第43話「看病 午前の部」
姉が家を出てから1時間ぐらいだろうか、再び睡眠をとりそして今、目が覚めたら………。
「あ、おはようございます。せんぱい」
「うわぁぁあああ!!」
────彩乃が添い寝していた。
俺は驚きのあまり、その場で軽く飛び上がる。
「ちょ、おまっ、何を……」
「いやぁ、せんぱいの寝顔見てたら一緒に寝たくなっちゃって。てへ」
いや、まじでこれは笑えない。てへってのは可愛いが、まじで冗談じゃない。
鼻先あたりそうだったし。朦朧としてたからよく分からなかったけど、俺の腹部に彩乃の………む、胸がっ!?
あかん。意識あったらまじで詰んでたわ。
「どうですか?私の添い寝」
「ば、ばか!そういうのまじで耐性ないんだって!やめてくれ!」
「もー、照れちゃって。せんぱい可愛いんだからぁ」
「ち、ちがっ……熱があるんだよ!てか、こんなことして、風邪移ったらどうすんだ!」
そうだ。俺がドキドキしたとかは置いといて、そもそも俺は風邪を引いているんだ。
もし、うつしてしまったら、彼女にも、彼女の親御さんにも申し訳が立たない。
「えー、私、せんぱいの風邪なら、うつってもいいですよ?むしろ私にうつしてください!」
「な、何言って……」
彼女の意図が全く読めない。1時間寝たおかげで、咳もだいぶ治まり、脳がクリアになってはいるが、彩乃の言動の意味がわからない。
「……キス、したら、うつりますかね……えへへ」
体をくねくねさせながらそんなことを言う彩乃。
「キス」という言葉を聞いて、遊園地に行った時のことを思い出す。
あの時の頬に感じた唇の柔らかい感触……あれを、次は唇同士で……。
いや、何考えてんだ!俺は!
「だ、ダメだって!そういうのは、その……恋人とかとするもんだろ!」
「……私はせんぱいとキスしたいです」
「……っ!?」
顔を赤らめながら、うるうるとした瞳で見つめてくる。
俺は無意識に、彼女の唇に視線がいってしまった。
「……ていうのは冗談でーす!弱ってるせんぱいに襲いかかるなんてことはしませんから」
彼女の言葉でこの妙に甘くなっていた状況を濁した。
くそっ。可愛いからって、年上の俺をからかいやがって。和希みたいだ。
「はぁ……てか、こんなことしに家まで来たのか?」
「そんな訳ないじゃないですかー。ちゃんと看病しに来たんですよ。お姉さんに頼まれましたから!」
そうだった。姉が彩乃を呼んだんだ。
「あ、そうでした。ここに来る途中に色々買ってきましたよ」
そう言いながら、彼女のそばに置いてあったコンビニのレジ袋を開いて、中身を出した。
「まずは風邪薬でしょ。あとはヨーグルトとかゼリーとかぁ……あ、カロリーバーとかも買いました!」
購入品は、予想以上にちゃんとしていた。なんか変なものでも買ってくるかと思ったけど、意外に病人のこと考えてんだな……。
「あー、まじで助かるわぁ。ありがとな、彩乃」
俺がそう言うと、彼女は急に顔を赤くした。
「せ、せんぱいが私にお礼を……えへへ、なんか嬉しいです」
「いや、お礼ぐらいするだろ普通。それで、いくらしたんだ?」
俺は近くにある机に手を伸ばし、財布を取ろうとした。
「そんな、大丈夫ですよこのくらい。せんぱいのお礼だけでもう充分お代貰っちゃいましたから」
うわ、何その胸きゅん台詞ランキング第23位ぐらいにありそうな言葉。
いやだめだ。後輩の……それも女の子に奢られるなんて、男としてのプライドが許さない。
「だめだって。ちゃんと金は払うから」
「いやいいですって!」
お互いに意見を曲げない。くそっ、これじゃあいつまで経っても埒が明かない。
どうしたら……。
と、そんな時に彼女から提案があった。
「……そ、それじゃあ、風邪が治ったら、私のお願い、一つだけ聞いてもらってもいいですか?それがお返しということで」
お金云々は置いておいて、貸し借りを成立させるにはうってつけのアイデアだな。
「あ、ああ。それなら、わかった。……あ、でも変なやつはやめろよ。その、キスだとか……そういうのは」
「わかってますって。じゃあ今お願い言ってもいいですか?」
なんだ、もう決まってるのか。まあ、ある程度は許容してあげたいが……。
「な、何だ?」
「来週の週末に私と2人でお出かけしてください。デートです!」
これまた意外と普通だった。いやまあ、デートが普通っていうのもおかしな話だが、あくまで彩乃が言う割にはってことだ。
「ま、まあ、いいけど」
「ほんとですか!?やったぁ!!これで私も逢坂先輩に並べますね!」
………ん?
