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第57話 「失念」

 


「き、君は……」


「やあ橋田くん。俺の事知ってんの?」


「えっと、笹原くんだよね?生徒会副会長の」


「へー、ならここに呼び出された理由も分かってるのかな?」


「いや、それは……」



 思い当たる節がない。お互いに知ってはいるみたいだが、調節面と向かって話した訳じゃない。


 接点がまるでないんだ。


 何か彼に呼び出される理由があったかと、記憶の中から探ってみる。


 そんな時。俺が押し倒してしまった女子生徒が、笹原の元に近寄っていった。



「ねえ裕翔、これで良かったのぉ?」


「ああ、ありがとう。今度どこか遊びに連れて行ってあげるよ」


「やったぁ!それじゃあ私はもう行くね」



 満足そうな顔で教室を出ていく女子生徒。


 あれ?彼女が俺を読んだわけじゃないってことなのか?


 ということはつまり……。


「さて、橋田直之……君には色々と聞きたいことがあるんだ」



 俺にこの手紙を差し向けてきたのは……生徒会副会長、笹原裕翔だった。



「聞きたいことって……」


「……どうやったんだ」



 瞬間に変貌した鋭い視線を向けながらそう聞いてくる笹原だったが、俺は頭上に疑問符が浮かんだ。



「えっと……どういうことだ?」


「とぼけんじゃねえよ」



 いや、とぼけるも何も本気でわからないんだが。なのにどうしてそんなに冷たい声色をしているんだろう。


「お前……どうやって会長を落としたんだ」


「落としたって……っ」



 そう言われて、彼が伝えたいことが何となくだが察しがついた。


「会長を落とした」……つまり、どうして俺が会長に好かれているかと彼は言いたいのだろう。



「こんな冴えない男に惚れるなんておかしいんだよ。お前……工藤会長に何をしたんだ!」


「何って言われても……」



 この場合なんて答えればいいのだろうか。一言で言ってしまえば、単純にチョロいだけなんだよな。


 別段大それたことをした覚えもない。いつの間にか好きになられていたというのが正しいのだが……それを本人のいない場所で口にするのは無責任というものだ。


 それに、冴えない男というのは間違っていない。そんなやつからの説明を素直に受け取るかどうかも怪しい。ならばここで俺が答えるべきは。



「それは……先輩に直接聞けばいいんじゃないかな。俺からは何とも言えない」


「……そうか。じゃあ仕方がない」



 そう言うと、笹原は1度しまったスマホを再び取り出し、画面を俺の方に見せてきた。


 そこには、先程俺が押し倒してしまった女子生徒との写真が映っていた。



「この写真を学校中にばらまいたら、どうなるかわかるよな?」


「……っ!」



 薄々気づいてはいたが、先程の事故は仕組まれたものだった。


 あの女子生徒は笹原が仕向け、俺を脅すための材料を手に入れた訳か。



「この写真を消して欲しかったら、二度と会長……いや、最近お前と一緒にいる女達に近づくんじゃねえ。連絡もするな」



 そうだったのか……笹原裕翔は、沙耶香先輩のことが、好きなのか。


 これは俺に対する嫉妬からきた復讐……てことなんだろうか。だとしたら、俺は完全なとばっちりだが、いつかこんなことになるかもとは危惧していた。


 だって、あんな可愛い女の子達が俺と一緒にいてくれているんだ。学園トップの美少女達が。


 そんな俺を好ましく思ってないやつなんてごまんといる。その1人が生徒会副会長の笹原裕翔だった。それだけだ。


 それにしても、あの笹原裕翔がこんな手で俺をはめに来るとは思わなかった。真面目で誠実という印象が学校中に根付いているが、実際のところそうではないらしい。


 俺を陥れるために、他の女を使うなんて……想像もしなかった。



 彼の本心と思惑がわかった今、彼の提案に俺はどう答えるべきだろうか。


 本当に彼がその写真を学校中にばらまけば、俺の社会的地位はどん底行きなのは確実だ。それだけなら別にいい。元々そんなに目立つやつじゃないし、噂されるほど存在感はない。噂されても「誰それ?」みたいな感じでいつしか噂は消えるだろう。


 しかし、問題はそこじゃない。


 これがきっかけで、彼女達に対する周りの視線が変わってしまうようなことがあるかもしれないのだ。


 クズ男に騙されていて可哀想という解釈をしてくれればそれに越したことはない。が、もしも別の解釈をされれば……。


 クズ男と知ってても尚近づくような軽い女……なんて思われれば、彼女達に対する風当たりも強くなってしまう。


 いや、流石に俺の考えすぎだろうか。

 少し自惚れがすぎる気もする。しかし、僅かでもそんな可能性があるならばそれは絶対に避けなければならない。


 だから俺は答えた。



「……わかった。彼女達には、近づかない」


「へぇ、話が早くて助かる。まあ、今はこの写真をばらまかずにいてやるよ。今は、な」



 薄ら笑いを浮かべながらそう言うと、笹原はスマホをポケットにしまい教室を出ていった。




 空き教室に1人残された俺は、天井を見つめながら小さな溜息をつく。


「……はぁ、どうしようか」



 いつかこんな時が来るのではないかと思ってはいた。

 俺と彼女達ではどう考えても釣り合わない。俺達のことを快く思わない連中なんて他にも大勢いるだろう。


 でも……あの日、俺は心に誓ったんだ。

 いつか、彼女達の中からたった一人を選ぶと。

 どれだけ場違いでも、割に合わなくても、彼女達の素直な気持ちに、俺も素直に答えなければならないと。


 そんな矢先にこれだ。


 やっぱり、俺にはそんな資格がなかったってことなんだろうか。



 分からない。俺は今、どうしたらいいのか。今までどうしてくれば良かったのか……何も、わからない。



 俺は鞄からスマホを取り出し、SNSを開く。


 逢坂雅の個人チャット画面に飛び、文字を打ち始める。



『ごめん。ちょっと遅くなりそうだから、先に帰ってて』


 一瞬だけ躊躇うが、直ぐに送信ボタンを押した。


 そして、次に移動したのは、俺のスマホにたった一つだけ存在するグループチャットの画面。



 俺と和希、そして……彼女達のグループだ。



 ───ここに、俺はいない方がいいのかな。




 どこか遠い目で見つめていたチャット画面は次第に薄暗くなり、そして消えた。




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