第59話 「相談」
放課後、ホームルームが終わると同時に、俺は教室を勢いよく飛び出した。
「お、おいナオ!もう帰るのか!?あいつらのことはどうすんだよ!」
廊下で和希に引き止められるが、俺は振り返らなかった。
「あー、悪い。今日はちょっと……先帰ったって言っといて」
そんな空返事と共に、俺は再び廊下を歩き始めた。
───本当は、こんな風に目を背けたくない。でも……
「あいつ……」
いつも隣で顔を合わせていた友人は、背を向けたままこちらを振り向いてくれない。
何か……何かあったんだ。でも、それが何かわからない。教えてくれない。
───教えられない理由がある?
憶測ばかり並べていたって最終的な解決には辿り着けない。
何年も一緒にいたからわかる。
ナオは、考えすぎる節がある。
自分の中で余計な価値観を担ぎあげて、一人で抱え込むことが何度かあった。
自分で決められないくせに、誰にも言わない。すぐ我慢する。
そんな奴に、俺がしてやれることはなんだ。
和希は考える。
どうしたら、あいつの助けになれるのか。
どうしたら、いつものあいつに戻ってくれるのか。
親友の後ろ姿を見ながら考えていた時、ふと休み時間のことを思い出した。
笹原裕翔────彼が関係しているのは間違いない。
だからといって何になる訳でもない。
どうしたら……。
「瀬戸、くん……?」
「……工藤先輩」
教室前の廊下に姿を見せたのは工藤沙耶香を含めた3人の女子生徒。
「せんぱいは……?」
「あぁ、今帰っていった」
「また……」
廊下に佇む3人を見て、和希は後頭部に手を回し、眉を歪ませる。
しかし次の瞬間、和希の表情は真っ直ぐなものになる。
「今からちょっと……いいっすかね」
『え?』
────あの日から1週間経った今も、皆を避け続ける日常は続いていた。
「悪い、今日も先帰るから。それじゃ」
「ちょ、ナオ!」
こんな日が続いても尚、和希は呼び止めること止めなかった。
が、俺は1度も振り返ることなく、一人で廊下を踏みしめる。
和希や彼女達を避ける度、俺の足取りはどんどん重いものになっている気がする。
振り返って話しかけたい気持ちと、あの時の笹原裕翔の言葉が混同し、心の置き場が定まってないんだ。
奥歯をかみ締め、拳を軽く握りながら、俺は帰路に着く。
自宅に到着し、自室に入るとすぐに鞄を投げてベッドに飛び込んだ。
いつにも増して深い溜息を枕にぶつける。
体が重い。もう、何もしたくなくなる。このまま朝まで眠っていたい。
が、そういう訳にはいかない。
「ナーオぉ、お腹減ったんだけど〜」
わざとらしく弱々しい声と共に床を這いながら扉を開ける女。
そう。家には姉がいる。
腹が減ればこっちの都合も考えず本能に任せるの獣が……。
「あーハイハイ、わかってるよ」
腕の力だけでベッドから起き上がり、雑巾のように転がっている姉を避けながら部屋を出た。
その時。
「ナオ……最近何かあったでしょ」
そんな言葉に俺の足はピタリと止まる。
「……別に」
「あの子達とは今も一緒に帰ってるの?」
「……いや」
「今、何か悩んでるでしょ」
「嘘だね」
「……」
最後は無言の返答を残し、再び歩き始めた。が、直後足を掴まれた俺はバランスを崩して廊下に顔から倒れ込んだ。
「……っで!ちょ、何すんだよ姉ちゃん!」
ゾンビみたいに足掴んできやがって、何のつもりだよ。
「まぁまぁ、話してみなさいな」
「っだから何もないって!飯作ってくるから離せって」
「もー、そういうのいいから。……お姉ちゃんなんだから、何でもお見通しなの」
寝っ転がりながら何故か説得力のある言葉に、俺は不本意に抵抗力が弱まってくる。
何がわかってるのか……具体的なことは何も言ってないのに、どこかで姉に期待する自分がいた。
実の姉になら……家族になら……。
「例えば……例えばの話だ」
そう切り出しながら、イフという形で自分の話を持ち出すという常套手段をとることにした。
例えばとある理由から、今まで仲良くしていた人達と接触できなくなったら。今までのように近づくと、相手に迷惑をかけるかもしれない。そうなったらどうしたらいいのか────。
「……で、どうしたらいいと思う?」
「あー、うん。どうしようかね、わかんないな〜」
「……は?」
頭上に疑問符を浮かべ、馬鹿みたいな面をしている姉。
おいおい、あんな偉そうに聞いといてなんだよそれ。
「わかんないって……」
「だってわかんないよ。どんな理由があって近づけないのって話。近づいたら死ぬわけでもないのに」
「だから、相手に迷惑をかけるかもって……」
