第80話 「視線」
結局篠崎さんを家に上げてしまった。というより、ちさ姉が無理矢理家に連れ込んだ。
色々と予期せぬ事態ではあるが、まあ彼女はちさ姉のファンらしいし、ずっと姉のところにいてくれれば俺に白羽の矢がたつことはないだろう。
いや、勿論何もするつもりはないが。
そして、俺の予想は的中したらしく、家に入った途端、ちさ姉は篠崎さんを自室へと連れ込んで行った。
あんなご満悦な姉は久しぶりに見たな。よほど篠崎さんのことが気に入ったようだ。
彼女がいつまで姉に拘束されるかは分からないが、まあとりあえずは俺もゆっくりしよう。
そう思い、俺も自室へと入っていった。
部屋のベッドに横たわった途端に、ポケットに入れていた携帯がブルルと振動した。
「電話か……」
携帯を取り出して着信画面を覗くと、そこには「彩乃」と表示されていた。
そういえば、ずっとメールもなかったっけ。
俺はすぐに電話のマークのボタンをタップし、携帯を耳に当てた。
「もしもし?」
『せんぱいですか?おひさでーす!』
「そうだな。そういえば、メールとかも全然なかったけど、何かあったのか?」
彩乃なら毎日送ってきてもおかしくないのに、旅行以来1度もなかったからな。何か理由があったのだろう。
「スマホ修理に出してたんですよ」
「そうだったのか。全然連絡ないから割とマジで心配したよ」
「せんぱいが私のことを……えへへ」
なんだか声が遠くなってよく聞こえないが、彩乃の笑い声から何となく表情が読める。
「でもまあよかった。事故とかじゃなくてさ」
「はい!スマホの修理終わったからすぐにせんぱいに電話かけたかったので!」
「お、おう……」
やべぇ、電話越しとはいえ、女の子からそんな台詞聞くとなんか照れるな。落とし文句すぎだろ。
「あ、あと聞きたいことがあったんですけど」
「え、ああ、何?」
「せんぱいが学校祭で誰か1人を決めるって本当ですか?」
「……っ」
俺はつい反射的に驚いてしまった。
が、良く考えれば別に彩乃が知っていたって不思議なことじゃない。
受験態勢に入ったとはいえ、沙耶香先輩と全く連絡を取らないなんてことはないし、先輩からあの時の話を聞いたのだと簡単に推測できる。
「……ああ。そうだ」
まあ、彩乃や雅にも知られて困ることじゃないしな。むしろ、これでもう言い逃れは出来ない。弱い自分とはもうここで決別しなければならないんだ。
「そうですか……直之せんぱいがどんな選択をするのかはすごーく気になりますけど……嬉しいです。ちゃんと決めるって言ってくれて」
「いや、そんな……」
俺は次の言葉がうまく出てこなかった。
だってそうだ。これはそんな喜ばれるようなことじゃない。ずっとうじうじと悩んで、逃げて、待たせていたのはこっちなんだ。
「まあ、私を選んでくれたらもう最高に嬉しいですけどね!!」
「っ……」
そういうのだろ。反則なんだっての。
なんでそんな男をデレさせるような言葉連発できるんだよ。
「でもとりあえず、せんぱいが誰を選ぶのかは学校祭の時まで考えないようにしますね。今はせんぱいの声聞けただけで満足です!」
「そ、そっか……俺も彩乃の声聞けてほっとしたよ」
「えへへ〜。あ、じゃあそろそろ切りますね」
「わかった。また連絡してくれ。こっちからもメール送るから」
「はい!今日からばんばんメール送るので覚悟してください!」
「お、おう……それじゃ」
最後に彩乃から元気な返事を聞いて電話を切った。
しかしまあ……学校祭か───
多分凄いベタな状況にはなってるだろうけど、経験の乏しい俺にはこれぐらいしか思いつかないな。
学校祭で俺はあの3人の中から1人を選ぶ。
ずっとはぐらかしてきた俺ができる唯一のケジメなんだ。
俺は部屋の壁にはられたカレンダーに視線をやる。
全校での学校祭準備は来週から。そして、本番は再来週、か……。
カレンダーを見て、ゆっくりと迫り来る勝負の日を確認しながら、俺は覚悟を決めたようにスマホをぐっと握りしめた。
と、そんなことをしていた時、あることを思い出した。
───そういえば……せっかく家に来たんだし、篠崎さんにあのアニメのOVAを見てもらおう。
俺は棚にしまってあったブルーレイディスクのケースを1つを取り出し、自室を出て姉の部屋へと向かった。
