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第79話 「バッドタイミング」




───ここから離れよう。


そう何度も思い、俺は2回背を向けた。

しかし、俺はこの本屋から出ることは出来なかった。


出る直前に、また彼女の方へと体が向いてしまうのだ。


そして今も、彼女の方に体を向けていた俺は、どこか心が浮ついていた。


いや……完全にテンションが上がっていたんだ。



「あのアニメ良かったよねぇ〜」


「そうそう!特にラストとかまじで良かった!」


「主人公が勇者の役目を終えて〜、親友の墓に剣を置くシーンだよねぇ。わたし泣いちゃった〜」


「だよね!あの描写にあの挿入歌は完全に泣かせに来てるよね!」



……久しぶりだった。というか、ほぼ初めてのことだった。ここまで自分の好きなもので熱く語れたのは。


最初にアニメや漫画を教えてくれたのは和希だったけれど、和希とは趣味が微妙に合わないのだ。


好きなアニメは一緒でも、好きなシーンや好きなキャラは全く別。


難儀なことにヲタクという生き物は、自分の「好き」を誰かと共有したくてたまらないのだ。誰かに理解して欲しいんだ。


だから、趣味が合わなかった時に生じるギスギスさは否めない。


しかしどうだろう。

完全に完璧に、自分と同じ感性を持ち合わせた人間と話す時は、どうしても気持ちが昂ってしまう。


それは当然といえば当然のことだ。

たとえ今さっき初めて出会った人だとしても、共有できるものがひとつあるだけで、人との距離感というのはぐっと縮まる。


今こうして話している俺が身をもって実感した。


あれだけ出よう出ようと思っていた俺が、今や彼女といつまでも話がしたくてたまらないほどになっていたのだから。


「それでさ、OVAの中盤とかヒロインが可愛すぎてさ!」


「あ〜、ごめんねぇ。OVAまだ見てないんだ〜」



相変わらず俺の熱弁とはまるで異なる、眠ってしまいそうなおっとりとした幼声で謝ってくる。


まあそれは仕方ない。

なんせまだOVAは出たばかりだ。俺は事前予約で買ったため誰よりも早く見ることが出来たが、一般の人はまだ購入出来ていない人が多い。そもそも販売数量がそこまで多くないからなぁ。



もっと共有を深めたかった俺は少し肩を落とす。が、瞬間あることを思いついた。


「そうだ!ねぇ、篠崎さんが良かったらなんだけど、今から俺の家来ない?ブルーレイ買ったから見てよ!あ、姉ちゃんにも会えるしさ!」



この瞬間、ふわふわしていた俺は、自分がとんでもないことを口にしたことに気づかなかったが、直後になって自分の言葉の意味を理解した。



「あ、えっと……ごめん!俺変なこと言って……っ」



彼女もどこかキョトンとした表情をしていた。いやまあ、いつもそんな顔なんだけど。


でも、流石の彼女でも今のナンパ紛いの言葉にはドン引きしたかもしれない。


早く釈明しなければ!