「そんなの相手に聞いてみないとわかんないんじゃない?」
「……っ、そ、それはそう、かもしれないけど……」
そんなの屁理屈だ。それがてきないから今こうして悩んでいる訳だし。
「というかさ、そうやって一人で決めつけてるのがそもそもの原因なんじゃないの?」
「それって……」
「友達ならさ、普通に相談したらいいんだと思うよ」
説得力はまるで無い。でも……どうして姉の言葉に俺はこうも心を揺れ動かされているんだ。
俺になかったもの……俺に必要だったもの……だからなのか。
「……い、いいのかな。もし、本当に迷惑をかけるようなことになっても」
「もし迷惑かけたらさ……謝ればいいんだって」
その言葉が耳朶を打つと同時に、俺の中で絡み合っていた何かが解けていく感覚があった。
自分ではどうしようもなかったモヤが晴れていくような……。
「ちさ姉……」
「ま、もしダメだったらお姉ちゃんが全力で笑ってあげるから安心してね」
「……」
……このタイミングで空気壊す辺りは姉らしい。でも……俺の感動を返しやがれ。
たく、ちょっとでもいい姉だと思った俺が馬鹿だった。
「……笑った後に、慰めてあげるからね」
そんな優しげな言葉と共に、後ろから腕を回してきた。
───まったく、本当に俺は馬鹿だったよ。
「お姉ちゃんはナオの味方だからね」
「……はいはい、もうわかったよブラコン」
「あ、酷〜い。ナオもお姉ちゃんのこと大好きなくせに〜」
膨れっ面をしながら唇を立てる姉を見て、俺は久しぶりに口が緩んだ。別に面白かったわけでもないのに、どうしてか笑えてきた。
「はは、ははは」
「何笑ってるの?」
「いや、そうだな……俺も、姉ちゃんのこと好きかもだわ」
「え、マジで〜!?ナオ、やっぱりお姉ちゃんのことそういう目で」
こういう手のひら返しで俺の事をからかって来る感じ……いつもされてるようなことだったのに。あぁ……なんかいいな。
「あーはいはい。そうゆーことにしといていいよ。それじゃあ俺は飯作ってくるから」
絡みつく姉をゆっくりと引き剥がして俺は立ち上がった。
「……ありがとな」
視線を外したまま、俺は姉に礼を言った。面と向かって言うのは気恥しい。
見えていないが、姉もまた少し笑っているのがわかった。
その後は何も言わずに俺は階段を降りていった。
───相談するって、こんなに気分が晴れるもんなんだな。
台所で夕飯の調理をしながら、さっきの会話を思い出し、ポケットからスマホを取り出す。
SNSのアイコンをタップし、トーク画面を開いた。
そこには、今まで送られてきたおびただしいほどのメッセージ通知があった。
和希からはもちろん、雅や彩乃、沙耶香先輩からもたくさんメッセージが入っていた。
それだけで、皆が俺の事を心配してくれていたのがわかる。
1人ずつ個人トーク画面を開いてメッセージの内容を一つ一つ確認する。
どれも些細で単純な言葉だった。彩乃に関しては、変な絵文字やスタンプばかりでメッセージらしいメッセージは何一つなかった。けど……ぐっと心に届くものばかりだ。
俺はこんなにも暖かい人達に囲まれていたんだと、改めて認識した。
そうだ。俺はこの人達に報いるために、今一度覚悟を決めなければならない。
明日……明日だ。まずは和希に、そしたその次に彼女達に、死ぬほど謝って、それから……ちゃんと話そう。
怯えてばかりいられない。まずはそこからだ。
そう意気込んでいる間、味噌汁の鍋はぐつぐつ沸騰し続けていた。
「やべっ!」
スマホをしまい、慌ててコンロのスイッチを消す。
そして、次の日の朝────
「ごめん!和希。ここ1週間、皆を避けてて……」
他の生徒の目なんて気にもせず、俺は教室で深々と頭を下げた。
「朝っぱらから何謝ってんだよ」
「だって、俺は……」
「いいんだって。何かあったんだろうとは思ってたからさ。だからもう頭上げろって」
少しは怒りの言葉を受けるつもりでいたが、和希は穏やかな表情で俺の肩に手を置いた。
よし、ここまではいい。この後は……。
「なあ和希、今日って部活あるか?」
「いや、ないけど」
「なら良かった。放課後にちょっと話したいことあったから」
「ああ、それなら丁度よかった」
「え……?」
「俺も、いや……俺達もちょっと話があるからさ」
俺達もと訂正した感じを見ると、それはおそらくあの3人を含めた面子のことを言っているんだろう。
今日も早めの電車に乗ってきたから、彼女達とはまだ誰とも会っていない。
ちょっと気が重くなる。が、ここで逃げてはいけない。
「そ、そっか。じゃあ、放課後に……」
俺の了承を最後に会話は途切れ、放課後を待つこととなった。




