低な男に見える。実際のところ、客観的に見れば俺だってそう思う。


 本来ならば、この時点で全員から幻滅されても全く違和感も不明瞭な点も見当たらない。


 でも俺は……っ。



「……皆の気持ちはすごく分かる。変に不安にさせてしまっていたら謝る。本当にごめん。でも信じて欲しい。俺はっ……」



 ここまで出てこなかった、今の自分の正直な答えを言おうとした。が、その時だ。



「もういいでしょ。彩乃さん」


「沙耶香、先輩……?」



 重くのしかかるようなこの部屋の空気に耐えかねたのか、会話を止めたのはまた彼女だった。



「……確かに、ね。いつの間にかあの子と仲良くなってるのに不満とか不安とかない訳じゃないわ。でも……」



 そこで沙耶香先輩は1度口を噤み、他の雅や彩乃に目配せする。



「ここにいる皆だって、結局はライバルな訳だし、そこに1人増えたって変わらないんじゃないかしら」



 ライバル……目の前で聞くととてもリアリティがある。沙耶香先輩が言うと尚更だ。こっちからすればかなり気恥しいが……。



「雅さんや彩乃さんもそう。誰が相手だって、私の気持ちは変わらない。ナオくんに選んでもらうのは私なんだからっ」



 恥ずかしさをかき消すかのような張り上げた声に、俺は思わずドキッとなった。



「そ、そんなの……私だってそうです!せんぱいへの気持ちは誰にも負けない自信がありますから!」


「わ、私もっ」


「み、皆……っ」



 彼女達は自分のはっきりした気持ちをぶつけ合う。皆、それだけ強い思いを持ってるんだ。


 それだけ俺の事を想ってくれている。なのに俺は……。


 同志に出会えたことに浮かれて、彼女達の気持ちを一時忘れてしまっていたなんて。


 俺はぐっと拳を握りしめ、3人で向き合う彼女達に言葉をかけた。



「皆っごめん!本当に……」


「え、どうしたの急に」


「あ、いや、本当はありがとうって言おうと思ってたんだけど……」


「ありがとうって……?」



 あぁ……俺が言いたいこと、伝わってないみたいだな。言葉が足りなかったようだ。



「こんなに情けない奴を、こんなに……正直嬉しい、すごく。だからこそ俺はもっと、ちゃんとしないといけないのに」



 彼女達の気持ちを真っ直ぐに受け止めて、紳士に向き合わなければならないのに、今の俺にそれが出来てるとは思えない。

 彼女達の為にも、そして自分の為にも、俺がもっと……。



 そんな気持ちがどんどん込み上げて、今にも溢れ出そうだ。


 しかし、そんな歯止めの効かなくなりかけていた俺を止めてくれるような言葉が聞こえた。



「そんなことないですよ」



 彩乃の言葉に続くように、沙耶香先輩が口を開いた。



「そう。あなたが私達のことを真剣に考えてくれているのはすごく伝わっているもの」


「な、直之くんは、全然情けなくなんてない、からっ」



 ついには雅までもが続き、俺の言葉のフォローをしてくる。

 3人全員が、そんな暖かい言葉を俺にかけてくれる。


 皆は本当に……俺にはもったいない人達だ。


 そんな彼女達だからこそ、俺はこれまでかけがえのない時間を過ごしてこられた。絶対に忘れられない、楽しい時間を……。


 ならせめて、最後までっ。



「ありがとう、皆。もう聞いてると思うけど、休み明けにある学校祭……そこで俺は決めるから。約束する!」


「ナオくん……」

「せんぱい……」

「直之くん……」


「でもその前に、皆で夏祭りを楽しみたいんだ。それで、いいかな?」



 自分勝手なことを言っているのは重々承知だが、これが俺の本音だ。

 まあ、これで断られても何も文句は言えないが。



「……わかりました。せんぱいがそれを望むなら」



 誰よりも先に答えたのは、さっきまで1番不満を露見していた彩乃だ。



「そうね。とういうか、この夏祭りが最後のアピールチャンスなんじゃないかしら?」


「確かにっ!ここでせんぱいの心をぐっと掴めばいいんですね!」


「わ、私も、がんばるっ」



 皆……


 俺がいること忘れてるんじゃないかってくらい、とんでもないこと言ってるな……。


 まあでも、皆は本当にいい子達だ。

 俺自身、篠崎さんへの感情はよく分かっていないというのが正直なところだ。

 彼女達からすれば、篠崎さんは不安要素にしか思えないはずなのに、皆は前向きに捉えてくれた。


 だからこそ俺は、想われる人間としてちゃんとケジメをつけなきゃいけないんだ。



 俺の目もはばからずさっきから、「負けない」だの、「こっちのセリフ」だの恥ずかしいことを言い合っている彼女達を見て、俺は自然と微笑を浮かべた。



「じゃあ皆、明日はよろしく」


「はい!」


「時間とか待ち合わせ場所とかはメールで決めればいいかしら?」


「はい。多分和希が色々決めてくれると思うので」



 篠崎さんもあのグループに誘った方が効率はいいだろうけど、それはさすがに気が引ける。



「それじゃあもう遅いし、そろそろお暇するわね」



 沙耶香先輩の一言で皆は立ち上がり、帰る準備を始めた。


 そして、皆で俺の部屋を出て、玄関先で3人を見送る。



「じゃあまた後で」


「はい」



 沙耶香先輩との会話を最後に、お互い手を振りながら玄関の扉を開けた。


 扉が閉まるまで、俺は笑顔を浮かべたまま手を振り続けた。



 そして、扉が完全に閉じた瞬間、俺はその場に仰向けになりながら倒れ込んだ。



「はぁ〜……」



 両目を覆うように腕を顔に置きながら、俺は長い溜息を吐いた。


 重い空気に晒された時の精神的疲労が一気に襲ってきたのか。


 それにしても……。



「俺は、夢でも見てるのだろうか」



 冷静に考えてみればそうだ。

 俺の目の前であんなにも彼女達が俺への思いぶつけ合うなんて……。


 でも、そんな言葉とは裏腹に、これが紛れもない現実だとはっきりわかっていた。


 非現実的だとか、ありえないだとか、そんな言葉で自分を誤魔化すのはもうやめよう。


 俺は彼女達の気持ちに応えなければならないんだ。



 俺は腕を頭からおろし、玄関の天井を見つめながら、彼女達の顔を思い浮かべる。



「俺の気持ちって……」




 この人だけをずっと大切にしたい、ただ1人、この人だけを愛し続けたい……そう思える女の子が、あの中にいる。それは確かなんだ。


 雅、彩乃、沙耶香先輩、そして篠崎さん……皆、俺には勿体ないぐらい、とても素敵な人達だ。


 でも、俺はこの中からたった1人を選ぶんだ。




 もう一度目を閉じ、瞼の裏に再び彼女達の姿を思い浮かべた。

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