1度部屋の扉を叩き、姉からの返事を貰った後に扉を開けた。
中には仕事する時に使う椅子に座る姉と、姉と対面するように床にペタンと座り込んでいる篠崎さんの姿があった。
「あ、篠崎さん。せっかくだし、さっき言ってたアニメ見ない?」
「あ〜、うん〜。見たいなぁ」
「じゃあリビングで見ようよ」
篠崎さんにリビングへ行くように言った。
俺の部屋にも一応小さいテレビはあるが、大画面で見た方がいいだろうし、それに……流石に俺の部屋に女の子を入れるとか絶対できない。
そして俺たちは階段を降りてリビングへと向かった。
リビングのソファに篠崎さんを座らせ、俺はテレビのセッティングをしていた。
その最中、何故だか分からないが、篠崎さんからの視線を感じた。
家に着いてきた時は篠崎さんの気配だけだったが、今は強い視線が背中に伝わってくる。
なんだろう……。
「よし、これでオッケー。今から流すから」
「うん〜」
俺はテレビの再生ボタンを押し、篠崎さんの座るソファから少し離れた所に立った。
「どうして立ってるのぉ?」
「ああいや、気にしないで」
そんなん無理だろ。
俺の家のソファはせいぜい座れて3人ぐらいの大きさだ。
俺が座れば、自然と篠崎さんの隣に座ることになってしまう。
そんなことできるわけが無い。
しかし、そんな俺の考えなど知らない篠崎さんは、ポンポンと自分の隣を叩く。
「橋田くんも座ってよ〜」
「えぇ……」
「ほ〜らぁ、もう始まっちゃうよぉ」
クソっ、なんなんだよ本当にこの人は。
和希曰く、なんか抜けたところのある天然気質とは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
男と一緒にいるってことの意味が分かってないのだろうか。
それとも、俺を男だと思ってないということなんだろうか。それだとちょっと男としては悲しい話だ。
しかし、篠崎さんは促しをまるでやめようとしない。このままでは両者ともアニメに集中出来なくなってしまう。
……仕方ない、のか。
「わ、わかった。分かったから画面の方に集中して」
そう言いながら、俺は極力篠崎さんから距離をとるように、ソファの端っこの方にちょこんと座った。
と、その時丁度のタイミングでオープニングが流れた。
こうなってしまえばこっちのものだ。
オープニングの音が耳に入れば、他の誰からの声も俺には聞こえないようになる。アニメになれば、俺の集中力は半端ないぞ。
それにしても、このオリジナルオープニングも良いよなぁ。これでそこまで人気がないのも不思議なものだ。
やっぱりラノベ発からのアニメは成功が中々難しいのだろうか。
オープニングが終わり、とうとう本編が始まった。
いやぁ、この出だしも俺としてはバッチリなんだよなぁ。ネットではクオリティ低いだの言われてはいたが……。
確かこれで見るのは4度目だが、何回見ても飽きる気がしない。原作にはなかったシチュも満載だし、何よりヒロイン達が可愛すぎるんだよな。
と、そんな時、ヒロインの1人が最高に可愛い瞬間が流れた。俺は思わず頬が緩む。
……そういえば、篠崎さんの方はどんな反応をしているのだろう。
少し気になり、俺は意識を少しだけ篠崎さんの方に向ける。
と、すぐに俺は気づいた。
───あれ?篠崎さん……なんかずっと、俺の方を見てないか?
そう。篠崎さんの視線が、画面ではなく俺の方に向けられているように感じたのだ。というか、多分がっつり俺の方を見ている。
セッティングをしていた時よりも強い視線だ。
一体何なんだろう。篠崎さんの行動の理由が全く分からない。
このアニメ好きだって言ってたのに、どうして俺の方ばっかり見てるんだ?そんなんじゃ俺も篠崎さんもアニメに集中出来ないじゃないか。
1度感じ取ってしまった視線が気になり、俺の意識は完全にアニメから離れてしまった。
それからも、やっぱり篠崎さんは俺に視線を向け続け、俺はそれが気になりアニメの内容が全く頭に入ってこずに、50分程度のOVAは終わりを迎えた。
「よ、よし。これで終わり!い、いやぁ面白かったなあ!」
「そうだね〜」
「……」
いや、そうだね〜って……ほとんど見てなかったよね?
