第51話 「可愛い」
ストライク!!
俺達の使っているレーンの上にあるモニターに奇妙な音楽と共にそんな表記がされる。
「やった!ストライクですよ!せんぱい!」
さっきから、彩乃は何本かストライクやらスペアやらを量産している。
「な、なかなかやるじゃないか」
と、虚勢を張る俺はというと───。
ガーター!!
ネガティブ感情を掻き立てるようなどんよりした音楽と共にそんな表記がモニター一面に広がる。
「なっ!?」
「あははは!せんぱい下手すぎですよ!」
「ぐっ……」
後ろで高笑いを上げている中、俺は恥ずかしさで耳まで赤くしていた。
そう。さっきから俺は、ガーターか倒せて1、2ピン程度。
ボウリングがド下手だったのだ。
「せんぱいアレつけますか?ちっちゃい子がつけるやつ」
くそっ、馬鹿にしやがって。
ボウリングってこんなに難しかったっけ。
それとも、俺の運動神経が絶望的なのか?
どっちにしろ、馬鹿にされるのは当然のことだ。そして反論もできるわけが無い。
「つ、次こそはストライクをとってやる!」
「えー、でも今から追い上げてもせんぱいが私に勝つことは出来ないですよね?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ今のうちに罰ゲーム言っちゃってもいいですか?」
俺が今からどれだけ主人公的お約束の覚醒とやらをしたところで、この異様なまでに空いたスコアの差を埋めることは出来ない。
ここは潔く負けを認めた方がかっこいいだろうか。
「べ、別にいいけど……」
一体どんな罰ゲームを考えたって言うんだ?彩乃のことだなら、またえげつないことでもしでかす気だろうか。
「じゃあせんぱい、このゲーム終わったら、彩乃可愛いよって10回言ってくださいね!」
「な、なんだそりゃっ!?」
「いいですから!約束ですよ!」
これはまた……彩乃らしいっちゃらしいんだろうか。
しかし、そんなこと言われなくてたって……。
そして、1ゲーム目が終了し、案の定俺は負けた。もう清々しいまでの見事な敗北だった。
「やったぁ!私の圧勝ですね!それじゃあ言ってもらいましょうか」
「あ、ああ。わかってる……」
約束は約束だ。
だが……いざ口にしようとすると、どうしてか躊躇ってしまう。
胸の内ではそう思っていても、言葉にするのはやはり恥ずかしい。
「あ、彩乃、か、可愛い……よ」
「なら私と付き合ってください!」
「はっ!?」
何を言い出すんだこいつは。
話と違うじゃないか。
「えへへ、冗談ですよ。でもいつかは付き合って欲しいなぁとは思ってますけどね」
くそっ、相変わらずぐっと来る台詞を言ってくる。
「ほーら、あと9回言ってくださいよ!」
「あーはいはい。彩乃は可愛いよ、可愛い、可愛い……」
こう何度も可愛いって言ってたら、いつの間にか恥ずかしさはなくなり、開き直った。
「……可愛いよ、可愛いよ。ほい、これでいいだろ?」
きっちり10回言った後、俺は彩乃の方に視線を向ける。と、
「……」
彩乃は顔を一面赤くそめながら顔を沈めていた。
「あ、あはは……やっぱり、何度も可愛いって言われると、恥ずかしいですね……」
いや、自分で言えって言っといて照れるのやめてくれないかな?こっちの方が恥ずかしかったんだけど!?
「も、もういいだろ!そろそろ出ようぜ。それとも、もう一ゲームするか?」
正直、これ以上こんな情けない姿を晒し続けるのはごめんだ。
「そ、そうですね。じゃあ次はどこ行きましょうか」
……帰るという選択肢はないのか?
