第86話
キッチンに退避……いや、人数分のお茶を取りに来た俺はふとため息をついた。
「はぁ……」
既に茶菓子まで準備し終えていたものの、どうにも足が自室へと向かない。
あの中に戻るのに無意識に抵抗があるのかもしれないな。
でもなぁ……。
もうちょっとだけここにいたいが、長い間席を外していると彼女達に申し訳ない。
流石にそろそろ戻るか。
意志を固め、用意したお茶を大きめの盆に乗せ部屋へと戻ろうとした。
と、そんな時。
ポケットに入れていた携帯の着信音が鳴り響く。
携帯を取り出し、画面を見るとそこには『和希』と登録してある番号が表示されていた。
すぐに受信ボタンを押し、携帯を耳に近づける。
「もしもし?」
『あぁナオ。今大丈夫か?』
「あぁ、平気」
そう言いながら、肩で携帯を押さえている間に持っていた盆を再びテーブルに置いた。
「それで?何か用か?」
『あ、そうそう。ナオ、明日の夕方は暇か?』
「え、まぁ特に何もないけど」
『んじゃさあ、夏祭り行かね?』
「夏祭り?」
俺は思わず電話越しにそう聞き返す。
夏祭りの存在は勿論知っている。この辺りの地区も夏には割と大きめの祭りが開かれるはずだ。
しかし夏祭りかぁ……久しく行ってなかった気がする。
『あぁ、多分小学校以来じゃねーかな』
「そんなに行ってなかったっけ?」
『おう。だから久々に行こーや。皆も誘ってさ』
ここで和希の言う『皆』というのはつまり……今俺の上にいる彼女達のことだろう。
あ、篠崎さんは違うか。
「……まぁ皆のことは聞いてみないとわかんないぞ?」
雅と彩乃は多分大丈夫だとは思うが、沙耶香先輩は受験で忙しいだろうし、無理に誘う訳にはいかない。
『それはナオに任せる。とりま一旦切るわ。誘えたらまた連絡くれ』
「あ、あぁわかった」
それを最後に和希との通話は途絶えた。
にしても俺が誘わないといかないのか……何度も一緒に遊んでいる関係ではあるが、やっぱりまだ緊張する。
女の子を遊びに誘うっていう行為自体が、そもそも別次元のことだったからなぁ。
まぁ、今ちょうど皆集まってるし、タイミング的には最適だろうな。
俺はまた盆を両手で持ち、自室へと持っていった。
階段を上がるところまでは行けたが、自室の前で俺は立ち止まる。
両手がふさがっていてドアが開けられなかった。
扉の前で俺は中にいるであろう彼女達にドアを開けるよう促した。
「おーい、ちょっとドア開けてくれないか?」
俺がそう言った瞬間、扉はパッと開いた。……いや、バッと勢いよく開いたのだ。
そしてそこから雪崩るように出てきたのは部屋にいた全員だった。
「ど、どうしたんだよいきなり!!」
急な出来事に驚く俺を見た彼女達は口を揃えてこう言った。
『夏祭りぃいい!!』
まるで事前に練習してたかのような、寸分違わぬ見事なハモリに俺は肩透かしを食らった。
「…………え」
────直之がまだキッチンで電話していた時のこと。
直之の部屋ではとんでもないことになっていた。
「私もぉ、混ぜてもらえたり出来ますかぁ?」
突如篠崎真帆の口から放たれたその言葉に、雅達は口を半開きにしていた。
「混ぜてもらうっ、て……まさかっ!」
キョトンとしていた彼女達……特に彩乃の瞳は次第に血走っていく。
「あ、あなたもしかしてっ……な、ナオくんのことが好き、なの?」
戸惑いを隠せないまま沙耶香が最初にそれを聞いた。
この場にいる誰もが考え至ったことだろう。
しかし、篠崎はしばらく答えを出さずに悩んでいる様子だった。
「は、早く答えてくださいよ!あなたも好きなんですか!せんぱいのこと!」
「……え〜っとねぇ。好きとかはよく分からない、かなぁ〜」
「煮え切らない答えね……」
曖昧な発言に不満を持つ沙耶香を見た篠崎は具体的な言葉を出す。
「でもぉ、橋田くんといると凄い楽しいんだぁ。それにぃ、凄く気を使ってくれるしぃ、優しいし〜」
((わかるっ!))
そう言う篠崎に彼女達は心の中でめちゃくちゃ共感していた。
彼女達もまた、そんな直之に惹かれ、今もこうして彼を想っているのだ。
しかし彼女達からすれば、なんとも言えない心持ちだろう。
篠崎の言っていることはとても納得がいく。が、それを受け入れるのはまた別の話なのだ。
「と、ということはつまり……篠崎さん、もナオくんのことが好きっ、てことでいいのかしら?」
「う〜ん、多分それでいいと思います〜」
先程から曖昧な発言が目立つ篠崎ではあるが、彼女達の中ではもう既に篠崎のことを敵視するようになっていた。
彩乃は特に視線が鋭い。が、当の本人はまるで気づいていないようだが。
直之のいないところで、彼を想う4人の少女達の凄まじいデッドヒートが始まりかけていた。
そんな時。
扉をノックする音が聞こえた。
おそらく直之が帰ってきたのだろうと、あやのが先んじて扉を開ける。
が、そこにいたのは直之の姉である千咲だった。
「せ、せんぱいのお姉さん?」
「あれぇ、皆来てたんだ」
「お、お邪魔しています」
「あ、うん。それで、ナオはいないの?」
「今お茶入れにいってる所で」
「そっか。まぁ別にいっか。それより皆は明日暇?」
そう質問してくる千咲に対し、彼女達は揃って首を横に振る。
「明日この近くで夏祭りあるらしいよ」
『夏祭り』という単語に、露骨に反応を見せる少女達。
1番に立ち上がったのは彩乃だった。
「夏祭りがあるんですか!?」
「え、うん。あ、そうだ。ナオとか誘って皆で行ってきたら?それ言おうと思って来たんだけどさ」
「行きます!!」
目を輝かせる彩乃がそう言うと、それに続くように他の者達も前のめりになる。
「そ、そう。じゃあそれだけだから」
思いのほか食いついた彼女達に少し驚きながら千咲は部屋を出ていった。
直之が部屋に戻ってきたのはそんな話のすぐ直後だった。
彼の声に反応し、慌てて扉を開けた彼女達は叫ぶようにその言葉を放ったのだ。
『夏祭りぃいい!!』




