第67話 「温泉」
黄昏の色に染まる美しい海を後にした俺達は、そこからバスに乗って10分程の所にある旅館に来ていた。
「おぉ、ここが彩乃の予約した旅館か?」
「そうです!どうでしょうか」
「普通にいい所だな」
「普通に」と置いたのは彩乃が予約したからだ。
彼女のことだから、なんか一風変わった宿とか選んでくるかと思ったが、ここはちゃんと旅館という言葉が似合う造りだった。
至って変わった特徴はないが、無難に良い旅館だ。
しかし、一つだけ懸念があった。
「なあ、この旅館って1泊いくらぐらいするんだ?」
俺が言う前に口を開いたのは和希だった。
そう。俺達は今日この時まで、彩乃の予約した旅館について何も知らされていなかったのだ。
何度かメールで聞いてみたが、「行ってからのお楽しみ」の一点張りで何も教えてけれなかった。
ここがどういう旅館なのか、何部屋とったのか、料金はいくらなのか。
まあ、建物からじわりと湯気のような物が立ち上っているから、おそらくは温泉系の旅館なんだろうけど、最悪持ち合わせの金では足りないなんてことがあるかもしれない。
それは彩乃以外の全員が思っていたことだ。
「もー、私を誰だと思ってるんですか。その辺りもちゃんと考えて選びましたからー」
俺達は揃って感心した。この中で1番年下だと言うのに、中々どうして頼もしいものだ。
「なんとこの旅館……1泊7000円です!しかも朝と夜のバイキング付き!!」
彼女の自信に満ち溢れた言葉に俺達全員が目を白黒させた。
想像以上に望ましい場所だった。条件が全て揃っている。
まさか彩乃がここまで完璧なプランを立てているとは思わなかった。
海に行こうと最初に言い出したのは彩乃だったし、それなりに計画を練っていたのだろうか。
「おお!そりゃすげえな!」
「でも本当なの?後で料金上乗せされたりしないわよね?」
「大丈夫ですって!さあ早くチェックインしましょ!」
ただ単純に感嘆する和希は張り切る彩乃に着いていくが、俺を含む他の3人はまだ動けていなかった。
「だ、大丈夫かな……」
「まあ、多分大丈夫だろう。予約は出来てるみたいだし」
後で手違いでしたなんて言われたとしても俺達に非はないはずだ。
「そうね。とりあえず入ってみれば分かるわ」
未だ慎重さが抜けきれない面々も、沙耶香先輩を先頭に彩乃達の後ろを着いて行った。
「すみませーん、春川で予約した者ですけどー」
ロビーの受付スペースで彩乃が旅館のスタッフに声をかける。
「はい。春川様ですね。お待ちしておりました。ご予約されたのは5名様、お部屋は二部屋でお間違いないでしょうか?」
「はい」
「わかりました。それではお部屋までご案内致しますね」
スタッフの女性の誘導で、俺達は部屋に向かった。
さっき沙耶香先輩が料金を聞いて、彩乃の言った通りの値段だったから皆安心している。
まあ、疑われた彩乃はなんだか腑に落ちない顔をしていたが。
「二部屋ってことは、俺ら男組と他3人で分かれるってことだよな?」
部屋に向かう道中で、そんな当たり前のことを聞く和希に俺はため息をついた。
「はぁ、そんなの決まってるだろ、常識的に考えればさ」
「え、違いますけど」
「ほらな、彩乃もそう言って……て、『はい?』」
俺と気の抜けた声が沙耶香先輩とシンクロした。
ん?今彩乃は何て言ったんだ?
「すまん。俺の聞き間違いかも。もう1度詳しく説明してくれないか?」
「だから、私とせんぱいで一部屋で、他の方達で一部屋ってことですね」
先程の「違いますよ」の意味がようやく分かった。しかも1番想像したくなかった方が当たってしまった。
「おー、そりゃ中々大胆だな」
「いや普通にダメだろ!!何考えてんだ!?」
「そ、そそそそうよ!そんな、年頃の男女が同じ部屋だなんて、そんなのダメに決まってるわ!!」
「え、あ、あ……」
和希を除き、彩乃のとんでも発言に露骨な動揺を見せる俺達。雅なんて言葉も出ない様子だ。
「お、お客様、流石にそれは問題があるかと……」
こんな会話に割り込みたくはなかったのか、決まりの悪い顔をしたスタッフの女性が彩乃の発言を否定してくれた。
「むぅ、仕方ないですね……わかりました」
旅館側からの言葉には弱かったみたいだ。
俺達は男組と女組に別れ、女性から1つずつカード型の鍵を貰った。旅館と言っても中身は近代化しているらしい。
「こちらが部屋の鍵になります。今温泉の方にはまだ誰もいないと思いますので、ゆっくり浸かりたいのでしたらお早めに行くことをおすすめしますよ」
「そうなんですか!やったあ!」
彩乃が嬉しそうにするのも分かる。
こんな立派な旅館の温泉にほぼ貸切で入れるなんてな。チェックインのタイミングが良かったようだ。
「じゃあ荷物置いてすぐに温泉入りに行くか」
「そうしましょー!!」
俺達は各々の部屋の扉を開き、旅館さながらの畳部屋に荷物を置いた。
着替えを持った俺達は秒単位で部屋を出て、その足で温泉に向かった。
青と赤の垂れ幕の中間地点で俺達は1度止まる。
「そういえばここ卓球できるみたいだぜ?」
「おお、なんか温泉っぽいな」
「それじゃあ30分後ぐらいにここにもう1度集まるか」
男2人で会話を進めていると、女性陣からヤジが飛んできた。
「30分は流石に無理ですよー!」
「え、30分って結構長くないか?」
軽はずみな発言に呆れたようにため息をついたのは沙耶香先輩だった。
「はぁ……男の子はいいかもしれないけれど、女の子は色々と大変なのよ。ねえ?雅さん」
「は、はい。もうちょっと欲しい、です」
「そ、そうなのか……じゃあ1時間後でいいかな?」
最初に提示した時間の倍を言うと、女性陣は納得するように小さく頷いた。
うーん……女の子というのは中々難しいな。うちの姉は早風呂だけどなぁ。ちさ姉じゃ基準にはならないか。
集合時間を決めた後に、俺達はそれぞれの垂れ幕の下をくぐった。




