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第66話 「海」



心の中に何か一つでも大きなものがあると、人というのは時間に対してとても疎くなる。


特に、近い未来に何か楽しみにしていることがあれば尚更だ。


楽しみがもうすぐやってくる。


そんなこと思って目を閉じ、そして目覚めた時には、既にそれが目の前にあって────





「海だあぁああああ!!!!」


喜びと高揚感をひしひしと感じさせるその甲高い叫び声が途方もない響きとなる。



どこまでも澄み渡った青空を彩る淡い白と眩しい輝き。

一つの見えざる境界線を隔てて、空の青さを凌ぐほどの美しさを見せたのは、どこまでも深く壮大な海だった。


「世界」というキャンバスの半分以上をその煌びやかな海色が飾った。



そう。俺達は今……海にやってきていた。



この美しさにふけっている俺達を差し置いて開口一番に叫んだのは勿論彼女だ。


「さあ!早く遊びましょー!!」


「待ちなさい!ちゃんと準備運動をしてからじゃないと怪我をするわよ、彩乃さん!」



電車で3時間の長旅から解放され、水を得た魚のようにはしゃぎ立てる彩乃を制止させたのはこの中で最年長である沙耶香先輩だ。


この2人の性格は極めて単純と言えるだろう。

そんな2人に遅れをとったのは雅だ。


彩乃のようにはしゃぎたい。でも沙耶香先輩の言うことに思考を揺さぶられている彼女を見て俺は口を開いた。


「今日は目一杯楽しもうな、雅」


「う、うん!」


「あ、でも病み上がりだから無理はするなよ?」


「だいじょうぶ。もう、何ともないから。私、今日がすごく楽しみだった」



俺の隣で感動に瞳を揺らす雅。


あぁ、俺もそうだ。

今日という日が楽しみで、しかたなく待ち遠しかった。


平凡でつまらない思考しか持っていなかったつまらない俺を変えてくれた皆とこうして同じ空の下にいられることに、とてつもない喜びを感じた。それこそ、俺達のようにこの海に遊びに来ている誰よりも、俺の胸は高鳴っていたんだ。



大きなクーラーボックスとビーチパラソルを抱えなが、俺は履いていたスニーカーを脱いで砂浜に足を踏み入れた。


「熱っ!!」


少し調子に乗ったか。流石に裸足で夏の砂浜を歩くのには無理があった。

スニーカーの代わりに持ってきていたサンダルを履き、再び白い砂を踏んだ。


広げたビーチパラソルを砂に差し込み、その影にブルーシートを敷く。


皆は各々持っていた荷物をそこに置き、上に着ていた服を勢いよく脱いだ。


下にはこの前購入したばかりのまっさらな水着が……うーん、やっぱり皆可愛い。というかエロい。


背景に美しい海があるからだろうか、以前に見た時よりも更に眩しい。


海に水着の美少女は最強の組み合わせだ。


俺と和希も下に水着を着てきたので、上着を脱いでいつでも泳げる格好になった。


「よーし、それじゃあ皆いきましょう!」


「だからその前に準備運動!!」


「えー?ここは学校のプールじゃないんですよ?先輩頭硬いですって」


「だめ。こういう場だからこそ、何が起きるか分からないのだから」


「むぅ、わかりましたぁ」



渋い顔をしながらも彩乃は準備運動を始めた。

それにつられて俺達も皆並んでストレッチをする。


「なあ和希、妙に周りからの視線を感じるのは俺だけか?」


「いんや俺もだ。ま、海にまで来て団体で準備運動してたらそりゃ目立つわな」


正直こんな公衆の面前で屈伸だのしんきゃくだのしてたら恥ずかしくて仕方ない。



準備運動も終わり、いい具合に体が解れて来た俺達は海へ一直線に走り出した。


「さあ!遊びましょー!!!」


『おー!!』



灼熱の下にある海水の冷たさを感じる。

周りには子供のようにはしゃぎ立てる皆。



───本当の意味で、俺の夏が始まった瞬間だ。



澄み渡った快晴の下で、俺達は思い切り遊んだ。気の向くままに、本能のままに、疲れ果てて動けなくなるまで遊び倒した。


遊泳、ビーチバレー、スイカ割り、釣り。

思いつくものは全てやり尽くした。


昼には海の家で夏らしく焼きそばやらかき氷やらを腹いっぱいになるまで食べ尽くし、皆で他愛もないことを意気揚々と語り、そして笑った。


残念といえば残念なのだろうか、ここに来る前に俺がイメージしていた海イベントはそれほどなかった。


なんかこう、ほら……美少女にサンオイル塗ったりとか、水かけ合いっこしたり、水着が波に流されたりとかさ。


そういうのベタな展開をちょっとだけ……本当にちょっとだけ期待していた節もあったが、現実はそう上手いことできていないってことだ。

俺自身もちょっと感覚が麻痺してるのかもしれない。


まあ、結果的には楽しい思い出を作ることができたので万事OK。


それに、今回の旅行は1泊2日。

明日の予定はまだ正確に決まっていないが、きっとまた何かが起こる気がしていた。



楽しい時間は瞬く間に過ぎていき、いつの間にか日は落ちていた。


本当に一瞬だった。

こうして皆と出会うまで、俺の人生にこんな刺激的な時間が訪れるなんて想像もしていなかった。

俺の心は満ち足りていた。





最後は夕焼けの海を背景に5人全員で写真を撮り、この美しい景色を後にした。そして─────



この回を楽しみにしてくださっていた方には、少々物足りないと感じたかもしれません。作者としても、もう少し話を練りたかったのですが、発想力と妄想力が足りませんでした。すみません。

海の話はたったのこれだけで終わりになってしまいますが、次回投稿予定の旅館の話ではもう少し登場人物達の関係に踏み込んでいきたいと思っておりますので、また軽い気持ちでお待ちいただければと。

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