と、思っていたのだが……。



「えぇ〜、いいのぉ?行きたぁい」



おどろおどろする俺に彼女はそう返したのだ。



「え……え?ホントに?」


「う〜ん。そんなのぉ、行きたいに決まってるよ〜」


「いや、だってほら。会ったばかりだしそれに……男の家に、なんてさ」



よく考えたら、俺が女の子を家に誘うなんて初めてのことだ。気持ちが高ぶっていたとはいえ、あれは完全に失言だった。


初めて会った、それも男の家に行くなんて、普通にダメだろ。


それに……それに、今の俺にはそんなことをする資格はないんだ。

3人の気持ちに答えていない今の俺には。



「……やっぱりやめよう」


「そっかぁ、残ね〜ん」


「……ごめん。でも嬉しかった。まさか篠崎さんみたいな人と趣味が一緒だったなんてさ」



たった一つのキーホルダーで、こんなにも盛り上がれるなんて思っていなかった。好きなものが一緒なだけで、こんなにも胸が熱くなるなんて。


でも、この熱はきっと……そういうのじゃ、ないんだろう。


「それじゃあ悪いんだけど、今日はもう……」


「う〜ん、わかったぁ」



彼女からの挨拶も貰い、俺はついに本屋を出ることが出来た。


ようやく振り切ることが出来たのだ。

なんとか、これ以上立場を汚さずに済んだ訳だ。


俺が本屋を出ると、彼女も同時に本屋を出た。



「それじゃあね」


「う〜ん」



一応店の前でも挨拶を交し、俺は帰路に着いた。


コンビニ袋の中のアイスはだいぶ溶けてしまっていたが、もうコンビニに寄る気力もない。姉には悪いが、ドロッドロのチョコシェイクとして食べてもらおう。


そんなことを思いながら、俺は歩き続けた。

が、一つだけ少し……いや、だいぶ気になることがあったのだ。


車や人が生み出す音の中を歩く俺の後ろに、ずっと同じ気配を感じた。


それは、街道を抜けて、家に近い住宅街を歩いている時もずっとだ。


ずっと俺と同じペースで歩いている人間がいる。


あまりマナーとしては良くないとは思ったが、俺は勇気をだしてちらっと後ろを振り返った。



するとそこには、さっき挨拶を交し、別れたはずの美少女がいたのだ。



「え、し、篠崎さん!?」


「ん〜、どうしたのぉ?橋田く〜ん」



どうしたもこうしたもあるか!なんで、なんで篠崎さんがずっと俺の後ろを歩いてるんだよ!!



「いやだって!さっき別れたはずでしょ!?」


「そうだよぉ?橋田くんの家、行きたかったな〜」


「じゃあなんで着いてきてるのさ!」



言葉と行動が一致していないだろ!

がっつり着いてきてるじゃないか!



「違うよ〜。私も家がこっちの方向なの〜」


「え、あ、そうなん、だ……」



それなら合点がいく。納得はいかないけど。だってわざわざ俺の後ろに張り付く必要はないだろうに。



「だからって、俺の後ろを歩かなくて良くないか!?」


「そっかぁ、そうだよねぇ。じゃ〜あ」



後ろを歩いていることを指摘された彼女は、少し歩くスピードを上げた。


そして、俺の隣に並んだ所で、歩く速度をまた元に戻したのだ。



「これでいい〜?」


「いやいや!そういう事じゃなくてさ!」


「じゃ〜あ、どういうことぉ?」


「……っ」



俺は次の言葉が出てこなかった。

俺のすぐ隣で美少女が上目遣いをしているのだから、動揺で息が詰まった。


なんかいい匂いするし、更には視線を少し下に落とすだけで、その豊かな胸が視界を覆って……まじでキツすぎる!


本当になんなんだこの人は。

何を考えているのかまったく分からない。

彼女自身も自分のやっていることがどういうことか分かってないみたいだし……本当にもうなんなんだよ!



足踏みに伴って大きく揺れる胸に俺の視線は外れようとしてくれない。


動揺と葛藤に目を血走らせていると、いつの間にか見覚えのある街並みがあることに気づいた。


そして次の瞬間、少し離れたところから、とても聞き覚えのある女の声が耳に入ってきた。



「おーいナオ、遅ーい!!アイス溶けてないでしょうね!!」



少し怒気を含んだ声の主は、俺の姉の千咲だったのだ。



なんで……なんで今日に限って外にいるんだよ!



今ここでアンタが出てきたらそんなの……。


俺は冷や汗をだらだらに垂らしながら、隣を歩く彼女を見て、すぐに察した。



「もしかしてぇ……あの人が」



ずっと眠そうにしていた彼女の半目は、ばっちりと全開していた。


そして、彼女は我が家の前に佇む姉に駆け寄っていった。



「あなたがぁ……っ」


「ん、何?ちょっとナオ、どうしたのこの子」


「あ、いやぁ、なんと言うか……」


「?」



渋い顔をしながら視線を合わせようとしない俺を見て、姉は直接彼女に聞いた。



「えっと、あなたは?」


「ファンです〜!」



彼女は大きく声を張り上げて言ったのだ。目も輝きまくっている。



これは……終わったな。



俺には確信があったのだ。もし、彼女と姉が鉢合わせるようなことがあれば、俺の意見などガン無視で家に入れるだろうと。


そして、それはしっかり的中した。



「あら、あなた私のファンなの!?こんなに……こぉんなに可愛い子が!!」



目を輝かせながらファンだと言う彼女を見たちさ姉もまた、目をギラッギラさせていた。



「そっかそっかぁ!!嬉しいわ!ささ、外は暑いから入って入って!」



姉は篠崎さんの背中を押しながら家に押し込むように入れた。



「ちょ、ちょっとちさ姉!」


「ん、どうしたのナオ?」


「普通にダメでしょ!篠崎さんとは今日初めてあったばかりなのに!」


「別にいいんじゃない?えっと、篠崎さん?もいいでしょ?」


「もちろんですぅ!」


「ほら、彼女もそう言ってるんだから。行きましょ篠崎さん!」



案の定、俺の弱々しい抗議はまるで聞き入れてくれず、2人はするすると家の中へ入っていった。




そんな光景を、溶けたアイスの入った袋を落としかけながら道の真ん中に佇む俺。



入ってしまったものはもう仕方がない。


「まあ……なんとかなる、かな?はは」



そして、苦笑いを浮かべながら俺も自分の家へと遅れて入っていった。




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