どういうことだ?
「並べるって、どういう……」
「だってせんぱい、逢坂先輩とはもうデートしたことあるんですよね?」
「ちょ、なんでそれを……っ!?」
以前に雅とデート……いや、ダブルデートしたことは、誰にも言っていないはずだし、多分雅もそんなことわざわざ言わないだろう。
じゃあなんで知って……あ、わかったわ。
「瀬戸先輩から聞きましたよ。ゲーセンでぬいぐるみ取ってあげたって」
やっぱりあいつか。くそっ、余計なこと言いふらしやがって……。
「そんなのずるいじゃないですかー!まだせんぱいと2人でお出かけしたことないんですよー!」
「いや、あれは、雅のコミュ障を治す一環だったし、ダブルデートだったし……」
俺がそう言うと、何故か彼女は目を輝かせた。
「じゃあ普通のデートじゃなかったってことですね!私が1歩リードです!!」
ん?こいつは一体何で張り合っているんだろう。まあいいか……。
「……まあ、それはわかった。また体がだるくなってきたから、その、なんだ……」
俺は彩乃から視線を逸らしながら口を渋る。
「え?なんですか?」
「いや、だから……あれだ、食べさせて、くんない、か……なんて」
くぅぅ!!俺は何言ってんだ!!
いくら体が動かないからって、そんな恥ずかしい台詞を……。
てか、こういう台詞って普通女が言うもんだろ。
ほんと、何言ってんだ。
「も、勿論ですとも!お任せ下さいな!!」
あれ?なんかめっちゃ張り切ってるし。
キモイって思わなかったのか?
「……へ、変だろ。男がこんなこと言うの……」
「何言ってるんですか!それは私的に超グッドでした!」
そういうものなのか。まあ、俺が彩乃に同じこと言われたら、結構ドキッとすると思う。
「よし、それじゃあ何から行きますか?」
「あ、じゃあ、ヨーグルトから頼む」
「わかりましたー!」
元気よく返事をした彩乃は、ヨーグルトの蓋を開け、付属のスプーンで1杯すくい、俺の口に運んできた。
「はいせんぱい、あーん」
うぉぉ、まじかよ……まさか、こんなにもあっさりと、伝説のイベントをする時が来るなんて。
「お、おう……」
俺はゆっくりと口を開け、彩乃はそこにスプーンを入れた。
うん、やっぱりヨーグルトぐらいなら食べられそうだ。
その後も、ヨーグルト、ゼリーと続き、時間をかけて完食した。
「カロリーバーはちょっと、無理かも」
「そうですか。じゃあ後は薬飲んでください」
そして、彼女に薬を飲ませてもらい、さらには布団をかけてもらった。
「まじでありがとな、彩乃。まさか、ここまでよくしてくれるとは思わなかったわ」
「ひどーい!私だってちゃんとするときはするんですよ。あ、でも、これでせんぱい、私に惚れちいましたぁ?」
なだめ顔でそんなことを言う彼女に俺は小さく笑った。
「そう、だな……ちょっといいなっては思ったかも。でも……」
「わかってますって。私、まだ今のままでいいですから」
本当に彩乃は……積極的なくせして、意外と大人な観念してるんだよなぁ……まあ、俺としてはありがたいけど。
「それじゃあ私、そろそろお暇しますね。せんぱい、お大事にー。あと、来週のデートのこと、忘れないでくださいね!」
「あー、はいはい。わかったよ。今日はありがとな」
それを最後に聞いた彩乃は、一礼だけして、俺の部屋を出ていった。
なんだろう。だいぶ気分が良くなかった気がする。まだだるさは全然残っているが……女の子に看病されるって、すごいんだなぁ。
薬も飲ませてもらったし、また一眠りするか。
俺は再び瞼を閉じて眠りについた。




