第84話 「不本意な対面」
この日、ファミレス内にいた誰もが、ある1組の男女に注目した。
確かにファミレスというのは、人々が楽しく食事ができる場所だ。
しかし彼らの会話は、誰もが視線と耳を奪われるほどに……楽しそうだった。
それを見ていた他の客達が考えていることはそれぞれである。
家族で食べに来ていた者達は、「仲のいいカップルだねぇ」と暖かい目で見ていた。
男グループで来ていた者達は、「爆発しやがれ」と殺意にも似た視線を送っていた。
そして、3人組で訪れていた少女達は、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
そう、彼───橋田直之に強く好意を抱いていた逢坂雅、春川彩乃、工藤沙耶香の3人だった。
「ぐぬぬぅ……」
悔しさを示すかのように、注文したジュースのストローを噛みながら彼らを見つめている。
「なんか、凄く楽しそう、だね……」
向かいに座る少女の放った言葉は、困惑と悲しさが混じった、少しトーンの低いものだった。
「ほんと……ナオくんの目がキラキラしてるわ」
今まで見た事なかった彼の表情に、少しショックを受けている様子だ。
「て、それより……なんでみんな、あんな所にいたのよ」
ふと今の状況を思い出した沙耶香は彼女達に向かってそう言った。
「私はこっちに新しく出来たアイスクリーム屋に来たんです」
「私は、お母さんの用事に着いてきてて」
「私は、図書館で勉強しようと思って」
『……』
偶然すぎて一瞬黙り込んでしまう3人。
「て、そんなことはどうでも良くて、なんなんですかあの女は!私のせんぱいをよくも」
「私のって……ナオくんはまだ誰のでもないでしょ」
涙目になりだした彩乃に冷静なツッコミを入れる沙耶香だが、顔にその言葉程の冷静さは見られなかった。
「あの人……どこかで見たことが」
「あの女を知ってるんですか!?雅せんぱい!」
「え、えっと、同じ学校にいた気が……」
見覚えはあるものの、正確に思え出せずにいる雅に、早く女の正体を知りたい彩乃。
そんな彼女達に、沙耶香は答えを口にした。
「あの子は確か……そう、篠崎真帆さんだわ。2年生の」
その名前を聞いて雅は思い出したようだが、彩乃は未だに知らないような表情だ。
「彩乃さんも2年生の教室に行っていたのなら1度ぐらい見た事ないの?」
「いやぁ、私はせんぱいの教室にしか行ってませんからね」
「そう……でも、私の知ってる彼女とは少し違うのよね」
視線を直之達に戻しながら、沙耶香は軽く首を傾げる。
「私も、そう思います」
沙耶香の疑問に、雅も賛同していた。
彼女達の知っている篠崎真帆という存在と、今目の前にいる篠崎真帆では、振る舞いがまるで違うのだ。
「篠崎さんはもっと大人しくて、あんまり喋らない1人だと思ってたのだけど……」
言葉続きに沙耶香は雅へと視線を送る。彼女もそれに頷き肯定を示した。
「でもあの女、めっちゃ楽しそうに喋ってるじゃないですか!きっとせんぱいを狙ってるんです!」
直之に意識してもらおうと彼女がアピールしている。そう彩乃は推測しているが、他の2人はそういった認識はまだしていなかった。
「それはまだ分からないわよ。情報が少ないまま決めつけるのは良くないわ」
1度彩乃を落ち着かせようと試みた説得に雅もこくりと頷く。
しかし彩乃はたった一言で落ち着くことはなかった。
「じゃあ今から直接聞きに行きましょー!」
「ちょ、それは早まりすぎよ!」
思い切った行動に出ようとする彩乃を沙耶香は慌てて止める。
確かに、沙耶香自身も彼らの関係について聞きたいことは多い。が、何も食事中に行くことはない。自分達が突撃することで、更に問題をややこしくさせたくはない。
そういった考えが沙耶香の理性を保たせていた。
「悠長になんかしていられません!ほら、みんなで行きますよ!」
彩乃は自分の肩を押さえている沙耶香の手を掴み返してテーブルから立たせようとする。
「ちょっと!雅さん、彩乃さんを何とかして!」
「あ、は、はいっ」
1人じゃ押さえきれないと悟った沙耶香は雅に、一緒に彩乃を止めるよう頼んだ。
そして互いに引っ張り合う彩乃と沙耶香に、雅が加わり、逆おしくらまんじゅうのような絵面になった。
狭い場所でそんなことをしていれば、足元が疎かになるのは当然だろう。
1人が少しバランスを崩した瞬間、全員の重心が一気に傾き、その勢いでゆっくりと倒れ始める。
1度傾くと、そこから上体を立て直すは1人でも難しい。
なすすべなく、彼女達は通路の床へと横倒しになった。
バタンッ、と鈍く響いた音がファミレス中に広がる。
その音に他の客も反応し、今まで見ていた直之達から、彼女達へと意識が向いた。
それは勿論、直之と篠崎真帆も例外ではなかった。
転倒から立ち直ろうとする彼女達に、1人の男から声がかかった。
「み、皆……?」
彼女達の視線の先にいたのは、さっきまで注目を浴びていた直之と、怪訝そうな目でこっちを見てくる篠崎真帆だった。