まあ、まだ日は落ちてないから、解散にする理由はない、か。
「また適当にぶらつくのか?」
体力はだいぶ回復したし、あと1時間ぐらいなら、何とかついていけそうだ。
「うーん、どうしましょうか……あ!」
と、何か見つけたような素振りを見せる彩乃。
彼女が見ていたのは、ボウリング場の傍らにあるゲームコーナーだった。
「なんだ?クレーンゲームでもするのか?」
「違いますよー。アレをするんです!」
そう言って指さしたのは、クレーンゲームの隣にある、大きな箱状のもの。
あれは……所謂プリクラと言うやつだろうか。
「せんぱい、一緒に撮りましょ!」
「ま、まじか……」
「はい!早く早く!」
「ちょっ!?」
彩乃は嬉しそうに俺の手を引っ張りながら、プリクラに向かって歩き出した。
「なにこれ凄い!私達の顔おかしくなってますよ!」
「げっ、なんだこれ」
プリクラで彩乃が盛りに盛りまくった写真を見て、俺は目を疑った。
……いや、誰だこれ。
そこに写っていたのは、俺の知らない顔だった。
プリクラなんて、所詮ただの写真だと思っていたが……世の陽キャ共は、これを楽しんでいたという訳か。
しかし凄いな。まるで別人だ。良くも悪くも、このプリクラという機械は、自分を見失いそうになるな。
俺はあんまり好きじゃない。
「どうですか?せんぱい」
「うーん、正直言って、ちょっと嫌だな」
「ですね。私も初めてやってみましたが、あんまりいいものじゃないかも知れませんね」
あれ?彩乃も初めてだったのか。
まあ、彩乃がこれを嫌う理由は想像に固くない。
確かに、これなら直ぐに自分を変えられるが、こんなの一時的な優越感に過ぎない。
自分の力だけで長い時間をかけ、努力して変わった彼女からしたら、忌々しい限りだろうしな。
俺達には向いてないツールだったみたいだ。
「まあ、プリクラはもういっか……」
「そうですね……」
俺達はボウリング場を後にし、次への目的地を探すべく、再び歩き回った。
「なあ、そろそろ帰ってもいいんじゃないか?」
ちょっと早いが、もう充分遊んだだろう。これ以上何をするって言うんだ。
「ダメですよ。まだ私は満足していません!さあ、次はどこに行きましょうか」
どこまでも続くありふれた街並みを歩きながら、常に笑顔を振りまく彩乃に、俺は半ば呆れながらも、確かな憧れがあった。
俺も……あんな風になってみたいな。
俺は小さな溜息をついた口に微笑を浮かべながら、彩乃に少し近づいた。
「はぁ……どこでもついて行きますよ、お嬢様」
令嬢のそばにつく執事のような気分でそう言った。
「え、どうしたんですか!?」
あ、ちょっとキモかったか……。
ずっと高いところにいる眩しくて見上げることすら難しい彼女にあてられてしまった。
「……何でもない。忘れてくれ」
「えー!もう1回言ってくださいよー!」
「う、うるさい……」
くそっ、調子狂うな。
「ねぇえ!せんぱい!もう1回!」
そう言いながら俺の肩を揺さぶってくる。
「くっ……だぁもう!そんなことより早く目的地を決めてくれ!」
可愛いが、いい加減しつこく揺さぶってくる彩乃の手をを軽く振り払いながら、彼女に早く次の目的地を決めるよう言った。
と、その時。
「……ん、なんだ?」
鼻先に水滴がついた。
上を見上げると、さっきまで煌々としていた太陽は分厚い雲に隠れ、光の刺さないどんよりとした空模様となっていた。
「ありゃ、いつの間に……」
「降りそうですね」
今日の天気予報は一日中晴れって言ってたのに……これはにわか雨というやつか。
そんなことを考えていた矢先、空が爆発したかのように激しい轟音が鳴り響き、次の瞬間、大粒の雨が勢いよく地上に降り注いできた。
「うわぁ!急すぎだろ!」
俺達は雨宿り出来るところを探して走り出した。
くそっ!なんでこんな時に手頃な屋根がないんだ。
と、そんな時。
「せ、せんぱい!あそこ!」
そう言って、彩乃が指さすのは、右手前にあった、一際大きな建物だった。
それを見て、俺は口を半開きにしながら立ち止まった。
「なっ……」
だってそう、彩乃が指したのは……男女がそういう行為をするための施設────所謂、ラブホテルだったのだ。
「ちょ、ここはやばいって!もっと他にあるはずだ!」
「でも、他に雨宿りできそうなところないですって!」
確かに、周りに雨宿りが出来そうな場所は1つもない。
だからといって流石にここはダメだろ。
いや、しかしこのままでは2人とも風邪を引いてしまう。
……やむを得ない、か。
「し、仕方ない!とりあえずここでやり過ごそう!」
そして、俺達は未知の領域に足を踏み入れてしまったのだ。