とは言えなかった。
篠崎さんの行動にはかなり気になる部分が多いが、余計に聞いても話がややこしくなるだけだろう。
これ以上妙な空気になる前に篠崎さんにはおかえり頂こう。
「ほら、もう遅い時間だし、親御さんも心配するでしょ?ちさ姉には俺から言っとくからそろそろ、ね」
肝心なワードは濁したが、帰って欲しいという俺の意思は伝わったようだ。
「そうだね〜。今日はこれで帰るね〜」
「よ、よし。じゃあ玄関まで送るよ」
そして、俺は玄関先まで篠崎さんに同行し、家の扉を開けた。
「そ、それじゃあね」
軽く挨拶をし、扉を閉めようとした時、篠崎さんから重ねて声がかかった。
「うん〜。ねえ橋田く〜ん」
「え、な、何?」
「また遊びに来てもい〜い?」
「えっ……!?」
驚きのあまり、俺は一瞬吹き出しそうになった。
……今、なんて言ったんだ?また遊びに来てもいい?って言ったのか?
さっきの視線と言い、本当に篠崎さんは何がしたいんだろうか。
アニメの話ができるのは嬉しいけど、それ以上に謎が多すぎる。
正直もう、あんまり関わりたくはない。
しかし、俺は篠崎さんの言葉を否定することは出来なかった。
こんな可愛い子に、こうも純粋そうな顔で言われたら、男の俺が断れるわけも無い。
「そ、そう、だね。まあ、またいつか、ね」
「うん〜。じゃあ〜、明日また遊びに来るね〜」
そう言って、篠崎さんはようやく家の前から動き出した。
「あ、あははは……」
そんな俺は……もう苦笑いしか出来なかった。
ていうか。ん?……明日!?
「ちょ、篠崎さ……」
呼び止めようと声を上げるも、いつの間にか篠崎さんの姿は消えていた。
おいおい……。
まあ、明日も暇っちゃ暇だからいいんだけど……いや良くはないな。
何というか……掴みどころのない不思議な人だ。
しかし、あの視線はなんだったのだろう。理由があるとすれば、ちさ姉と部屋で話していた時だろうか。
まあ、今日はなんか異常に疲れたし、もう考えるのはよそう。明日ちさ姉に聞けばいいや。
扉の鍵を閉め、俺はもたついた足取りで自室へと戻っていった。
ほんの1時間ほど前───
千咲の部屋へとあがった真帆は、彼女らしからぬ輝いた表情で千咲と会話していた。
「そっか、いやぁ改めて聞くと凄い嬉しいね〜。あ、というか私のことは名前で呼んでいいよ?本名でね」
「わかりましたぁ、千咲さん〜。それとぉ、特にぃ、千咲さんの描く絵がすっごく好きなんですぅ!」
「あ、やっぱり?私もあの絵に関しては最高だと思ってるのよね」
そう言った千咲の言葉に、真帆はどこか違和感をおぼえた。
自分の絵を褒めているような言い方とはちょっと違った気がしたのだ。
「えっと〜、あの絵は全部、千咲さんが描いてるんじゃないんですか〜?」
「いやぁ、恥ずかしながら全部私が描いてる訳じゃないよ。だいたいいつも半分くらいはアシスタントに任せてるからね」
「アシスタントさん、いるんですね〜」
───アシスタントさん、凄いなぁ〜。あんな絵が描けるなんて〜。
千咲の言葉で、彼女と共に漫画を描いている人がとても気になっていた。
「そうそう。アイデアとかも一緒に考えるんだ〜」
「凄いですねぇ〜。アシスタントさんってぇ、どんな人なんですかぁ?」
勢いで真帆はそんな質問をした。
少女漫画のアイデアを一緒に考えるということだから、多分女の人なのだろう。と、そんな予想をしていた真帆だったが、千咲から放たれた言葉に、真帆のタレ目が少し開いた。
「あぁ、アシスタントって言うのはウチの弟……ナオのことなの」




